「サル・シュは、あんなことで脅す奴じゃない」
そうですか…………っ!
「だって……あんなこと、言ってたじゃないっ!」
「あの時しか、俺を押し倒せないから、触りたいだけ」
「普段は殴り返すから?」
ル・マちゃんこっくり。
ああ……ベッドって柔らかくて気持ちいいなぁ……
シルクのシーツに頬ずりする。
なんか、一気に、疲れた。
そっか……リョウさんとこ、行かなくて良かったんだ……
この二人の、じゃれ合いだったんだ…………私一人真剣になって、バカみたい。
ル・マちゃんが頭を撫でてくれた。
「ありがとうな、ハル」
「ナニ?」
「リョウ・カに嘘をつくの、やめてくれた」
「ああ……うん…………私も、気楽になった…………嘘なんか、つきたくないよね……」
もう、先月の私じゃないもん。
できたらキラ・シから逃げたいとか、もう、思わない。
たった一カ月ちょっとしかいなかったのに、私は完全に『キラ・シの女』になってしまっていた。
「リョウさんが好き」
「リョウ・カも喜ぶな」
「喜ぶかな?」
「リョウ・カもハルが好きだから、喜ぶ」
「そうなの?」
「そうだぜ」
「…………いつから?」
「ハルを拾った日からじゃないか?」
「えっ? そんなときから?」
ガリさんに脅されるほど私、うるさくて始末に負えなかったと思うけど……
「そうじゃなきゃ、サル・シュを殺そうとはしないな」
サル・シュくんのおなかに落ちたとき?
「……あれ、女の人をとるために、普通にするんじゃないの?」
「女を守るのは普通だから、サル・シュがあれをして殺されたら駄目だろ」
「……そうなんだ……?」
大人げないと思ったけど、本当に大人げなかったんだ?
「ずっと、膝に乗せてたし」
「そういうものじゃないの? ル・マちゃんも膝に座ってたでしょ?」
「サル・シュは俺が好きだから」
「ああ…………そう………………ん? リョウさんの膝に座ってたとき、あったよね? 最初の日」
「あの距離で座るなら、そりゃ膝に座るだろ」
「座るんじゃない」
「一人では座らねーよ。座るなら父上の所いく」
そりゃそうか……
「だから、サル・シュはハルを好きじゃないから、馬に乗せてただろ」
「私、サル・シュくんに嫌われてる?」
「そうじゃなくて、『他の男の女』だから、できたらみんな触りたくない」
「なんで?」
「抱きたくなったら困るだろ」
……そうなの……?
「でも普通なら、男の膝より、馬の方が温かいから、馬に乗せておくだろ。
とにかく、リョウ・カはハルを抱えて連れ歩いてた。
そんなんじゃ刀奮えないってみんなに笑われてたぞ。そこまでして取らねぇ、って。
とにかく、リョウ・カはハルを手放すことを嫌がってた」
「あの時は、女の人が少なかったからじゃないの?」
「あれはそういうのじゃないだろ。
そうそう、サル・シュが凄い笑ってた。リョウ・カがハルを好きになった瞬間が、『変』だって」
「ナニ?」
「ハル、栗を食ったときに、薄皮を剥いたって?」
「皮? クリの皮? 剥いて渡してくれたよね?」
「そのなんか、薄いのついてるだろ」
「ああ渋皮? 剥くでしょ?」
「剥かねーよっそんな細けーのっ! 俺でもそれごと食うのにっ! みかんも、皮向いた上に、白いの全部取ってたって?」
「……とるよ…………もしゃもしゃするもん……」
「葡萄も種出したって?」
「出すでしょ」
ル・マちゃんがゲラゲラ笑いだした。
「え? みかん、皮剥かないの? 葡萄の種出さないの?」
「そんなめんどくせぇことキラ・シはしない」
ものすっっごい、ル・マちゃんが笑ってる。ベッド転がってる。ベッドヘッドにあった葡萄を渡してみた。
巨峰より小さいし、酸味が強いけどおいしい葡萄。大きな種がある。私の片手に乗せてちょっと房が出るぐらい。
それをル・マちゃんは上の枝を右手でもって、その辺りに口をつけ、手を横に引いた。歯で葡萄のみを枝から無理やりこそげとってる。
葡萄っ、一瞬で食べた! じゃりじゃりと、種も二、三回噛んでゴックン。
「葡萄っ、そんな食べ方する!」
「ハルはどうやって食べるんだ?」
「そりゃ……一つずつだよ」
普通に、葡萄を一つ枝からとって、ちゅるっと中身だけ出して、皮と種を出す。皮と種、どこに置こう。とりあえず、果物皿に葡萄と皮と種も返す。
ル・マちゃんがベッドに俯いて悶絶してた。
「そりゃ、リョウ・カも困るぜっ!」
「そうなの?」
「それ……いつ、食い終わるんだ?」
「いつって……そのうち食べ終わるよ」
おなか抱えて笑って、痛い痛いとか言いながらまだ笑ってる。そんなおかしい?
「リョウ・カがソレ見て、頭抱えてたって。
あいつは肉も食わないのに、クリの薄皮やみかんの皮や筋をとるっ! 葡萄の種を出すんだぞ? そして、葡萄の皮は食わないんだ。どういう生活をしてたらああなる! ナニを食わせたらいいんだっ! とにかく、上等なものを採って来い! 熟れ切った、柔らかく甘いものだけだぞっ! って、なんか凄く荒れてた。リョウ・カは果物とか好きじゃないのに、うまいかどうか自分で食って確認して渡してたし、ハルの食うもの、凄い頑張ってたぞ」
「そ……それは、ご迷惑をおかけしました……」
今でも、栗の渋皮とか、みかんの筋は……とるな……
大体、キラ・シみたいに、みかんの皮ごと食べるとか、そっちがおかしいよ。
あー、でも、果物とか野菜でも『皮ごと』食べるのが、結果的に『精製してない』状態だから、体にいい、ってのはテレビで言ってたな。
現代でも、みかんを皮ごと食べるのを勧めてる先生はいた。たしかに。実を守ってる皮こそ、栄養がたくさんあるんだ、って。体を強くする成分が大量に入ってるって。
大体『種』ってあの一粒からあの大木になる凄いパワー持ってるから、砕いて食べた方がいいのはわかる。
分かるけど…………葡萄の種なんか、かみつぶしたら苦いよね!
だから、キラ・シ、強いんだ?
たしかに私の食事を見てた時のリョウさんが微妙な顔をしてたのは、覚えがある。
最初に、リョウさんの膝で栗の渋皮を剥いたときに、笑われたよね。
ル・マちゃんも気にせず一緒に食べてたから、変な奴と思われたんだろうとしか思ってなかったけど……
そっか……それがツボだったんだ?
そうだよね。
リョウさんって絶対『守護欲』強いよね。
私が弱い弱いのが、それをくすぐったんだ? けっこう現代だと私、ガサツな部類に入るんだけど……
『ちょっとは気にしろ』っていつも友人とか母さんに言われる。
ガリさんに拾われてたら、口にイガ栗突っ込まれてそう……
いい人に拾っていただきました。良かった……
ル・マちゃんは、葡萄を見るたび、悶えてた。
翌日。
朝一番にリョウさんが部屋に来た。
お風呂入って来てくれたみたい。ほとんど何のにおいもしない。
「シロの見回りに行く。ついでに話そう」
これは確実に『今は抱く気ない』アピール? でも実際、忙しい人だから。なるべく早く、がんばって時間を作ってくれたんだ。嬉しい!
ル・マちゃんが毛布の下からにしゃにしゃ手を振ってた。
あちこちの歩哨の子に現状確認しながら、塔のてっぺんまで階段を上っていく。
「なぜ昨日来た?」
「え? ……嘘をついてるのがいやになったから」
これぐらいは準備してた。
「なぜ、嘘をつくのがいやになった?」
え? そこ?
サル・シュくんが脅してきたから……だから、ル・マちゃんのため、だけど…………でも、リョウさんが好きなのは好きなんだけど……直接の原因は、ル・マちゃんのため、だよね……でも、サル・シュくんのことは出さずに話すならどういえば…………
昨日、あのまま抱かれると思ってたからそれ以上の理由は用意してなかった。
「サル・シュに脅されたからではないのか?」
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