【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。32 ~ポジティブが裏返ってる~

 

 

 

 

 【 ハルナ 】

 

  

 

  

 

「副族長っ! 族長が出陣されました!」

 塔の上までキラ・シの子が走ってきて、どんどんリョウさんに報告をする。

 それを聞きながら、リョウさんは私を抱キ上げたまま階段を下りて、私をル・マちゃんの隣に寝かせて、出て行った。

「ハル……はい、熱石」

 ル・マちゃんが、大きな石を抱かせてくれて、後ろから抱きしめてくれた。

 あたたかい…………

「さっきまで、父上がいたんだ。ハルはどこかって聞いてた」

「…………会ったよ……」

「良かった! 凄い、父上、気にしてたから」

「ガリさん……ずるい…………」

 ル・マちゃんが私の腰をなでてくれる。気持ちいい……

「父上は、サル・シュみたいに勢いがあるから、リョウ・カよりはそりゃ乱暴だけど……」

「嫌わせてくれないの……ずるい…………」

 突然来て、突然無茶言って、突然泣かせて、突然…………

 突然、あんな、気持ちいいこと……されたら…………

 今、膝が震えだした。

 ものすごい、キスだった。

 もう、ガリさんのために死んでもいい、って……思った。私の中が、ガリさんで、いっぱいに、なった。

 あんなキス…………ズルイ……

 何するの、って、怒れない。

 ズルイ……

 リョウさんも、何も言わなかった。

 だから、『触るな』って言ってたんだ。

 ガリさんに触られたら、みんなガリさんを好きになるから、だから、リョウさん、あんなにガリさんに警戒してたんだ。

『お前だけは、ハルの命が危ないとき以外、二度とハルに触るな!』

 あんなに、怒ってたのに……

 それでも、出陣の祝いを、私に、させた。

 ああなるの、分かってたんじゃ、ないの?

 リョウさんが、ガリさんを好きなところも、好きだけど…………

「……リョウさんが……ガリさんを好きすぎるところが…………嫌い……」

 ル・マちゃんが、私の腰をゆっくり撫でてくれる。

「ガリさんって、わけわからない……怖い………」

 もっと、殺伐とだけしていてくれたら、本当に『怖い』だけですんだのに……

 あんな笑い方するなんてずるい。

 あんなキスするなんてずるい……

 意味がわからなくて怖いよ……

「そっか、ハルはここ最近の父上しか知らないからな」

 ル・マちゃんがゆっくり腰を撫でてくれる。あたたかいね、あたたかい。ありがとう。

「父上は、前はサル・シュみたいに跳ね返ってた」

「……サル・シュくんみたいに……って、あの、ガリさんが?」

 さっき、くるくるっと、コンサートのジャニーズみたいに回ってたガリさんを思い出す。あのままマイク持って踊りだしても自然だった。いつも、サル・シュくんに感じるような、なにか……音楽、的な、もの?

「うん。俺が子供の頃は、父上はもう、とにかく、うるさかった。サル・シュが二人いるみたい。だからサル・シュがああなったんだと思う」

「サル・シュくんがガリさんを真似てああなったっていうの?

 今、ガリさん、そんな風情、ナイ……よ、ね……」

 いや、あるか。

 さっきのガリさん、かなり明るかった。

 リョウさんと二人きりだったから……?

「だから、たまに、明るくなるの、懐かしい。機嫌いいんだなー、って」

「機嫌いいとサル・シュくんみたいになるの?」

 たしかにさっき、そんな感じだった。『軽やか』だった。

 軽やかなガリさんって、リョウさんに妖精の羽がつく以上に似合わない。なんか鉄でできてるみたいに感じるから。

 いや……リョウさんに妖精の羽は、最悪に似合わないな。絶対飛べない。シロナガスクジラに妖精の羽がついてるぐらい無意味。

「長く生きてるとつらいことがあるから、そのたびに暗くなってくんだって」

「親しい人が死んだりとか?」

「そうだな……、リョウ・カの弟が死んだときとか、女が目の前で死んだときとか、父上の父上が死んだときとか」

 全部死んでる……

 だよね。日常的に人を殺してる集団で『性格が変わるほどのショック』なんて、『身内の死』以外、ないよね。

「リョウさんの弟さんって二人?」

「そう。二人」

「レイ・カさんも、リョウさんの弟さんだったよね? 部族三位。兄弟で、二位三位って凄くない?」

「リョウ・カの筋は強い筋だけど、リョウ・カがとんでもなく強いから、他のがかすむよな。レイ・カはリョウ・カほどじゃないからな」

「……やっぱり、リョウさん、強いよね?」

「強い強い! 父上は『山ざらい』があるけど、それがなかったら、ギリギリ勝てるぐらいだぞ。とにかく、力が父上の二倍ぐらいあるから、組み付かれたら終わり。下手に刀で受けたら、手が痺れて刀落とすからな」

「サル・シュくんの『刀折り』は?」

「あれは、全然、リョウ・カに届かない」

「そうなの?」

 リョウさんの言ってるのと話が違う。

「サル・シュの『刀折り』は素早く何度も振り下ろして刻むワザだから。弱い奴にしか使えない。リョウ・カだと、振り下ろす速さがほぼ一緒だから、『何度も』がまず通用しないし、『何度も』振り上げる時に刀打たれたら、腕が痺れて終わり。

 とにかく、リョウ・カに刀叩かれたら、もう、ナイ」

「リョウさんが、凄く、サル・シュくんを褒めてたんだけど……? 近いウチに負けるって」

「リョウ・カは心配しすぎ」

 一刀両断。相変わらずル・マちゃん明快。

「リョウ・カって、いつも、悪い方悪い方を考えるから。生きててつらいだろ、っていつも思う」

「ル・マちゃんは楽観的すぎ!」

「ラッカンテキってなんだっ! なんか、悪いことだろっ!」

「いつでも良い方に考えるってことだよ」

「……それがいいじゃないか」

「………………そうだね」

 悪いことを思い付くっていうのは、最悪の事態にまず対処するっていう、『リーダーの素質』なんだよね。リョウさんは、病的なまでにネガティブではないし。

『駄目なら死ぬだけだ』

 あれは、ネガティブじゃないよね。

 ポジティブが裏返ってると思う。

 ただ、ル・マちゃんは、本気でキラ・シの人達の戦いを、見てないよね? 戦場には出てないんだから。

「リョウさんが、ガリさんとサル・シュくんは、キラ・シの中でも強さの桁が違う、って褒めてたよ?」

「父上は一番だからなっ!」

 ふっふーんって、顎を上げるル・マちゃん。かわいい。

「……そりゃ、切ってないものを切るワザを持ってるのがその二人だから、そう言うんだろうけど、リョウ・カのあの『刀叩き』は父上もサル・シュも、凄く怖がってるぞ」

「『刀叩き』……なんだ? リョウさんは」

「リョウ・カの刀は、キラ・シ一でかい。……いや、でかいだけなら他にもいたかもしれないけど……

 父上のが一番長いけど、リョウ・カのはでかい。どんどん分厚くしてるみたい。俺が子供の頃に見たより、今のは凄いでかい。

 分厚いし、重たいし、何があったって、折れない。あんなのをあのふっっとい腕で叩き落としたら、俺の刀なんかポキン、だぜ。それを、サル・シュと似た速度で振るんだから、もう…………

 遅いぜ? たしかにサル・シュや父上よりは遅いぜ? でも、他のキラ・シよりはよっぽど速い。レイ・カより速い。

 まぁ……レイ・カは、単独で戦って、そんな強くねぇからな。

 あの筋、化けもんだよな、ほんとに。

 レイ・カが強くねぇったって、俺よりは強いけど。目立ったワザを持ってないんだよな。刀もそこそこ、速さもそこそこ、強さもそこそこ。

 でも、戦場ではものすごく強いらしい。

 用もないのにみんなレイ・カのところに集まるし、相談があるってなったらレイ・カに聞く。レイ・カ自体は全然しゃべらないのに、酒はレイ・カにまずまわすしな。レイ・カに報告して、それをレイ・カがリョウ・カに報告、それをリョウ・カが父上に報告、だな。父上は、大体何もしてない」

 ボトムアップで情報の整理整頓できてるんじゃないの? 伝令も凄い多いし。そこらへん凄いなキラ・シ。

「人望あるんだね。レイ・カさん」

「ジンボウ?」

「好かれてるんだね」

「そうだな。サル・シュよりはな」

 クハハッとル・マちゃんが笑った。どこが笑いのポイントだったのかは不明。

「まぁ、リョウ・カがヒマだったら、リョウ・カのとこにも集まると思うぜ? リョウ・カは忙しいから、簡単な相談とか、持ちかけられねぇだろ? 女の話してもジロッて睨まれるし、酒もそんな飲まねぇし。でも、ヒマを見つけてはみんな寄ってくよな。次何したらいい? ってのは、レイ・カに聞いても意味ないし」

「リョウさん、常に誰かに追い駆けられてるよね」

 確実に答えをくれる人に聞きにいくもんね。副族長がそれなのは、みんな安心だろうな。ガリさんには、軽い相談なんて絶対できないだろうし……次の指示ったって、最前線にいるし……

『副族長っ! 族長からの指笛です。敵の村を三つ陥とした。このまま進む、ということです』

 あの報告はまいったよね。

 帰って来い! って、思った。

「ホント。サル・シュみたいに『俺知らねー』って言えないから、リョウ・カは」

 そうだね。

『ガリのあとを追う』

 一瞬で、決めてた。

 サル・シュくんも似たようなものだったけど……

『ガリメキアは戻ってこない。この家を守っても無駄だ。俺はガリメキアを追う』

 あれは、リョウさんに追従したんじゃなく、リョウさんが残るって言っても行く、ってことだったよね。

 リョウさんの判断は、サル・シュくんは知らない感じだった。それでも、ミアちゃんを抱えてた。

「サル・シュくんは、色々、無責任すぎる」

「だから『変』なんだって、サル・シュはっ」

「思い出した!

 …………昨日のあの、サル・シュくんの『脅し』………………嘘だったって……」

「ああ、あれ?」

 ル・マちゃんが、全然驚いてない。なぜ?

「ル・マちゃんも知ってたの?」

「知ってたというか…………

 あいつが本気で脅し掛けてくる訳無いというか……

 あいつは無茶だけど、誰かを裏切る真似はしねーよ。

 一番に父上が好きで、二番目にリョウ・カが好きで、三番目に俺、だからな」

「ル・マちゃんが一番でしょ?」

「一番は父上。俺のそばにいるのも、父上に俺のこと頼まれたから」

「そんなことないって!」

「今は、違うかもしれねぇけど、最初はそうだった。子供の頃、あいつとろかったから、どうにか振り切ってやろうとしてるのに、ついてきやがるし。なんでだ、って言ったら『族長に頼まれたから!』って、言った」

「……それは、照れ隠しじゃない?」

「テレカクシ?」

「ル・マちゃんが好きだからついてきてる、って言うのが恥ずかしかったんでしょ?」

「いや、あいつは父上が一番好きだ」

「なんでそう思うの……?」

「…………だって……」

 ル・マちゃんがくちびるを噛んで、あっちを向いちゃった。

 なんだろう? 聞かない方がいいのかな?

 あのサル・シュくんが、ル・マちゃんを二番目以降にしてるようには、見えないけどなぁ……

「あいつがいたって、痛いのなくなるわけじゃなかったし…………ハルと一緒にいる方がもっとタノシーッ!」

「わーい。ル・マちゃんかわいーっ!」

 抱きついてきたから抱きついてあげた。

『もっとタノシー』なんだから、サル・シュくんといても楽しかったんでしょ? でも気付いてないのか、認めたくないのか。まぁ、ウソは着かないんだから、気付いてないんだろうな。

「ガリさんが、サル・シュくんぐらい明るかったっていうのが、全然想像できない」

「だろうなー…………俺も、もう、忘れそう……

 そうだ、サル・シュを助けに行った後も…………凄く、変わったな……」

「……キラ・ガンに特攻したっていう、あと?」

「それそれ。サル・シュも毎晩うなされてるしたまに叫ぶし、起きてこないし、父上がずっと枕元についてるし……なんか、もう、暗かったなぁ………手足がうまくつかなかったら、捨てられるし………………俺も心配だった。

 その時、長老の家に行ったあとかな……

 長老に『お前が変だから、お前に憧れるサル・シュもリョウ・カも変になった。これ以上村を変にするな』って、言われたから、じゃないのかな……」

「先月教えてくれた話ね」

「うん……サル・シュが凄く長老のこと嫌いなんだ。自分がその筋だってのもイヤみたいでかわいそう。

 でも、長老筋はみんな弱いのに、なんでサル・シュはあんな強いんだろう」

「小さいときにル・マちゃんと一緒に居たからじゃない?」

「なんで?」

「ル・マちゃん、サル・シュくんを引き剥がそうとして動き回ったんでしょう? そのうち、サル・シュくんが軽々ついてくるようになったんじゃないの?」

「そう……だけど?」

「育つときに、自分よりちょっと強い人と一緒にいると、凄く育つんだよ。サル・シュくんは、ル・マちゃんに追いつこうとして、毎日必死だったから、親族の……努力しなかった筋の人より強くなったんじゃないかな? リョウさんと元は同じ筋なんだから、みんな、努力したら強くなる人達だと思う。それに、ガリさん目指してたら、桁違うよね」

「……サル・シュに追い越されたから、俺も凄い走った」

「二人で追い越し合い、したんだよね?」

 ル・マちゃんこっくり。

「だから、二人で強くなったんだよ」

「……へー…………へーっっっ! へーっ、そうなのかっ!」

「そうだと思う。リョウさんは、ガリさんがいたからでしょ?」

「あー……はーっ………………はー………………」

 すっっっごい、納得してるル・マちゃん。かわいい。

「聞いたことあるっ! ガリは力が足りないから、俺がその倍、力持ちになってやる、って、リョウ・カが、昔、言ってた!」

「その通りになってるよね。凄いね!」

「スゴイネ!」

 ハイタッチ、パーンッ! 二人とも寝てるから、イイ音しなくて残念。

「そうだ、父上、この前、明るかったよな。熊獲ってきたとき。俺が飛びついたら、抱き上げてくれた」

「いつもああなんじゃないの?」

「今はもう、あんな雰囲気ないっ! 頭に飛びつくとか、できないっ! 怖いっ! しないっ!」

 娘でも怖いんだ?

「あの熊、凄いよね? サル・シュくんに勝ったのが、嬉しかったんじゃない? なんか、ずっとご機嫌だったでしょ?」

 ル・マちゃんがじーっと私を見た。

「ナニ?」

「ハルが居たからだろ」

「え?」

「ハルがいたから、父上は機嫌良かったんだ」

 

 

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