あ、そうだ、ガリさんが……居た。よく忘れられたな、私。
「ならば、ハルは、族長の、俺のものだ」
まったく動かず、ガリさんは言い切った。
『俺のもの』……なんだ…………
『キラ・シの言葉がわかる女かっ! なぜこんな所に? …………俺のだぞっ、ガリ! いいなっ! 俺のだぞっ!』
初めて会ったとき、リョウさんにそう宣言された。
それは、私の世界では『普通』だったから気にもしなかったけど、『特殊な言い方』だったんだ。
ラキを出るときに、サル・シュくんが言ってた。
『そこに汚いけど水がある。獣は道々狩れる。何も持たなくていい』
あの時はただ『蛮族め! 文化人には大事なアイテムがあるんだよ!』と思っただけだったけど、違うんだ。
キラ・シには『所有物』がない。
全員で狩って、全員で分ける。
個人の財産は、牙のネックレスと武器だけ。
そのキラ・シが『俺のもの』って言うのは、『ものすごい主張』なんだ……
『ならば、ハルは、族長の、俺のものだ』
族長の、俺のもの……
友人の彼女なんだから、冗談でしょう? なんて、言えない、真剣な、言葉、なんだ。
こめかみが痺れて、震えが来た。
もっとリョウさんが抱きしめてくれる。
膝が震えて、歯がカチカチと頭の中で鳴った。
「十日後の、前後10日にハルを抱け。十カ月後に、ハルが子を産むまでは好きにしろ。
その次は、俺のものだ。四年後に返してやる」
リョウさんは、何も言わなかった。
ガリさんも、返事を求めなかった。
リョウさんがうつむいたときに、ガリさんが私を見る。ビクッと体が跳び上がったのを、リョウさんが撫でてくれた。
「俺が欲しいのは強い子だけだ」
安心しろって、呟く、ガリさん。
「三年で3回抱くだけだ。その他はずっと預けておいてやる」
言葉がうまくないって……本当にうまくないぞこれ。
「ずっとリョウについて、リョウを慰めろ。
強い子を産め。キラ・シがもっと強くなるようにな」
いや……と、ガリさんが腕を解いて、一歩、近づいてきた。凄く向こうに居たはずなのに、なんて長い足。一歩が、大きい。
もう、伸ばした手が私に……
リョウさんが私を後ろにして、ガリさんに真正面で向かい立つ。
「リョウのように賢い子を産め」
リョウさんの右腕側の城壁にガリさんが左手をついて、左腕側から覗き込んできた。逃げられない。
お化け屋敷で、おびえきったところに、壁の上からろくろっ首が出てきたような、気持ち悪さ。
ガリさんの長い髪がさらっ……カラカラカン……って落ちてきて、不気味さを上げる。
『怪談 牡丹灯籠』の幽霊の足音みたい。
カラン……カチンカチ……カチン……って、揺れてる間、髪に飾っている木の玉の音が、ワンワンとハウリングして空いっぱいに詰まっていく感じ……
息苦しい…………あんなに、綺麗な青なのに……
「ココではシロを守ることかできる戦士が必要だ。
15年後、お前の子が、全部のシロを守る。
それでキラ・シの後ろは一枚岩になる」
一応、お城を拠点にすることは考えてるんだ?
「キラ・シの偉大なる長老となれ。ハル。
俺の血を引く、凶つ者を作れ」
魔物にたたえられても嬉しくない……ただ、怖い。化け物なんて、産みたくない。
カラカラン……って、ガリさんが、リョウさんの向こうに消えた。
ホッとしてたら、城壁についてたガリさんの左手が、リョウさんの首を肘に引っ掛けて、その胸を叩いた。リョウさんが、私を左手に抱えながら、朝日の方を見る。
ガリさんと、同じ方を、向いた。
「こんな女をよく見つけた。相変わらず、凄い奴だ、リョウ」
クククク……って、ガリさんが笑う。
声を上げて笑うの、初めて見た。
真正面から太陽を見つめて、なんて晴れやかな顔。
凄い、サル・シュくんみたいに、子供みたいに笑ってる。
展望台から向こうの空を見上げるガリさん。流れ星が、一つ、駆け抜けてった。
「ここまで来た……ようやく、来た」
「……そうだな…………」
リョウさんの緊張が解けたみたい。私の肩を抱く手が軽くなった。
「12年……山の中を駆けずり回ったな……リョウ、……お前と……」
12年?!
「見つけた……」
ガリさんが、もっと城壁に身を乗り出した。
「見つけたっ!」
叫んだ。
「もっと広い世界をっ……見つけたっ!」
拳を握って、振り上げる、ガリさん。
「あんな、山の小さな村ではない。
どこまでもつづく平らな地面を。
枯れない川を。
キラ・シの戦士全員の子を産める女をっ!
見つけたっ! ようやく見つけたっ!
神よ…………感謝します…………」
長い腕を天に広げて、青い空に口接けるみたい。
「お前が、俺を信じてくれたからだ。リョウ」
リョウさんに頭突きするみたいに頭を寄せて、何度もリョウさんの胸を叩く。
高校生の男子が友人にじゃれてるみたい。
こんな顔も、するんだ? リョウさん相手なら、するんだ?
私の頭の上で、なっがいガリさんの腕が、リョウさんを抱きしめた。
「俺は、前にしか走れん。後ろを頼むぞ、リョウ」
「……分かっている」
バシバシバシって、私が叩かれたら背骨が折れそうな音がリョウさんの背中でしてる。
突き飛ばすように離れて、ガリさんは、サル・シュくんのように軽快にくるっと回ってリョウさんを笑顔で見つめた。凄い機嫌良さそう。
「レイ・カから伝令が来た。黄色い戦士が大量にわいたとな」
シャキの大軍が、やっぱり、来たんだ?
出陣だから、機嫌いいの?
「…………しばらくは戻らん。ル・マも頼む」
「勝って来い。お前の寝床は、綺麗にしておいてやる」
リョウさんの声に見送られて、ガリさんが出ていくかと思ったのに、くるっと振り返った。
「ハル」
「はいっ……」
リョウさんの後ろに隠れたのに、リョウさんが、私を前に出した。なんでっ?
「覚えておけ、ハル」
ガリさんが、腰を曲げて、私を真正面から、見た。まだ、少し、笑顔。怖さはいつもより、ない。
「殺したいほど憎んでいる男でないなら、出陣は、綺麗に見送れ」
ル・マちゃんと同じ目だ。
睫毛長いな……キリリ眉毛かっこいい……
「死ねば、お前の心がずっと痛む」
私の胸が、今、ズキン、って、痛んだ。
そ……そうだね。そう。
学校で、口喧嘩して別れるんじゃ、ないんだ。
本当に、死地なんだ、ここは。
戦争中、なんだ。
「そこまで、お前は、俺が、嫌いか? ハル」
怖いだけで、嫌いではないけど……
そこまでではない、って言わせたいの?
「ガリさんも、喧嘩別れして亡くなった人が、いたの?」
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