【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。29 ~権利を捨てた~

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

「え?」

「誰が危険、というときは、名前だけで最後を伸ばす。だから、『ハルが危険』という時はみなが『ピピピピー』と吹く。

 それを聞いた全員が、ハルを助けるために、動く」

 ぞわっとした。

「……順位って……『勝ち上がり』で変わるんでしょ?」

「そうだ、だから、順位、であって、名前ではない。

 この前のガリからの笛で『三つ制圧したから進む』というのは、ピ、ピピ、ピピピピ、ピピ、ピピピだ。これで、『族長から副族長へ、制圧、進む、3』という意味になる」

 モールス信号みたいなのでも無かったんだ? 短縮番号に定型文を設定した感じ?

「その『3』は、どこにかかるの?」

「三つ進むは、意味が通らないから、三つ制圧した、だな」

 つまり、その場次第ってことね。

「全軍で来い、援軍をよこせ、負けてる、制圧した、現状報告しろ、面白いことがあるから来い。これらが、ピ、ピピ、ピピピ、と増えていく。

 誰から、誰へ、指示、進行、数字、の順で、既に音が割り当てられている。ピピピピピピと、六回だけなれば、『面白いことがあるから来い』だから無視して構わない」

「……緊急度が高いものが、ピが少ないんだ?」

「そうだな。

 伝令が、復唱されるまで遠くに駆けながら吹き続ける。聞こえたものはそこで復唱して、その音の反対へと吹きながら走る。復唱されたら、自分の居たところに戻る。一瞬で、山20向こうまで伝わる。ここでは……少し、遅いようだから、伝令を増やした。どうも、空が薄いからか、笛が遠くまで聞こえない」

 たしかに、山の上より少し水色かな……

「ああ、……そら…………レイ・カの笛だ」

 リョウさんが空を親指で指した。

「……聞こえないよ?」

 キラ・シって耳まで凄いのね。高周波でも聞こえてるんじゃないの? 犬笛とか、聞こえそう。

「それに、レイ・カさんって近くにいないでしょ?」

「『レイ・カの名前の入った指示の笛』だ」

「……なんて?」

 リョウさんが一度、拳で口元を拭うようにして、私を見る。

「嘘をつくな、ということだな」

「何の嘘? ……あ! サル・シュくんは嘘ついたよ!」

「あれは『変』だから仕方ない」

 仕方ないんだっ?

『変』って万能だな! じゃあ、みんな『変』になったら、百石投げられないんじゃない! ああ、でも、強くなかったら、『変』だと捨てられるんだ?

「その『変』を差し置いて、ハルが部族四位だぞ?」

「信じられない……」

「頭突きでサル・シュに勝ったのだから、それも頭を使っているしな……」

 クククククッ……ってリョウさんが笑う。楽しそう……

「あれは、サル・シュくんが攻撃させてくれたんだよ」

「『サル・シュに痛い目を見せる』という目的はかなっている」

「……そうだね」

「外ですればサル・シュはよけた」

「………………そう……だろうね……」

「その、『よけない場所で仕掛ける』のが、『頭を使った』ということだ。サル・シュの後ろに壁があることを見て突進したのなら、それはハルの攻撃が『ハマッタ』のだから、ハルの実力だ」

 そんな考え方!

「サル・シュに痛い目を見せようとして、平手打ちなどを仕掛ければ、サル・シュはよけた。ハルの目的は叶わなかった。

 あそこで、『ハルすら危険な頭突き』を選んだのが、良かった。サル・シュが避ければ、ハルが怪我をした。

 つまりは、サル・シュが絶対によけないということを信じた。サル・シュが、女は助ける、ということを信じた。

 信じたから『成った』のだ。

 その判断は、合ってた」

「……そんなことを、あの時考えたわけではなかったよ?」

「考えてやっていなくても結果はそうなってる。

 キラ・シも、戦っている時に、イチイチああなったらこうなる、こうなるからそうやる、なんて考えてはいない」

 そっか……

「ガリの『山ざらい』も、やる前に笛で知らせてくれるが、伏せなければキラ・シの首も飛ぶ。仲間をよけては撃たないからな。一応、伏せたら当たらない所を薙いではくれるが」

 ガリさん……

 本当に無茶苦茶だよ、あなた。

 まさか味方に当てないだろうと思ってたけど、あの時、ル・マちゃんをリョウさんが凄い怒鳴りつけてた。あれで、死ぬ可能性は、あったんだ?

「サル・シュが痛がることなどそうないから、本当に…………ハルがサル・シュに頭突きしたのはみな喜んでいたな。前線部隊も全員知ってるぞ」

 伝達速いわキラ・シ。というか、痛い目を見て喜ばれてるって、サル・シュくんのいつもの行いが悪いんだよ!

 あの時は、生理でイライラして突進しただけだったから、サル・シュくんがよけたら私が壁に頭をぶつけるとか、も、考えてなかったけど、たしかに全体を見るとそうなるんだ?

「完全なやつあたりだったし……」

「サル・シュはされるだけのことをしてるから、遠慮なく痛い目に合わせてやれ。それもあったから、あんな脅しを掛けて、ハルをハメようとしたんだ」

 そこかーっ!

「サル・シュは、やられっぱなしでは、絶対にいないからな。自分が下にいるのはいいが、追い越されるのはイヤだ。ハルを四位だと全員に言われて、かなり焦ったんだな」

 だからって、あんな報復……?

「ハルが十日ぐらい苦しむだろうと考えてただろうが、当日来て、肩すかしを食らった」

「十日も悩んでられないよっこんなことっ! いつお城移動とか、するかわかんないのにっ! ずっと気になるじゃないっ!」

 まだ、リョウさんが笑ってる。

「サル・シュも、ハルのほうがかなり上手だとわかっただろうし、もう仕掛けてはこんだろう」

 希望的観測だよね、それ。

「リョウさんのあとにサル・シュくんの所に行ったら『明日だ!』って追い払われた」

 リョウさんがまた笑ってる。

「企みは外れたし、最中だし、それは、そうなるだろう」

 あのサル・シュくんの、ル・マちゃんへの脅しが、『私に対して』だっただなんてっ!

 そんなんありか。いや、あるんだからあるけど。

 今さらムカツク……凄く……泣いたのにっ!

 サル・シュくんが本当にル・マちゃん好きなんだ、って、あんなに胸が痛んだのにっ! 私への脅しだったなんてっ!

 どうしてやろう……なんか、やり返したい…………

 城壁の壁にぎりぎり爪を立ててしまったら指が痛くなった。

 そっか、ここからは、玄関前が見えるんだ? そりゃそうか。そのための展望台だよね。

 下から見てると気付かなかったけど、大きく敷石敷いてある。突然玄関があって驚いたけど、前庭の石垣をハマルに壊されたのかな? そうだよね。玄関が突然むき出しにはなってないよね。

 お城に出入りする人達が忙しそう。あんなにあった鹿とか熊とかが全部なくなってる。どこに持って行ったの? 全部食べたの? サル・シュくんがいれば、なくなる? 他にも『から揚げは飲み物』って人多そうだし。

「リョウさん、熊とかどう……」

 リョウさんが、私をギュッと抱きしめた。

「ガリがこの城によく帰って来るのは、お前がいるからだ。ハル」

 一瞬で、冷たく、なった。

「お前がいなければ、レイのように、ガリはずっと前線にいた」

 空が、北極の氷みたい。

 黄色い川の向こうに続く青い色はさっきと同じなのに……

 ザリ……って、展望台の石畳をこする、音。

 後ろに誰か…………これは…………この雰囲気は……

 息が、止まりそうに、なった。

 ガリさんが、腕を組んで、立ってた。

「はっきりさせよう。リョウ」

 低い声。

 出陣の前に描くらしい隈取りが少し薄くて、表情が見える、ガリさん。

 この二カ月、ずっと黒かったけど、お風呂に入るたびに薄くなってるみたい。この前、お風呂で女官さんを押し倒したらしくて、リョウさんに凄い怒られてた。たしかに、女の人に手が早くて軟派なんだろうけど、この人が硬派じゃなかったら、誰が硬派なんだ、って話。

 怖い。

「お前がハルを連れてきた。だから、今年の権利はお前だ。だが、先々月も、孕み日を教えてやったのに、ハルを抱かなかった。先月も、な……」

 え? それって、山を降りてたときから私に生理が来てるって知ってたってこと?

 そうか。ガリさんはにおいでそれがわかるって……

 生理最初の日から10日前。それが妊娠しやすい時期だ、って現代では言われてる。その時にホルモンバランスが変わるんだ。生理がなくても、排卵はされてる可能性があるから、生理がずれたのは、排卵がなかった、っていう証拠にはならないんだよね。実際、出産後、生理前に妊娠する人もいる。

『孕み日』がわかるっていう、ガリさんやサル・シュくんは、それがにおいでわかるんだろう。野生の勘にしても特殊すぎるけど、ル・マちゃんが本当だって言ってた。

 ガリさんは、動いてないけど、なんか……黒いものがこっちに流れてくる感じ。

 ああ、そうか。

 リョウさんは、ずっと、私が嘘をついていたことを、知ってたんだ……

 先月からじゃ、ない……

 その前の月から、知って、たんだ……

 山を降りてた時から、ずっと……

 ラキから川を最初に越えたときに、リョウさん聞いてたよね?

『ハル、お前、怪我をしているか?』

『してないよ? ナニ』

『…………じゃあ、死体のにおいだな』

 私は本当に怪我はしていなかったし、あのあと、すぐに死体が出たから、まったく忘れてた。

 リョウさんは、私の血のにおいのことを聞いてたんだ。

 多分『自分が働くことはない』と、あの時からわかってたんだろう。

 私より目が良いから、私より先に死体を見つけて、ガリさんが『全部さらってる』ことを知ったんだ。

 だって、あそこに死体があって、戦争の音がしてないって、そういうこと。

 勝ち進んでいるから、『ここにいない』んだ。

 負けてたら押し返される。戦場は近くにある。

 あの時、橋の向こうまで全部死体だったから、戦争の音は何一つ聞こえなかった。

 だから、あの時が唯一リョウさんの『ヒマな時間』だったんだ。だから、私に、聞いた。

 あの時、私に生理があることを、言ってほしかったんだ?

 キラ・シの人の喋り方って癖がある。

 私の『翻訳』がいびつなだけかと思ってたけど……

『俺』『お前』って、キラ・シの人は滅多に言わない。殆どは名前を呼んでる。

『俺がする』、『お前がしろ』。

 この一人称と二人称は、『強調』でしか、使わない。

 普通なら、『する』と言えば、『する』と言った人がするんだ。『サナがしろ』と、名前を言うんだ。

 女性は代名詞をよく使うけど、男性は使わない。

 男しかいないキラ・シはそれが特化して『お前』すら、滅多に使わないんだ。

『ハル、お前、怪我をしているか?』

 あの、言葉は、私の名前に『お前』がついて、凄く、強調の意味が、ある……

『いつまで嘘をつく気なんだ?』

 ってこと、だったんだ。

 リョウさんだから、『騙されてくれていた』んだ。

 だから、サル・シュくんが、怒った。

 いつまで彼を騙すのか、と。

『お前、ハル。リョウ叔父を、騙してる、よ、な』

 あの時も『お前』だった。

 本当に、怒ってたんだ……

「今月抱かないなら、その権利を捨てたと見なす」

 リョウさんが、息を呑んだ。

 

 

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