【 ハルナ 】
「副族長っ! 族長が出陣されました!」
塔の上までキラ・シの子が走ってきて、どんどんリョウさんに報告をする。
それを聞きながら、リョウさんは私を抱キ上げたまま階段を下りて、私をル・マちゃんの隣に寝かせて、出て行った。
「ハル……はい、熱石」
ル・マちゃんが、大きな石を抱かせてくれて、後ろから抱きしめてくれた。
あたたかい…………
「さっきまで、父上がいたんだ。ハルはどこかって聞いてた」
「…………会ったよ……」
「良かった! 凄い、父上、気にしてたから」
「ガリさん……ずるい…………」
ル・マちゃんが私の腰をなでてくれる。気持ちいい……
「父上は、サル・シュみたいに勢いがあるから、リョウ・カよりはそりゃ乱暴だけど……」
「嫌わせてくれないの……ずるい…………」
突然来て、突然無茶言って、突然泣かせて、突然…………
突然、あんな、気持ちいいこと……されたら…………
今、膝が震えだした。
ものすごい、キスだった。
もう、ガリさんのために死んでもいい、って……思った。私の中が、ガリさんで、いっぱいに、なった。
あんなキス…………ズルイ……
何するの、って、怒れない。
ズルイ……
リョウさんも、何も言わなかった。
だから、『触るな』って言ってたんだ。
ガリさんに触られたら、みんなガリさんを好きになるから、だから、リョウさん、あんなにガリさんに警戒してたんだ。
『お前だけは、ハルの命が危ないとき以外、二度とハルに触るな!』
あんなに、怒ってたのに……
それでも、出陣の祝いを、私に、させた。
ああなるの、分かってたんじゃ、ないの?
リョウさんが、ガリさんを好きなところも、好きだけど…………
「……リョウさんが……ガリさんを好きすぎるところが…………嫌い……」
ル・マちゃんが、私の腰をゆっくり撫でてくれる。
「ガリさんって、わけわからない……怖い………」
もっと、殺伐とだけしていてくれたら、本当に『怖い』だけですんだのに……
あんな笑い方するなんてずるい。
あんなキスするなんてずるい……
意味がわからなくて怖いよ……
「そっか、ハルはここ最近の父上しか知らないからな」
ル・マちゃんがゆっくり腰を撫でてくれる。あたたかいね、あたたかい。ありがとう。
「父上は、前はサル・シュみたいに跳ね返ってた」
「……サル・シュくんみたいに……って、あの、ガリさんが?」
さっき、くるくるっと、コンサートのジャニーズみたいに回ってたガリさんを思い出す。あのままマイク持って踊りだしても自然だった。いつも、サル・シュくんに感じるような、なにか……音楽、的な、もの?
「うん。俺が子供の頃は、父上はもう、とにかく、うるさかった。サル・シュが二人いるみたい。だからサル・シュがああなったんだと思う」
「サル・シュくんがガリさんを真似てああなったっていうの?
今、ガリさん、そんな風情、ナイ……よ、ね……」
いや、あるか。
さっきのガリさん、かなり明るかった。
リョウさんと二人きりだったから……?
「だから、たまに、明るくなるの、懐かしい。機嫌いいんだなー、って」
「機嫌いいとサル・シュくんみたいになるの?」
たしかにさっき、そんな感じだった。『軽やか』だった。
軽やかなガリさんって、リョウさんに妖精の羽がつく以上に似合わない。なんか鉄でできてるみたいに感じるから。
いや……リョウさんに妖精の羽は、最悪に似合わないな。絶対飛べない。シロナガスクジラに妖精の羽がついてるぐらい無意味。
「長く生きてるとつらいことがあるから、そのたびに暗くなってくんだって」
「親しい人が死んだりとか?」
「そうだな……、リョウ・カの弟が死んだときとか、女が目の前で死んだときとか、父上の父上が死んだときとか」
全部死んでる……
だよね。日常的に人を殺してる集団で『性格が変わるほどのショック』なんて、『身内の死』以外、ないよね。
「リョウさんの弟さんって二人?」
「そう。二人」
「レイ・カさんも、リョウさんの弟さんだったよね? 部族三位。兄弟で、二位三位って凄くない?」
「リョウ・カの筋は強い筋だけど、リョウ・カがとんでもなく強いから、他のがかすむよな。レイ・カはリョウ・カほどじゃないからな」
「……やっぱり、リョウさん、強いよね?」
「強い強い! 父上は『山ざらい』があるけど、それがなかったら、ギリギリ勝てるぐらいだぞ。とにかく、力が父上の二倍ぐらいあるから、組み付かれたら終わり。下手に刀で受けたら、手が痺れて刀落とすからな」
「サル・シュくんの『刀折り』は?」
「あれは、全然、リョウ・カに届かない」
「そうなの?」
リョウさんの言ってるのと話が違う。
「サル・シュの『刀折り』は素早く何度も振り下ろして刻むワザだから。弱い奴にしか使えない。リョウ・カだと、振り下ろす速さがほぼ一緒だから、『何度も』がまず通用しないし、『何度も』振り上げる時に刀打たれたら、腕が痺れて終わり。
とにかく、リョウ・カに刀叩かれたら、もう、ナイ」
「リョウさんが、凄く、サル・シュくんを褒めてたんだけど……? 近いウチに負けるって」
「リョウ・カは心配しすぎ」
一刀両断。相変わらずル・マちゃん明快。
「リョウ・カって、いつも、悪い方悪い方を考えるから。生きててつらいだろ、っていつも思う」
「ル・マちゃんは楽観的すぎ!」
「ラッカンテキってなんだっ! なんか、悪いことだろっ!」
「いつでも良い方に考えるってことだよ」
「……それがいいじゃないか」
「………………そうだね」
悪いことを思い付くっていうのは、最悪の事態にまず対処するっていう、『リーダーの素質』なんだよね。リョウさんは、病的なまでにネガティブではないし。
『駄目なら死ぬだけだ』
あれは、ネガティブじゃないよね。
ポジティブが裏返ってると思う。
ただ、ル・マちゃんは、本気でキラ・シの人達の戦いを、見てないよね? 戦場には出てないんだから。
「リョウさんが、ガリさんとサル・シュくんは、キラ・シの中でも強さの桁が違う、って褒めてたよ?」
「父上は一番だからなっ!」
ふっふーんって、顎を上げるル・マちゃん。かわいい。
「……そりゃ、切ってないものを切るワザを持ってるのがその二人だから、そう言うんだろうけど、リョウ・カのあの『刀叩き』は父上もサル・シュも、凄く怖がってるぞ」
「『刀叩き』……なんだ? リョウさんは」
「リョウ・カの刀は、キラ・シ一でかい。……いや、でかいだけなら他にもいたかもしれないけど……
父上のが一番長いけど、リョウ・カのはでかい。どんどん分厚くしてるみたい。俺が子供の頃に見たより、今のは凄いでかい。
分厚いし、重たいし、何があったって、折れない。あんなのをあのふっっとい腕で叩き落としたら、俺の刀なんかポキン、だぜ。それを、サル・シュと似た速度で振るんだから、もう…………
遅いぜ? たしかにサル・シュや父上よりは遅いぜ? でも、他のキラ・シよりはよっぽど速い。レイ・カより速い。
まぁ……レイ・カは、単独で戦って、そんな強くねぇからな。
あの筋、化けもんだよな、ほんとに。
レイ・カが強くねぇったって、俺よりは強いけど。目立ったワザを持ってないんだよな。刀もそこそこ、速さもそこそこ、強さもそこそこ。
でも、戦場ではものすごく強いらしい。
用もないのにみんなレイ・カのところに集まるし、相談があるってなったらレイ・カに聞く。レイ・カ自体は全然しゃべらないのに、酒はレイ・カにまずまわすしな。レイ・カに報告して、それをレイ・カがリョウ・カに報告、それをリョウ・カが父上に報告、だな。父上は、大体何もしてない」
ボトムアップで情報の整理整頓できてるんじゃないの? 伝令も凄い多いし。そこらへん凄いなキラ・シ。
「人望あるんだね。レイ・カさん」
「ジンボウ?」
「好かれてるんだね」
「そうだな。サル・シュよりはな」
クハハッとル・マちゃんが笑った。どこが笑いのポイントだったのかは不明。
「まぁ、リョウ・カがヒマだったら、リョウ・カのとこにも集まると思うぜ? リョウ・カは忙しいから、簡単な相談とか、持ちかけられねぇだろ? 女の話してもジロッて睨まれるし、酒もそんな飲まねぇし。でも、ヒマを見つけてはみんな寄ってくよな。次何したらいい? ってのは、レイ・カに聞いても意味ないし」
「リョウさん、常に誰かに追い駆けられてるよね」
確実に答えをくれる人に聞きにいくもんね。副族長がそれなのは、みんな安心だろうな。ガリさんには、軽い相談なんて絶対できないだろうし……次の指示ったって、最前線にいるし……
『副族長っ! 族長からの指笛です。敵の村を三つ陥とした。このまま進む、ということです』
あの報告はまいったよね。
帰って来い! って、思った。
「ホント。サル・シュみたいに『俺知らねー』って言えないから、リョウ・カは」
そうだね。
『ガリのあとを追う』
一瞬で、決めてた。
サル・シュくんも似たようなものだったけど……
『ガリメキアは戻ってこない。この家を守っても無駄だ。俺はガリメキアを追う』
あれは、リョウさんに追従したんじゃなく、リョウさんが残るって言っても行く、ってことだったよね。
リョウさんの判断は、サル・シュくんは知らない感じだった。それでも、ミアちゃんを抱えてた。
「サル・シュくんは、色々、無責任すぎる」
「だから『変』なんだって、サル・シュはっ」
「思い出した!
…………昨日のあの、サル・シュくんの『脅し』………………嘘だったって……」
「ああ、あれ?」
ル・マちゃんが、全然驚いてない。なぜ?
「ル・マちゃんも知ってたの?」
「知ってたというか…………
あいつが本気で脅し掛けてくる訳無いというか……
あいつは無茶だけど、誰かを裏切る真似はしねーよ。
一番に父上が好きで、二番目にリョウ・カが好きで、三番目に俺、だからな」
「ル・マちゃんが一番でしょ?」
「一番は父上。俺のそばにいるのも、父上に俺のこと頼まれたから」
「そんなことないって!」
「今は、違うかもしれねぇけど、最初はそうだった。子供の頃、あいつとろかったから、どうにか振り切ってやろうとしてるのに、ついてきやがるし。なんでだ、って言ったら『族長に頼まれたから!』って、言った」
「……それは、照れ隠しじゃない?」
「テレカクシ?」
「ル・マちゃんが好きだからついてきてる、って言うのが恥ずかしかったんでしょ?」
「いや、あいつは父上が一番好きだ」
「なんでそう思うの……?」
「…………だって……」
ル・マちゃんがくちびるを噛んで、あっちを向いちゃった。
なんだろう? 聞かない方がいいのかな?
あのサル・シュくんが、ル・マちゃんを二番目以降にしてるようには、見えないけどなぁ……
「あいつがいたって、痛いのなくなるわけじゃなかったし…………ハルと一緒にいる方がもっとタノシーッ!」
「わーい。ル・マちゃんかわいーっ!」
抱きついてきたから抱きついてあげた。
『もっとタノシー』なんだから、サル・シュくんといても楽しかったんでしょ? でも気付いてないのか、認めたくないのか。まぁ、ウソは着かないんだから、気付いてないんだろうな。
「ガリさんが、サル・シュくんぐらい明るかったっていうのが、全然想像できない」
「だろうなー…………俺も、もう、忘れそう……
そうだ、サル・シュを助けに行った後も…………凄く、変わったな……」
「……キラ・ガンに特攻したっていう、あと?」
「それそれ。サル・シュも毎晩うなされてるしたまに叫ぶし、起きてこないし、父上がずっと枕元についてるし……なんか、もう、暗かったなぁ………手足がうまくつかなかったら、捨てられるし………………俺も心配だった。
その時、長老の家に行ったあとかな……
長老に『お前が変だから、お前に憧れるサル・シュもリョウ・カも変になった。これ以上村を変にするな』って、言われたから、じゃないのかな……」
「先月教えてくれた話ね」
「うん……サル・シュが凄く長老のこと嫌いなんだ。自分がその筋だってのもイヤみたいでかわいそう。
でも、長老筋はみんな弱いのに、なんでサル・シュはあんな強いんだろう」
「小さいときにル・マちゃんと一緒に居たからじゃない?」
「なんで?」
「ル・マちゃん、サル・シュくんを引き剥がそうとして動き回ったんでしょう? そのうち、サル・シュくんが軽々ついてくるようになったんじゃないの?」
「そう……だけど?」
「育つときに、自分よりちょっと強い人と一緒にいると、凄く育つんだよ。サル・シュくんは、ル・マちゃんに追いつこうとして、毎日必死だったから、親族の……努力しなかった筋の人より強くなったんじゃないかな? リョウさんと元は同じ筋なんだから、みんな、努力したら強くなる人達だと思う。それに、ガリさん目指してたら、桁違うよね」
「……サル・シュに追い越されたから、俺も凄い走った」
「二人で追い越し合い、したんだよね?」
ル・マちゃんこっくり。
「だから、二人で強くなったんだよ」
「……へー…………へーっっっ! へーっ、そうなのかっ!」
「そうだと思う。リョウさんは、ガリさんがいたからでしょ?」
「あー……はーっ………………はー………………」
すっっっごい、納得してるル・マちゃん。かわいい。
「聞いたことあるっ! ガリは力が足りないから、俺がその倍、力持ちになってやる、って、リョウ・カが、昔、言ってた!」
「その通りになってるよね。凄いね!」
「スゴイネ!」
ハイタッチ、パーンッ! 二人とも寝てるから、イイ音しなくて残念。
「そうだ、父上、この前、明るかったよな。熊獲ってきたとき。俺が飛びついたら、抱き上げてくれた」
「いつもああなんじゃないの?」
「今はもう、あんな雰囲気ないっ! 頭に飛びつくとか、できないっ! 怖いっ! しないっ!」
娘でも怖いんだ?
「あの熊、凄いよね? サル・シュくんに勝ったのが、嬉しかったんじゃない? なんか、ずっとご機嫌だったでしょ?」
ル・マちゃんがじーっと私を見た。
「ナニ?」
「ハルが居たからだろ」
「え?」
「ハルがいたから、父上は機嫌良かったんだ」
コメント