「……それは、まぁ…………」
うん……聞いた…………
「私の子供が欲しいからっていうのは、聞いてるよ。私、ほら、『外の女』だから。他の血入れないと、小さい部族は駄目になるよね」
「違う」
ル・マちゃんが、左手をついて、上半身だけ起こした。上から私を見て、くちびるを尖らせる。
「父上は、リョウ・カがハルを好きなように、ハルが好きだ」
「ちょっと待って、ル・マちゃん……」
私もベッドに起き上がった。
「ガリさんが、恋愛感情を持ってるようには見えないよ…………大事には、されてると、思うけど。キラ・シは、女の人達みんな大事にするでしょ?」
「リョウ・カがハルを好き、っていうのは信じるのに?」
「……それは…………」
ル・マちゃんに言われるまでは、信じてなかった。というか、そんなこと、考えてもみなかった。誰かに好かれるとか、思ったこと、なかった。だから、誰かに好かれようとも、したこと、なかった。
リョウさんが、初めてなんだ。
「リョウ・カと同じ時間、父上と一緒にいないだろ? その分、父上のこと、知らないよな?」
「…………そうだね……」
いつも突然出てきて、突然いなくなって、だから。喋ったことも数回しかない。
「父上は、サル・シュと違って、人前で女を抱きしめたり、しないぞ」
「……ル・マちゃんの前で、女の人抱いてたよね? 何人も。十人ぐらいいたよね?」
「俺が父上の部屋に入ったんであって、あれは人前じゃぁ、ない」
「……そう……だね…………そうだね……うん」
なぜこういうところはしっかりしてるの、ル・マちゃん。
「リョウ・カの前なのに、女を抱きしめることなんて、ない」
私は、自分のくちびるを、触って、た。
ジワッ……て、熱くなったから、気付いた。
ガリさんにキスされたくちびる。もっと押さえる。
ル・マちゃん、見てた?
「あんなこと、ハルだから、したんだ」
真っ黒い猫目が、私をにらみつけてる。
「……私が帰って来たら、ル・マちゃん、部屋にいたよね?」
「父上が連れてきてくれた」
「ハルはどこかって……ル・マちゃん……」
「ハル、ああいうの見られるの恥ずかしそうだから、見てない振りしようかと、思った」
「なんで、その振り、してくれなかったの?」
「ハルが、父上がハルを好きだ、って、認めないから」
まっすぐ、見つめてくる、ル・マちゃん。
さっきのガリさんと同じ瞳。
「そうやって……」
ル・マちゃんの手が、私の頬を撫でた。
さっきのガリさん思い出してゾクッてする。
「父上ともにらみ合っただろ? この城に、初めて入った日の、夜」
あの怖かったときね…………
「父上にああ睨まれて、睨み返した奴なんて、戦士でもいない」
「……なんか、意地になってて…………怖かったのは、怖かったよ……」
「意地でもなんでも、できたのが、凄い。あれで、父上は、ハルを見直したんだ」
そうだったのかー……
「サル・シュにも頭突きしたし」
「あっれはっ…………リョウさんにも言われました…………ハイ……」
「ハルは、鍛練してないから刀が扱えないとか、力がないだけで、十分『戦士』だぞ」
「……ほめ言葉?」
「『キラ・シの戦士』ってのは、最上級のほめ言葉だぜ! 大人になったからって戦士になれるわけじゃないからな!」
刀を持てない女に言われても、ほめ言葉かなぁ……それ。たんにガサツって言われてるだけな気がする。まぁ、ガサツだけど……
「もう一人、この城には女の戦士がいるんだぜ!」
「誰?」
「この上で寝起きしてる、『コウテイヘイカのジジョ』だって」
「ああ、あの金髪の皇子様の……というか、皇子様、ずっといたの? ここを出たときもついてきてたの?」
「そうじゃないか? 置いては行かないだろ。
そのジジョがさっ、父上に喧嘩売ってきたらしい。
『あの女は戦士だ』って父上がリョウ・カに言ったって。戦士として扱えよっ! ってリョウ・カがみんなに言ってた」
「ガリさんの、『戦士』の基準がわからない……」
『戦う人』じゃなくて、『対等な人』ってことなの? ル・マちゃんは明らかに『戦う人』という使い方をしてるよね?
「だから、気後れせずに対等に向かってきたことだろ」
「私はガリさんには、いつも気後れしてますーうっ!」
「いや、してない」
「してるっ! あんな怖い人っ!」
「でも、毎回睨み返すじゃないか」
「……逃げたく、ないから……」
「だから、それが対等なんだって」
「対等じゃないよ! いつも負けてるもんっ! というか、勝てないって、ガリさんになんかっ!」
「違うってハル」
ル・マちゃんが、私の両肩をつかんで覗き込んできた。
「さっきも、何度も言っただろ? 父上は、腕力じゃ、リョウ・カに勝てない。相談されるほど気さくでもない。サル・シュみたいに騒げない。
でも、族長なんだ。一番、強いから」
「それは……」
「父上は、刀では一番強いと自分でも思ってるけど、他のことはそうじゃない。自分が強いのは刀に関してだけで、他ではちゃんと、自分より強い奴を認めてる」
確かに、それは、そうなんだろう。
『俺は、前にしか走れん。後ろを頼むぞ、リョウ』
あんなに、リョウさんに、甘えていた、ガリさん。
自分が突っ走れるのは、後ろにリョウさんがいるからだ、って、分かってるんだ。背中が安全だから、前に走れるんだ。
いつも、リョウさんが後ろにいるから。
『いなければいないで、ガリは困らないだろう。前に向かって走り続ければいいから』
リョウさんはあんなこと言ってたけど、ちゃんと頼られてた。男の人の『友情』ってなんか、凄いよね。特にここだと『戦友』だから。
漫画で何度も何度も読んだけど、理解しにくかった。
あのガリさんが、サル・シュくんみたいにベタベタとリョウさんに絡んでて、抱きついてバシバシ叩いて、リョウさんは不動。子供の頃がああだったんだろうな、って。色々あってガリさんはあまり喋らなくなったけど、リョウさんのそばでだけは子供になるんだな、とは、思った。
あのガリさん、凄いかわいかった。反則だ。
逆に、リョウさんは、子供の頃から今みたいだったんだろうな。
「あの時、ハルに睨まれた時、多分、父上の中のナニカに、ハルが対等だったんだ」
あ、ル・マちゃんがいたんだ。そうだった。ここ、ラキのお城の私達の寝室だ。ベッドに転がって、恋バナ……戦争中なのに。いつのまにか、二人とも横になってた。
誰だっけ、『戦争中でも市は立つ』って。そうだよね。戦争中でも子供は生まれるし、お母さんは今日のご飯のことで大変だし、戦士だって寝てるんだよね。子供は外で遊ぶし…………キラ・シは遊んでないけど。
ガリさんたちは、『現代』のサラリーマンが会社にいくみたいに、その時間、敵を殺してるだけなんだ。
それが、『戦争』なんだよね。
『戦争反対』『平和維持』って『現代』では『当然』なんだけど、ココにいると、そんなこと、言えない。
キラ・シが来なくても、羅季(らき)は滅びる寸前だった。
ハマルが万が一攻めてきてなかったとしても、キラ・シがここに降りてきたら戦闘には、なった。
ラキの平和は壊れた。
でも、じゃあ、キラ・シは山で滅びれば良かった?
喧嘩するぐらいなら自殺しろ、なんて、誰にも言えないよね。
戦争なんて『仕掛ける方』がいなかったらならないんだろう。
リョウさんが言っていたように、ハマルとラキが戦争をしてなくて、シャキが援軍をよこしてなかったら、キラ・シはこのラキのお城の兵士を殺しただけで済んだかもしれなかった。
…………いや、無理だな。
今でもあちこち走り回ってるって言ってるから、ここら一体は全部制圧されたよね。その先々で戦闘は起こったよね。
それは、キラ・シが『自分の安全』を優先するからだ。自分に向かってくる他国の戦士を殺してるから。
そして、そのあと、ここら辺だけでは女性の数が足りなくなる。そうなれば、川の向こうに行くよね。
『国土を持たないキラ・シ』がこの地に増えたんだから、キラ・シがどこかに安住しない限り、ずっと戦争だよね。
『もっと広い世界をっ……見つけたっ!』
あの時の、ガリさんの、本当に嬉しそうな、叫び。
山がどんなかは知らないけど、『200人がガリさんとついて降りた』だけで『山は空っぽになった』、って言ってた。
村の一つ一つが100人を超えないような規模なんだろう。小さな村だったんだろう。
そこに三人の女の人しかいなくて、100年後には滅びるのが確実だった。
私なら、動かないけど、ガリさんは、動いたんだ。
そう、山に残った人達がいる、って言ってた。
ガリさんについていかない人も、いたんだ。私がキラ・シに生まれたなら、きっと、そっち側にいる。
でも、ガリさんは、動いたんだ。
リョウさんも、一緒に動いたんだ。
『残る奴は裏切る奴だ。生かせばこちらの人数がばれる』
私にも、キラ・シにも優しいけど、容赦は、しない副族長。
『私も、残っても殺されます、と説得しました。仕方ありません。行きましょう、ハルナ様!』
『仕方ありません』で、仲間が殺されるのを見送ったマキメイさん。
リョウさんの刀は濡れてたけど、女の人達は生きてた。
一体、誰を殺したんだろう…
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