『ずっと…………あいつの刀が刺さったままだ……』
砕け散ってしまいそうだった、あの時のガリさん。
今回、サル・シュくんが死んだら、……私にも、その刀が、刺さる……
ガリさんだけでも、ちゃんと見送れて、良かった……
良かった……
ガリさん、教えてくれてありがとう……っ!
リョウさんも、ちゃんと見送りさせてくれてありがとう…………
サル・シュくんっ……どうやってでもいいからっ、生きて帰って来て!
ル・マちゃんが、私の涙を拭ってくれた。
「こんなときは、後ろを考えない方がいいし、二人乗りの奴がいると遅くなるから、仕方ないよな……
なんで、俺に血の道来てる時に全力なんだよ……前の時もそうだったし………その前もだった…………いつもいつも………」
なんか、イヤな方に思考が行き掛けたけど、ル・マちゃんが毛布を蹴り上げたから、ハッ……てなった。
ル・マちゃんがめっちゃ拗ねてる……イタタタタ……っておなか抱えて俯いた。
そうだね。
もう、私が考えてどうなることでもない。考えるのよそう。
駄目なら死んだらいいんだ。
それだけの話。
うん、駄目なら、死んだらいいんだ。
絶望的な字面の筈なのに、なぜか元気が出るな、この言葉。
駄目なら死んだらいいんだ。
うん、そうだね。
「おれーもー、はやくしゅつじんーしたーいーっ!」
ル・マちゃんが温石を抱き抱えてベッドの上をゴロゴロゴロゴロ。
今回は偶然かもしれないけど、山では多分、ル・マちゃんが生理の時を狙って出陣してるんじゃないかと、思うけど、それは、考えすぎかな?
このル・マちゃんが元気な時に、本当に『おいていかれた』ら、じっとしてないと思う。『絶対に動けない時』を狙ってガリさんたちが出陣してるから、ル・マちゃんは『駄々をこねる』程度で済んでるんじゃないのかな?
毎回健康な時においていかれたら、ものすごく暴れたり、忍んでついていったりして、『女だから連れて行かない』って、言われてると思う。
だって、レイ・カさんが戻ってないってことは、この一カ月も、ずっとどこかで戦闘してたってことでしょ?
今回みたいに、ル・マちゃんが動けない時に『大きな戦』を知らせて、他は黙ってるんじゃないだろうか?
ル・マちゃんは、たまに夜中に起きることがあるし、この前みたいに、壁を登ってきたとか、すぐ気付いて起きる。
けど、平和な朝は、起こさなかったらずっと寝てるから、その間に出陣されてるよね。
本当に、よく寝るよね、ル・マちゃん。
凄く背が高くなるのかもしれない。ガリさんに似たら、リョウさんは軽く追い越すかも。
「山でもル・マちゃん。朝起きたらみんなが戦から帰って来た、ってこと、なかった?」
「いつもそうだぜっ! なんで起こさないんだっ! て言うけど、起きなかったって言われたら…………たしかに俺、起きないみたいだし……」
うー、と唸ってる。やっぱり。
これはあれだよね。
ガリさんがリョウさんに望んでた「賢い子」って、アレだ。自分の娘がかなりオバカだと分かってるんだ、ガリさん。
『キラ・シの偉大なる長老となれ。ハル。
俺の血を引く、凶つ者を作れ』
ガリさんの『戦闘能力』と、私の『思考力』。両方持ってる『化け物』って……こと、だよね。
私、自分で賢いとは一度も思ったことないから、凄い、プレッシャー。偏差値51だし、得意科目もないし計算遅いし……でも、読書だけはしてた。半分漫画だけど、結果的にそれが、今は、生きたんだ。
キラ・シの役に立ってる。
そこを、認めてくれたんだ。
『ココではシロを守る男が必要だ。
15年後、お前の子が、全部のシロを守る。
それでキラ・シの後ろは一枚岩になる』
私の子供を、城主にする、っていう……宣言。
恐ろしい……
生まれる前の前から、そんな運命を背負った子供。
『でも…………駄目なんだ………………あいつの子じゃ、キラ・シは救えない……』
そう、ル・マちゃんの子供も、そうなんだ。
そのためだけに、ル・マちゃんは、生きてるんだ。
「……ル・マちゃんは、サル・シュくんが一番好きなんじゃ、ないの?」
ゴロゴロ転がってた温石玉が、向こう向いて止まった。
「予知が……先見が間違ってる、ってこともあるじゃない?
そこまでル・マちゃんが頑張らなくても、ガリさんとリョウさんがもっとどうにかしてくれるよ。ル・マちゃんが頑張らなくても、それをル・マちゃんのせいだとは、誰も思わないよ」
けど、村を鉄砲水が襲ったり、そして、この、『東に女がいる』っていう、予知は当たったんだ。
その、『俺と父上の子供がキラ・シを救う』というのも、多分、当たるんだろう。
ル・マちゃんを、犠牲にして。
逆に言うと、その子が生まれなかったら、キラ・シが滅びる、ということ、……だよね。
「俺は、サル・シュが、好きだ」
温石玉の背中が呟く。
「でも、父上が、もっと好き」
ル・マちゃんが、こっちにごろりと転がった。
「その父上が望む、『キラ・シの存続』が、一番、大事」
黒い瞳。
ガリさんと同じ瞳。
覚悟を決めた、瞳だ。
つらり、と……ル・マちゃんの左目から鼻へ、右頬へ、涙が流れてシーツに吸い込まれる。
「先見なんて……したくなかった……」
温石の毛皮に顔を埋めて、震える、ル・マちゃん。
「そしたら、父上は東なんて行かず、ずっと村にいてくれた。サル・シュがキラ・ガンにさらわれることもなかった。ずっと、父上はサル・シュみたいに明るかったかもしれない。だったら、俺は、あの村で、サル・シュの子を、もう、三人目を孕んでた……」
やっぱり、あの予知夢がなかったら、サル・シュくんを選んだんだ?
「キラ・シの村が水で流れて、みんな死んでたかもよ?」
ル・マちゃんが、顔を上げた。
「ル・マちゃんは、村を救って、ガリさんをここに案内した。もう、二度、キラ・シを救ったんだよ。その、先見の夢で」
まだ二カ月。
だから、子供はまだ生まれてないけど、『女がいた』『族長が女のいるところへ連れてきてくれた』という、キラ・シの人達の感激は、ひしひしと伝わってくる。現時点で、既に、ガリさんはものすごいヒーローなんだ。
200人も男の人がいて、3人しか女性がいなかった、キラ・シ。
このお城だけでも、数十人の女性がいて、こっち側の三国だけで、何千人、何万人の女性がいるだろう。
これで、キラ・シが滅ぶことなんて、ないよね。
女の人、全員殺さなきゃならなくなる。
でも、ル・マちゃんが予知をした、もう一つ。
『自分の子がキラ・シを救う』
つまりは、この先、そんなに生まれるだろうキラ・シの子供が、いなくなる危険性がある、ということ。
それを、その子が救う。
そこまでいかないと、きっと『キラ・シの存続』は危ういんだ。どんな理由かわからないけど、そう、ル・マちゃんは夢に見てしまったんだ。
ベッドの上で、右手をル・マちゃんの方に伸ばしたら、ル・マちゃんも、左手を重ねてくれた。
「じゃあ……やっぱり………………三度目も、救わないとな……」
私の掌の中に、ル・マちゃんの涙がたまっていく。
あっちに温石をおいてきちゃってるから、私の抱えてた温石に、おなかが当たるように抱き寄せた。
サル・シュくん、ゴメン。
ル・マちゃんは、君の子を産まない
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