「俺からミアを奪った。俺のだぞっ! この女は俺のだぞっ!」
凄い、お母さんに怒鳴ってる。
「お母さん、腕痛くてそれどこじゃないよ、そんな持ち方したら腕折れるからっ! 元々、ミアちゃんはお母さんのものだよっ!」
「俺のだ! 俺が見つけたんだから、俺のだ!」
蛮族流儀、ううっ! …………凄い、怖い、顔、してる……サル・シュくん。綺麗なだけに、めっちゃ怖い………仁王像が降臨したらこんな感じ。私に絵心があったらスケッチしてるわ、今。
「リョ……リョウさん、サル・シュくんなだめて?」
「あれは女が悪い」
「えー……」
「明らかに、奪うつもりでサル・シュから子を盗った」
そんな……だって、サル・シュくんが悪いんだよ、元から……
「ねぇあなた。ミアちゃんを奪ったその動きでサル・シュくん怒ってるの。もう一度だけ、ミアちゃんを彼に渡してくれない? そして、そっと受け取って? そうしないと、あなたが殺されるから」
「……で……でもっ! ミアがっ」
「ミアちゃんは、絶対に殺されないから。サル・シュくん、ミアちゃんを自分のものだと思ってるから、あなたの今の態度が『奪った』って取られたの。
言い訳してる場合じゃないんだよ。彼、本当にすぐに人を殺すから。ミアちゃんは、悪いけど、彼の所有物になったの。蛮族の流儀なの。今は仕方ないの。
彼はミアちゃんを自分で育てるって言ってたのを、今、すごい説得して、養育をあなたに任せるって話になってたの。
悪いんだけど、本当にごめんなさいなんだけど、ミアちゃんの所有権は、彼に移ったの。逆らったら、あなたが殺されるの。あなたが死んだらミアちゃんが困るでしょ? ここは、我慢して、お願い」
お母さん泣いてる。そりゃ泣くよな。でも、仕方ないよね? 戦時下なんだから。この人達言葉通じないんだから。
「私もね、この人の所有物になってるの。そうじゃないと殺されるの。わかって? ミアちゃんを、もう一度、サル・シュくんに渡して。そして、そっと受け取って。彼から隠そうとしないで。わかった?
それと、彼に、『ごめんなさい』って言ってくれる? あなたが悪いんじゃないのは私が知ってるから。でも、ここは、謝って? ね? お願い。私は、あなたに、今、死なれたくないの」
ようやく、お母さん頷いてくれた。ミアちゃんをサル・シュくんに差し出す。『ごめんなさい』って言ってくれた。ミアちゃんをサル・シュくんが抱き寄せる。
「サル・シュくん、彼女も謝ってるから。君からミアちゃんを隠すことはしないから。育てるのだけはさせてあげて。お願い。
元々、サル・シュくんから奪おうとしたんじゃないんだよ。彼女はミアちゃんが心配だっただけなんだよ。許してあげて?」
もう、私の世代は『男だから』『女だから』って教育を受けてないから、みんな『平等』で『女言葉使いなさい』とか言われたことはあまりない。『男なんだからしっかりしなさい』とか、あまり言われない。でも、昔の人がそうやって育ってるのは、知ってる。
「強い男なら、女の人を守るんでしょ? ミアちゃんを守ろうとしているそのお母さんのことも、信じてあげて? 男の人が女の人を信じてあげないと、女の人は死んじゃうよ?」
サル・シュくんが私の後ろのリョウさん見た。リョウさんがどうしたのかは見えないけど、サル・シュくんがお母さんの手を離して、ミアちゃんを渡そうと差し出す。
「ゆっくり抱き留めてあげて?『奪った』ように彼が思わないように」
お母さんがコクコク頷いて、そっとミアちゃんを捧げ持つように手を伸ばした。
王様から宝物貰うみたいに恭しく。
サル・シュくんが渡してくれて、やっと、息が、つけた。というか、私も息止まってた。後ろの女の人達もみんな止まってたみたい。全員で、ハーッって、ため息。
プーッ、と子供が怒るようにサル・シュくんがくちびるを尖らせてる。
「あ、おい、女っ!」
サル・シュくんに何度もおじぎして下がろうとした彼女をまた呼び寄せて、彼女の左頬に文様描いた。ああ……けっこう美人さんなのに………まぁ、ル・マちゃんも描いてるし、キラ・シにはそんな大層な意味はないんだろうけど……ショックだよね。
「で、リョウ叔父。奥の、そのカイダンっての、どうすりゃいい?」
突然元の話題!
カツカツ馬で寄ってきて、サル・シュくんはもうミアちゃんのほうを見もしない。
お母さんはあわてて女の人達の後ろに下がって見えなくなった。隠れないで、って言ったのに……今は、サル・シュくんが見てないから良かったようなものの、今度あんな感じで怒ったらもう手が付けられないんじゃないだろうか?
この、いつも明るいサル・シュくんがああいう風に怒るとは……まぁ、さっきリョウさんにも、真っ赤な顔で刀向けてたし、沸点低そうだな……こういうの、一番怖いじゃない?
「どういうものだ?」
「あっち」
サル・シュくんが親指で指さすまま、リョウさんまで行き掛けたから止めた。そんなことしてる場合じゃないよね。あの調子でどこかから誰か出てきたら、私が真っ先に殺されそうだし!
「それはただの通路! ただの坂として扱っていいよ。大陸の、家の中の崖はそういう仕組みになってるだけなの。不気味なモノではないから大丈夫。ただ、上に待ち伏せしてる可能性はあるから気をつけて! そこらへんは山の中の崖や茂みと一緒。さっきの、『蓋』の所は、穴になってるから向こうにいけるし、向こうに潜んでる可能性はあるから」
「そうなんだっ! ただの坂なのかっ! そっかーっ!」
「そうなのか? なぜ見もせずにわかる?」
リョウさんが私を覗き込んでくる。サル・シュくんも、リョウさんに行け、って言われてないから動かないっぽい。
現代の学校の子なら、『大丈夫』って言われたらそのまま行っちゃいそうなのに。なんというか、行動の全部に『命が掛かってる』から、騒ぐし怒るし、意味わかんないこともあるけど、『危ない行動』って極力しないんだな。わからないことはリョウさんの指示を必ず仰ぐんだ。一五才の子供の行動形式じゃないよね。凄い。でも、一五才の子供は叔父さんに真剣で向かわないと思うけど……
「こういう建物はそういうふうにできてるから。さっき、右に部屋があったから左に部屋があったとか、当たったでしょ? そういうものなの」
「タテモノ?」
「……えっと……こんなふうに、人間の手で作った家のこと。大きな家のことを『建物』って言うの」
「家? 家なのか? これは。石だぞ?」
「洞窟じゃないのか?」
「まっすぐだし!」
まっすぐがえらい気になってるなぁ。
「……うん…………洞窟の中をまっすぐに削ったんだよ。人間の手で」
これ以上問われたらどう答えたらいいだろう?
「敵は居たか?」
リョウさん、納得してくれたみたい? 一つ息を吐いて、サル・シュくんに顔が向いた。
ホッとする。
キラ・シのみんな目力強いから、見られてるだけでドキドキする。心臓悪かったら睨み付けられただけで死にそう……
特にリョウさんは、私が振り返ったら、額と顎が触れる位置で睨みおろされてるから、怖い怖い。
私、別に現代では『視線』とか感じたことなかったけど、今はわかるもん。キラ・シの誰かに見られてたら、『なんか見られてる! 誰かに見られてる!』ってわかる。女官さんとかに見られてても、私がそっち見ないとわからなかったから、多分、キラ・シが目力凄いんだ。
目力って強さとも関係するのかもしんない。
キラ・シの視線怖い。
「長得物で向かってきたやつ三人居たっ!」
サル・シュくんが左手の小指と薬指と中指と立てて笑ってる。一瞬、OKマークかと思った。
キラ・シの『居た』って『殺した』とほぼ同義だよね。多分殺してるよね。『殺した』って『報告』はしないんだな。そりゃ、あの勢いで切り殺すんだから、気にも止まってないんだろうな。
どうかその中に女の人がいませんように!
女官さんなら向かっていかないだろうから、いないと信じてる!
「行ってくるっ! 女、女ーっ! もっといないかなーっ!」
リョウさんが頷いたから、サル・シュくんがワーイって両手あげた。鼻歌歌いそう。馬のたてがみで刀拭いて走って行った。
まさか隠れてた兵士も、馬で乗り込んでくるなんて思ってないだろうからびっくりしただろうなぁ。
しかも、キラ・シの馬、……馬って言ってるけど、これカモシカだよね? でっっっかいっ!
普通にテレビニュースの競馬シーンとかでたまに見る、あの馬と人間の縮尺じゃないもんな。
『現代』の競馬の騎手の人って小さいんだ。
親戚の男の子が騎手目指してたんだけど、両親が180センチ越えてたから彼も大きくなるっていう理由で落とされたのね。そこからグレて大変らしい……ってのを聞いた。騎手の人、みんな私ぐらいで大きいらしい。
あの、サラブレットと騎手の人との対比そのままより、もっと馬がでかい。で、キラ・シの人ってみんな私よりすんごくでかいんだから、それで馬がもっと大きく見えるって、本当にこの馬でかいんだよ。私が首に抱きついて腕がまわりきらないって、つかまってて凄い怖い。
高所恐怖症……もう、なくなった感じする。
いや、そりゃ、崖を覗き込んだら怖いけど、もうなんか、馬に乗せられてるのが普通だし……この高さは平気になった、かな。
勿論、誰かが一緒に乗っててくれたら、の話だけど。人間の適応能力って凄いな。ホント凄いな。私にもそんなもんあったんだな。体育ずっと一なのにな。跳び箱三段が飛び越せなくて補習してたんだよね。勿論、逆上がりもできない。一〇〇メートル走ったら心臓破れそうになる。
「リョウさん、みんな、あの部屋に移ってもらった方がよくない? どんどん人増えるよ?」
キラ・シと一緒に居る方が絶対怖いって! この、馬の見えないところに避難させてあげたい。
「見えないところで何か画策されるほうが駄目だ」
そっかー……でもきっと、そんなこと考えない人達だと思うんだけどな……まぁ、それはリョウさんたちの警戒心の問題だから、何も言えないよね。私は明らかに平和ぼけしてるから。さっきだって、私がドア開けたら私殺されてたもんな。戦時下なんだよね。怖い。
「あの……あなた様は私達の言葉がおわかりになるのでございますよね?」
ミアちゃんのお母さんが私を見た。
「うん? わかるよ。日本語だよね?」
「ニホン……ゴ? はわからないですけれど、その、男の人達は何を言っているのかわかりませんので……」
ん? どういうこと?
「ハル。この女と喋ることができるのか?」
「リョウさんもできるでしょ?」
「片言はわかるが、よくはわからん。さっきも、何を話しているのかほとんどわからなかった」
「え? 私の夢なんだから、みんな日本語喋ってるんでしょう?」
「その女はラキ語だ」
「ラキ語? リョウさんはキラ・シ語でしょ?」
「そうだ」
「ラキ語なんて、私知らないよ?」
その国自体知らないよ。『現代』の世界地図にそんな国、ないよね?
最近、国旗と国名を覚えようと暗記はしてたんだけど、まだ『な行』までで、『は行』から先の国名は不確かなんだよね。ドミニカ国とドミニカ共和国がいつまでもごっちゃになってて……トリニダードトバコとか、その暗記やり始めて初めて知った国名だし。『ラキ』って国も、もしかしたら『現代』にあるのかもしれない。『沿ドニエストルモルドバ共和国』? だっけ、そんな感じであったら、わかんないしなー……
「だが、その女と喋っているのだろう?」
リョウさんに聞かれてもこれは説明できない。
まぁ、これが夢の辻褄合わないところかな?
「ねぇ、そういうのは置いておいて、食事、作ってもらった方がよくない?」
もう、焚き火焼き肉と木の実の生活いやだ……なんか、安全っぽくなったら、急におなか空いてきた。木の実ばっかりで、絶対五キロぐらい痩せてるわ、私。ダイエットしたかったからいいっちゃいいけど、そういう問題じゃないよね。
「お食事っ、お作りさせていただきますっ! お部屋も整えますっ! 殺さないでいてくださるのでしたらっ!」
ミアちゃんのお母さんが叫んだら、後ろの女官さんたちも同じように胸で手を握り合わせて私を見る。責任者は私じゃないよ!
「殺さない殺さない。この人達、女の人は殺さないからそれは大丈夫」
「料理長が厨に隠れています……が、殺されるのでしょうか?」
「なんでそんなところに隠れてるの? というか、なんでサル・シュくん見つけてないの?」
「あのかたが入っていらっしゃる寸前に、掃除道具入れの中に隠れたんです。素早かったです、あんなに太って普段は邪魔なほどのろいのに!」
凄いなコックさん。まぁ、馬の蹄の音がするから、そういうの、男の人の方が早いよね。
危険が来たときに、男の人は逃げて、女の人はその場にうずくまる、だったかな。普通の女の人は機敏には動かない。私も勿論、動けません。悲鳴も出ない、固まる方です。ハイ。
「隠れてると、さっきのサル・シュくんに殺される可能性があるから、みんな連れて来てくれる?」
「わかりましたっ! 全員連れて来ますっ!」
女の人達が俄然笑顔になった。
「何を言っている、ハル。黙らせろ」
「同じ言葉で喋ってるのに聞こえなかったの?」
「今、ハルはキラ・シ語を喋っていなかった」
「え? ……あ、とにかく、この人達が城の中に隠れてる人達見つけて、ここに連れて来てくれるって。ご飯も作ってくれるって」
「そんなことを今喋っていたのか? 毒を入れられたらどうする?」
えらい、毒を怖がるな。入れられたことあるのかな?
「毒、入れる気ある?」
「無いですっ!」
女官さん、声揃えて言い放った。
まぁ、ありますって言う人はいないよね。馬鹿な質問だよね。
「とにかく、殺さないでいてくださるのでしたらなんでもしますっ! 取りなしてくださいませっ! 私が、この王宮の女官長です。全員、言うことを聞かせます! 私達にとっては、このお城の主が誰でも構わないんですっ! 殺されなくて、できれば……お給金をいただければっ!」
そりゃそうだ。しかも、ミアちゃんのお母さんが女官長! これは、ラッキーだよね。この人、話しやすい!
「窓から見ていました。この城の外に出て行った兵士は全員殺されました。もう……わたくしどもも、どうしてよいのかと……心配で心配で……」
「この人達、行ってもらっていい?」
振り返ったら、リョウさんが怒ってる顔、っぽい。
「どこにだ? 何をしに?」
「この城に隠れてる人達探してきてくれるって。それで、ご飯作ってもらおうよ。あと、今生き残っていて、歯向かってこない人達は殺さない、って約束してくれる?」
「……女は殺さない」
「男の人も、向かってこない人は殺さないってことはできない? 料理長が男の人なんだよ」
「リョウリチョウ?」
「食事を作ってくれる人の族長」
言い切ってみた。『係の人』とか言ったって絶対わからないと思う。
「族長は、歯向かってこない限り殺さない」
「えっとね、このお城の中、幾つかの部族がいてね、この人は、女官って部族の族長なの。名前ナニ?」
「牧明と申します」
「この人はマキメイって女族長さん。このお城の掃除とか、片づけとか、洗濯とかしてくれる部族の族長」
「そうか」
……納得してくれそう! かもっ!
「あと、料理を作ってくれる部族の族長が、男の人なんだよ。その人、隠れてるらしい」
「……サル・シュが見過ごしたのか?」
料理長が生きてるなら、他のコックも生きてるんじゃないの? こんなお城に一人で料理してないよね? こんなずるずるした服で女官さんがキッチンに立ってるとも思えないし……他にも男の人、たくさん居そうだな……
「………………そう、らしい、けど…………サル・シュくんは今おいておいて。殺さないなら、連れて来てくれる。他に隠れてる人も、女官の部族の人がみんな説得して、連れて来てくれるから。頼んでいい?」
「…………そうだな。頼もう」
「殺さない?」
「…………武器を持っていなくて、逆らわないのならば、殺さない」
「リョウさんの名前に賭けて約束してくれる?」
「………………ああ、リョウ・カの名に賭けて、約束する。殺さない。逆らわないのならば、だぞ?」
「逆らわない逆らわない。あなたたちみたいに戦える人、そんないないから! 戦える人はきっとさっき、みんなあなたたちが殺しちゃったから、大丈夫!」
多分。
これ以上目の前で誰かが殺されるの見たくないしっ……
「お願いね、マキメイさん。みんな連れて来て。絶対に、歯向かわないように説得して。この人達、本当に、一撃で殺すから。これがこの人達の挨拶ね。絶対に手に武器を持ってないことをまず見せてね!」
顔の横で手をヒラヒラさせるあの挨拶を教える。彼女たち全員がその場でしてくれて、なんか、私は全員から馬鹿にされてる気になっちゃったけど、リョウさんは満足そうに頷いてくれた。
胸で左手を右手で握り込んだポーズをしてみる。
「困ったときにこうするでしょ? これ、絶対、この人達の前でしないでね?」
「……それは、この国の、というか、この大陸での挨拶の一つです。言われなければ絶対にしていました! 教えていただいてありがとうございます! 全員殺されるところでした!」
やっばっ!
私の夢だから、なんか変なところだけ中華系なんだ? 多分、あの、『明』の字を模した挨拶なんだろうな。
「……あの、あなた様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私はハルナ」
「ハルナ様! 今すぐ!」
マキメイさんが後ろの人達に説明したらみんながそれぞれ走って行った。
このまま、誰も帰って来なかったらどうしよう……
とか、思ってたけど、次々連れて来たわ。
「おい、ハル! あれ、全部男か?」
ル・マちゃんが親指で、出てきた人達を指さしながら私を振り返った。
「女の人も……いる……」
……どうして、そうなるのかなぁ…………
ル・マちゃんが、出てきた男の人の首を、刎ねた。
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