”【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。5 ~叫ぶ女の舌を切れ~”

 突然、だった。

 

 ナニもル・マちゃんは叫んでさえいなかった。私と笑顔で喋ってたのに!

 

 いつあっち向いたの?

 

 いつ刀を振り上げたの?

 

 私、ずっとル・マちゃん見てたのに!

 

 気がついたら首が飛んで、血が天井に吹き上がってた。

 

 リョウさんも私を左手でかばって右手の刀振り上げてる。後ろのみんなは馬を降りて床に伏せてた。

 

 逃げ回る女官さん達の悲鳴。ミアちゃんの泣き叫ぶ声。ハウリング凄い……血のにおい酷い………………もうやだぁ…………

 

「殺さないって言ったじゃないっ! どうして殺したのよ! ル・マちゃんっ!」

 

「手を握ってただろっ」

 

「だから? ナニ? こっちの人達の挨拶だよっ!」

 

「毒吹き矢なら、子供でも大人を殺せる武器だ」

 

 吹き矢かー…………武器、ってそういうことか…………

 

「リョウ・カっ! こいつ、手にナニも持ってないっ!」

 

 ル・マちゃんが馬の足で、殺した男の人の手をぐちゃぐちゃ踏んで指を開かせた。馬器用だなホント……ホント器用だな…………っ!

 

 勿論、ル・マちゃんにもリョウさんにも『やりすぎた』と思ってる風情は無い。

 

「挨拶だもん、ナニも持ってないよっ! 歯向かおうともしてなかったのに殺さないでよっ!」

 

「手を握って出てきた」

 

「『大陸』の挨拶なんだってっ!」

 

「殺されるのを見たくなければ、しないように言え。女がうるさい、黙らせろ」

 

「挨拶だ、ってキラ・シに伝えてよ!」

 

「その挨拶をしてきた100人に一人が毒吹き矢を吹いたら、キラ・シが一人死ぬ」

 

 ……たしかに、そう、だけど…………

 

「大陸の全員がこの挨拶するんだよっ? 全員殺すの?」

 

「殺す」

 

 …………そっかー………………殺すのか……………………しかも、殺せるよね、この人たち……

 

「ハル、女たちを黙らせろ」

 

「目の前で人が殺されたらこうなるよ!」

 

「ル・マ! 叫ぶ女の舌を切れっ」

 

「やめてっ! マキメイさん、叫ばないように言って! 舌を切られるっ! 黙って! うるさいのやめてっ!」

 

「あなたたち黙りなさいっ! 全員殺されます!」

 

 殺しはしないけど……うん、静かになった。

 

「どうするリョウ・カ。切るのか?」

 

 ル・マちゃんが手近の女官さんの腕を引っ張りあげた。その女官さんが悲鳴あげようとしたのを、マキメイさんが黙らせる。

 

 とにかく、その彼女より、挨拶の方が先だよね。

 

「マキメイさん、さっきも言ったけど、この挨拶、絶対させないで。吹き矢を持ってる、って疑いで殺されるから」

 

「吹き矢ですかっ! そんなもの、誰も使えませんのにっ!」

 

「うん、でも、キラ・シも命かけて戦争に来てるわけだから。殺されたくないんだよ。ちゃんと手のひらを広げるように、言って。武器を持ってない、っていう表明だから、この挨拶。

 

 手を閉じたままキラ・シの前に立ったら、今みたいに、確実に即効で殺されるから。この人たちに容赦も情状酌量もないからっ!」

 

 彼女が青ざめてコクコク頷く。後ろの人達もコクコク。壁際にいた男の人まで泣きながらコクコク。全員が手のひらを広げて見せた。

 

 ル・マちゃんが女官さんを下ろす。

 

 その女官さん、ル・マちゃんの倍ぐらいあるのに、片手で吊り上げたよ。凄いなル・マちゃん。

 

「ハルは説得が巧いな!」

 

 しれっとル・マちゃんが笑う。褒められて嬉しくないのって初めてだわ。

 

 もう勘弁して……心臓が、つぶれそう……

 

 あとから出てきた何人かが、手を握った挨拶をしかけたけど、女官さんが手を叩き落としてやめさせてくれた。その挨拶をされたとき、まだリョウさんがビクッ、てなったんだ。

 

『武器を持ってない』って『言う』だけでは安心しないんだな。勿論、隠し持ってる場合もあるからわかるけど。

 

 戦争しに降りてきたと思ってたけど、山の上でもずっと戦争してたんだろうな。本当に命の危機がずっとある生活だったんだろうな。そうじゃなきゃ、こんなにならないよね。物騒だと思うけど、物騒な生活だったんなら、仕方ない。挨拶する人が殺しに掛かってくるような生活だったんだ。

 

 私とか、女官さんとか、キラ・シに対して圧倒的に弱者なんだから、言うこと聞いてないとすぐ殺されちゃう。女の人殺さないって安心してたけど、舌切り落とすとかは、するんだ……

 

 あのル・マちゃんの即攻は、凄かった。

 

 ル・マちゃんは私と喋ってたから、あの挨拶をした男の人の方を見てもいなかったのに。

 

『手を握った気配』だけで振り返って、同時に刀を抜いてて、手を握ったのを確認して、殺したんだ。それを一秒でできる、速さ。

 

 あのガリさんの娘さんなんだもんなぁ。すっっごい、納得した。『血』って凄いね。

 

 小さい子たちが死体を玄関から引きずって外に出す。それも、三倍ぐらい大きい男の人なのに、軽々。キラ・シ、本当に凄い……

 

 でも血のにおいはまだ消えない。

 

 女官さん達が、まったく喋らなくなった。

 

「先に聞いておきたいんだけど、リョウさん」

 

「なんだ」

 

「他に、それされたら問答無用で殺す、ってこと、ナニがある?」

 

「弓指で指さされると殺す」

 

 やっぱり、まだあった! 聞いてて良かった!

 

「弓指ってどれ?」

 

 手のひらを広げて見せたら人指し指を摘まれた。そう言えば、サル・シュくんもル・マちゃんも、何かを指さすときに親指でやってたな。アメリカンな仕種だと思ってたら、人指し指使っちゃいけなかったんだ?

 

「他には?」

 

「あとは時と場合による」

 

 その時と場合が凄く広いから困るんだってば。

 

「マキメイさん。あなたたち誰かを指さすとき人指し指使う? ああ、今しちゃだめ。言葉だけで答えて」

 

「はい。『人指し指』ですから……」

 

 そっか、大陸ではやっぱり『人指し指』なんだ。

 

「それね、キラ・シにしたら今みたいに殺されるから、絶対しないで」

 

 反論有りそうだったけど、黙って頷いてくれた。反論されたって、私だってわかんないから、とにかく殺されないことを考えないと仕方ない。

 

 しかも、人が次々出てくる。

 

「こんなに隠れてたの?」

 

 男の人が二十人ぐらいいるっ!

 

「彼らは一階に居た人達だけです」

 

「リョウさん、一階に…………えっと、一番下の洞窟にいた人達がこんだけいたって。上にもまだいるかも」

 

「サルーッシュッ!」

 

 突然、リョウさんが、私の髪が吹っ飛ぶぐらい叫んだ。そのあとで指笛っ! キャーッ! 耳が痛いっ! 頭がキンキンしてる。

 

「後ろで叫ばないでよっ! どうしてお城の中で指笛するのっ!」

 

 もう、それ、武器だからっ! 耳破壊する武器だから! 頭痛がする音を人体で出せるっておかしいよキラ・シ!

 

「ナニ! リョウ叔父っ何っ! ……ってなんで増えてんだよっ!」

 

 サル・シュくんが戻ってきた、凄い。聞こえたんだ? 女官さん達が連れて来てくれた人達の顔を覗き込んでる。髭のある男の人を追いやって後ろに女の人をかばった。もうそれって本当に、本能なんだね、キラ・シの。

 

 髭があるのが男っていうのは、わかるんだ? 女の人には絶対にヒゲが無い、ってことは知ってるんだね。ガリさんにもサル・シュくんにも髭が無いのに。あれ? サル・シュくんも、子供が居る年齢なんだから、髭って生えるよね? でも今、そんなこと聞ける時じゃぜんぜんない。

 

「これだけ見過ごしたんだ」

 

 リョウさんがすっごい怒ってるの怖い……

 

「えっ? こんな隠れてたのっ! どこにっ!」

 

 多分、キラ・シの家には箱とか衣装ケースとか納戸とか無いから、気付かなかったんだろう。これは責めちゃかわいそうな気がする。

 

「女は無しだ」

 

「こっちの女達、全部見つけてきたのは俺だぞっ!」

 

「見過ごしたのもお前だろうがっ! 今回は誰も武器を持ってないようだから良かったが、これが敵だったらどうする気だっ! 挟み打ちになっているぞっ!」

 

「こんな弱い奴ら、二〇人居たって一撃だってっ!」

 

「サル・シュっ!」

 

 リョウさんの一喝に、サル・シュくんも黙った。

 

 私はもう、馬の首に抱きついて、リョウさんの声の直撃を避けるしかできない。それでも耳が痛い。女官さんたちも耳をふさいでる。玄関ホール、わんわんなってる。マイクないのにハウリング起こすとかキラ・シ、マジ凄い。

 

 でも、さすがに、今のは大きな声だと自覚したっぽい。嫌そうな顔で天井とか見回して、声のトーンが下がった。でしょ? こんな所で大声出したらあなたたちもうるさいでしょ?

 

「わかったよ…………でも、一〇人は、くれ。それぐらいはいいだろっ! あの妙な崖だって登ったんだし!」

 

 まだ交渉してる、諦めないな、サル・シュくん。

 

 というか、ここで交渉するんだ?

 

「駄目だ」

 

「五人っ!」

 

 リョウさんが黙った。

 

「三人っ!」

 

 リョウさんが手を振った。

 

「三人だぞっ、三人っ! 俺のっ! ……つか、一応上まで見てきた……け…………族長っ!」

 

 玄関扉からガリさん入ってきたーっ!

 

 そのまま馬で廊下の奥に走っていく。

 

 木枯らしが吹きすぎたみたい。

 

 外、そんな寒く無かったはずなのに。

 

 漫画だったら、背景に渦巻く吹雪描かれてるよ絶対! あの一瞬なのに私の血液凍ったみたいにホント怖い。

 

 な……なんだったの? ナニも言わずに居なくなっちゃったよ? 居なくなってくれて良かったけど……廊下の先からも、戻ってくる気配は……ない?

 

「サル・シュっ、ハルを見てろっ!」

 

「触るけど、殺すなよ!」

 

「必要以上に触るな!」

 

 リョウさんが私をサル・シュくんに投げ渡すみたいにして、ガリさんの馬を追い駆けてった。痛い痛い。

 

『必要以上』ってナニ? 馬から落ちそうなときは抱えて貰わないと困るんですけど……実際…………この高さから落ちたら足折れる絶対。

 

「なんだ……族長、明日まで帰って来ないのかと思ったのに。他のは?」

 

「族長だけです」

 

 大扉から外を見てた子にサル・シュくんが聞いて、私を馬の前に抱え直す。

 

 馬をまたぐんじゃなく、横座り!

 

 背中支えてくれてるし、めっちゃ楽ーっ!

 

 そっか、馬の胴体を跨いでるだけで太腿とか股関節痛いんだ? なれてないから。

 

 足閉じて座れるのがこんな楽だなんてっ!

 

 今度から電車に乗るときも、ちゃんと足閉じて座るよ!

 

 ああ……電車通学…………あのラッシュが懐かしい……

 

 しかし、大扉の外を見てた子たち、なにも言われてるわけじゃないのに、本当にずっと外見てる。凄いな。小学生ぐらいなのに、全然遊ぶ様子が無い。戦時下の小学生って凄いな。怠けようとか思わないんだ?

 

「下ろして?」

 

 一応頼んでみた。

 

「駄目だ」

 

 やっぱり?

 

「ここ、地面じゃないよ?」

 

「変な洞窟っ、駄目に決まってるだろ」

 

 洞窟っ!

 

「これは家だってば。女の人みんな歩いてるから、大丈夫だよ」

 

「黙ってろ」

 

 首とおなかを抱き抑えられて身動きできなくなる。

 

「女取られたから、機嫌悪いんだ、サル・シュ」

 

 左隣に来たル・マちゃんがくすくす笑ってる。それをサル・シュくんが手で払ってル・マちゃんが殴りつけて、ガツガツガツッ! て腕先だけで殴り合いっ! 私の背中でナニしてるのやめて怖い!

 

「マキメイさんっ! 靴を持ってきてくれないかな? 私が履けそうなの」

 

「わかりました! 今すぐご用意させていただきます!」

 

 出した私の足を手のひらではかって、一礼して後ろの女官さんに命令するマキメイさん。彼女はずっと、ここにいる。ミアちゃんも足元にいる。

 

「……ハル、本当にラキ語が喋れるのか? 凄いな」

 

「ラキ語?」

 

「さっきから、ハルがそいつらと普通に会話してんだよ」

 

 ル・マちゃんも不思議そう。

 

「会話? 言葉通じないだろ? 殺すぞっ! って言っても逃げないのに、こいつら」

 

「私は、普通に喋ってるだけだよ? 今、どう聞こえたの?」

 

「あの女に、俺たちとは別の言葉を喋ってた」

 

「え?」

 

 私は普通にいつもずっと、日本語を喋ってるだけなんだけど。

 

 ああ、あれだ。漫画のお約束。

 

 異次元スリップしてもその世界の言葉がわかるっていう、お約束特典だ。

 

 もしかしなくても、この世界の言葉、全部わかるのかな? 私。

 

 通訳ができてるんだ? 今。

 

 それは……凄い、かも……異能力者じゃない? 私!

 

「ハルナ様。こちらでいかがでしょうか?」

 

 靴を差し出してくれたマキメイさんに、サル・シュくんが警戒して馬を少し下がらせる。

 

「なんだそれっ!」

 

「靴だよ、サル・シュくん。靴っ! これ履いたら、直接床には立たないから、マガツモノは入ってこないからっ、大丈夫っ! 下ろして?」

 

「リョウ叔父が帰ってくるまでじっとしてろ」

 

「…………わかったよ…………マキメイさんありがとう。歩けなかったらまたお願いするね」

 

 足にはぴったりな感じ。

 

 なんか、落ち着いた。

 

 靴下だけだと、歩きたいとか言ってても、実際には足を地面に付けたくないもんな。これで、下ろしてもらっても大丈夫! ただ、凄く薄い感じ、する。これで地面歩いたら痛そう?

 

「わかりました。

 

 お食事がそろそろできますが、奥の部屋にいかれますか? こちらにご用意致しましょうか?」

 

「ここに用意してくれる?」

 

 さすが女官長、気がきくなぁ。そうだよね、この人たち、奥に入るのいやがるだろうね。血なまぐさいのも、もう全然気にならないし……ああ、私も殺伐……

 

 二つ目のドアから、足を畳んだ丸テーブル転がして出てきたっ!

 

 丸テーブルってそんなふうに運ぶんだ? というか、だから丸テーブルなんだっ! びっくり!

 

 キラ・シの人達が一斉に戦闘態勢に入った。

 

「待って、食事の用意してるだけだよっ! あれはテーブルっ!」

 

「てーぶるってなんだっ!」

 

 あ……そっか、そこからか…………

 

 囲炉裏生活にテーブルも椅子もないよね、たしかに。

 

「……食事をするための準備だよ。『大陸』の食事の作法なの! 刀下ろしてっ!」

 

 サル・シュくんがいらだってる間も、女官さんたち、脇目もふらずに走り回ってる。プロだなぁ。みんなが刀持ってるのに……ああそっか、早くしないと殺されるって恐怖もあるのか。

 

 丸テーブルの足を組み立てて、床に置いて、テーブルクロスをしいて、椅子を一二個並べた。凄い、あっと言う間にテーブルセッティングできた。こんなかっちり作ってくれるとも思ってなかったわ。

 

「なんだこれ……なんだ、あれ」

 

 ル・マちゃんが呆然と口開けてた。サル・シュくんも他の子たちもポカーン。

 

 もう一つテーブル転がしてきて同じように設置。二〇人分。

 

「なにしてる?」

 

「食事の用意してくれてるんだよ」

 

 サル・シュくんが……おびえてる? あ……ピーッ、て指笛っ!

 

「それ、お城の中ではやめてってっ! 反響して頭痛いよっ!」

 

 リョウさんが駆け戻ってきた。あの指笛は呼びつける合図なのかな?

 

「なんだこれはっ!」

 

 女官の人達が茶器を椅子ごとに置いて、お茶を注いでくれてる。

 

「食事を用意してくれているの。ねぇリョウさん、この靴、履いていい?」

 

「なんだっ!」

 

 声でかいっ! なんで怒ってるのっ!

 

「靴だよ。足を守る靴。リョウさんが毛皮を巻き付けてるそれをこっちの人はこんなふうに作るの。

 

 これ履いたら、床とか地面からマガツモノが入って来ないから、女の人も歩いていいの。

 

 ごめん、マキメイさん。恥ずかしいかもしれないけど、靴を履いているところをこの人たちに見せてくれる?」

 

 こんな長いドレス着てる人達、足見せちゃいけないと思うけど、比べるものがないと私も説明できない。マキメイさん達がそっと裾を上げてくれた。

 

 女官の人達の靴と私の足の靴を見比べてるリョウさん。

 

「ありがとう、マキメイさん! 恥ずかしいだろうに、ごめんね。ありがとうっ!」

 

 彼女たちが慌てて裾を整えて、真っ赤になって走って行った。本当に恥ずかしかったんだな……ごめんね。

 

「あの女の人たちがあれで歩いていいなら、私も、これで歩いていいよね?」

 

 なんで難しい顔なのリョウさん。

 

「あの人達『キラ・シの女』になるんだから、あれで歩いてるのを止めてないんだから、いいんだよね? 同じ女なんだから! いいよね?」

 

 くちびるとがってるリョウさん。なぜそんな過保護なのよ。

 

「キラ・シの人達からは絶対に離れないから、私。安全でしょ? リョウさんかサル・シュくんがいないところには行かないから!」

 

 私の命だってヤバイから、それは絶対守るよ!

 

「ハル……歩けるのか?」

 

「歩けるよっ!」

 

「足は痛くないのか?」

 

「足は痛くないよ。筋肉痛なだけで」

 

「そんな細い足で立てんだろう」

 

 細いって細いって! キャーッ! いやいや喜んでる場合ではない。

 

「筋肉痛は治まってきてるから大丈夫!」

 

「姿勢を変えるたびに痛がっている。ゆっくり走るにも限度がある」

 

 気付いてたんだ?

 

「ゆっくり走ってくれてたんだ!」

 

「当然だ、そんな細い腰、いつ折れるかわからんし、痛い痛いと言うし……」

 

「ありがとうリョウさんっ!」

 

 内股とか腰回りまだ筋肉痛酷いけど、ましにはなってきてるんだ……そっか…………リョウさんからしたら私は小さい上に細いのか……現代だと私より細くて小さい子一杯いるから、私は大柄で太ってると思ってたけど……

 

 私よりちょっと高いだけのル・マちゃんでも腹筋割れてる感触あったもんな。そりゃ、あんな大きな刀振り回すル・マちゃんと比べたら、私は、細い。

 

「ハルすげぇやわらかいっ! いい匂いだしっ、気持ちいいっ! ……あっ」

 

 サル・シュくんが私の首筋に鼻突っ込んで深呼吸。ふわわっ……そんなこと、言われたこと無いっ! 恥ずかしいっ! とか思うより先に、リョウさんがすんごい怒りのオーラ出した。わかりやすい。サル・シュくんも咄嗟に私から上半身を離した。

 

 リョウさんが私をサル・シュくんの馬から奪い取る。足引っかかった、痛い痛い。

 

 今度はリョウさんの前で横座り。ああ、楽ー……

 

 リョウさんはサル・シュくんより大きいから、肘が背中から肩まであって、本当に上等のソファーな感じ。硬いけど。腕、筋肉でガチガチだから、やわらかさは微塵にもないけど。袖の毛皮はふかふかなんだけど、腕がもう、鋼鉄みたい。

 

 人間の体ってこんな硬くなるのね。キラ・シだけかな? 本当に、『現代』でも鍛えた人ってこんな硬いのかな?

 

 遊園地のジェットコースターに乗ったら上から太い鉄骨の手すり降りてくる。あんな感じ。絶対私の力ではびくともしない、機械みたいに思える頑丈な腕なんだ。これで抑えられたらまっったく動けない。

 

 サル・シュくんもル・マちゃんも、多少細いだけでがっちりしてる。ル・マちゃんでも腕はカチカチ。私も胸ないと思ったけど、ル・マちゃんはもっと無い。

 

『現代』でも私って、そんな背は高い方じゃない……んだよね、多分。全校朝礼でも名簿順に並ぶから、身長としてどれぐらいの位置にいるかとか、パッとわからないんだけど。文芸部の子達はみんな私より小さかった。一人だけ背の高い幽霊部員いたけど、それだけ。あれは私がでかいんじゃなく、特別小さい子たちが集まってたのかも。男子は見上げるようなのが何人もいたし……

 

「ハルはどんどん痩せてる。見つけたときでも立って無かったのに、立てるわけがない」

 

「あの時は、座ってたときに丁度リョウさんが来ただけだよっ! 立てたよ!」

 

「あそこに放置されて、立てないから動けなかったのではないのか? 飢えてそんなに細くなったのではなかったのか?」

 

「どういう解釈なのそれ……とにかく、私は歩けるから!」

 

「ならなぜ痩せた? 食わせても食わないし、いつ死ぬかと焦ったぞ。もっと太れっ!」

 

 太れ……って、そんな……痩せたいのに……今、結構いい感じで気に入ってるのに……今の私、過去最高にウエスト細い!

 

「腰なんて片手で握れるぞ」

 

「片手では無理だよ! リョウさんの手が大きいんだよ! それに、熱々のお肉なんて食べられないからっ。あと、『現代』では、もっとカロリー高いもの食べてたし。今痩せたのは、木の実しか食べてないからっ!」

 

「木の実だって、小鳥ほども食べてない!」

 

「小鳥以上には食べたよっ! 木の実でおなか一杯になってるもんっ!」

 

「栗十個で腹一杯なのかっ! もっと食え! 女は男の三倍あって当然だぞっ!」

 

「ナニソレやめて」

 

 あれだ。アフリカの方とかで、女の人は太ってれば太ってるほど美人だっていう、アレだわ、これ。そりゃあんな食生活なら太れないから、太ってる方がいいんだ……私はやだそんなの。

 

「今ぐらいが私にはちょうどいいんだよっ! そんな太ってるから女の人歩けないんじゃないの? ル・マちゃんに太れって言わないでしょ?」

 

「言ってる!」

 

 言ってるんだ!

 

「ル・マも細いからなー。こんな乳で俺の子育てられねぇっ……てっ……ガッ!」

 

 サル・シュ君がル・マちゃんの胸もんだ。メッチャがさつにガツッて……勿論その顔を、ル・マちゃんが刀の柄で殴りあげた。柄で! 鼻折れちゃうじゃないっ! あんな綺麗な顔なのに!

 

 あ……顔だと思ったけど、サル・シュくん、ちゃんと手で顔かばってた。ナニ、その早業。というか、『俺の子』なんだ? これって『口説き続けてる』んだろうな。ギャグにしか見えないけどこの二人。

 

「だからっ、早くご飯食べようっ! ほらっ! もうお茶も出してくれてるじゃないっ! テーブルにつこうよっ!」

 

「テーブルニツコウ?」

 

「ああ……えっと…………あの小さい方に腰掛けて、まっすぐな方に食事が並ぶの」

 

「ショクジガナラブ?」

 

 ああ……もう、どう説明したらいいんだか……そうだよね、焚火とか囲炉裏に、くし刺し肉焼いてただけだったら、『テーブルに何かが並ぶ』ってことがまずわからないんだ?

 

 ナニ料理なんだろうここらへんって。中華風の服着て、こんな岩の城に住んでる白人の作る料理ってどんな料理だろう。でも最悪、スパイスが気に入らなくても、焼き魚とかなら食べられるはずだよね。

 

 木に刺されて焚火でジュウジュウ言ってる肉が食べられなかっただけで、ちゃんと冷ましたらお肉も食べられるんだし!

 

 ただ、この時代の肉が『現代』より美味しい確率って凄い低いよね、きっと……やわらかいわけないし……そっか、お肉は絶望的なんだな。期待しないでおこう。

 

「おろしてよ、リョウさん。あの椅子に座るだけだから。遠くに行かないから」

 

「だめだ」

 

「ル・マちゃんをずっと抱き上げてたら、ル・マちゃんいやでしょ?」

 

「当たり前だ。俺は歩けるっ!」

 

「それぐらいに、私も、いやなの。自分の足で歩きたいの。ずっと抱き上げられてるのはいやなの。リョウさんに、じゃなくて、自分の足で歩きたい……の…………」

 

 ガリさんがっ……のそっと廊下から戻ってきた。うぁー……この、現れただけで喉が詰まるような圧迫感…………毎回キツイ……女官さんも、さすがに作業止めてガリさんに注目してる。

 

 スラッと、私に刀向けたガリさん。勘弁して……

 

「逃げようとしたら足を斬り落とす」

 

 滅多に喋らないのに、喋ったらこれ……怖い。

 

 低い声が永久凍土の氷の具現化みたい。寒いっ! 口から氷の息吐いてない?

 

 ガリさんの刀がまっすぐ私の心臓に向けられたっ……ううっ……心臓止まらなかった私を褒めるぞっ、怖いっ! また失禁してるけどもういいよ……怖いんだもんっ! 怖いんだよーっ! ガリさん怖いっ!

 

 実はリョウさんも、真正面に居られると怖い。

 

 いつも後ろにいてくれるから顔見なくて済んでましなだけで。やっぱりみんな怖い顔してるんだよ。しかも、顔の赤い文様と目の周りの黒い隈取りがホント怖い。なんか、言葉が通じない感じする。

 

 実際、半分ぐらい通じてないし……

 

 そりゃ、戦争中の戦士だもん、こうじゃなきゃ駄目なんだろうけど……私は平和な世界の日本人なんだよ。怖いんだよ、人殺せる人なんて……

 

「逃げませんっ! 逃げて行く先がありませんっ!

 

 私はキラ・シの女ですからっ!

 

 一番強い部族であるキラ・シの副族長、リョウさんの女ですからっ!」

 

 言いきった私っ!

 

 ガリさんとにらめっことか……凄い…………怖い……

 

 でも、負けないもんっ! この先、ずっと歩けないなんていやだもんっ!

 

 もう、いいんだ。リョウさんの子供産む決心は付いたから。今。

 

 それで私の安全は確保されるんだ。現時点で、最大の安全が!

 

 エンコーじゃないもんっ! 遊びでしてるんじゃないもんっ!

 

 元に戻れるまでは、この世界の女になった方がいいんだよっ!

 

 違う違うって言ったって、夢だって思ったって、逃げたって、戻れないんだもんっ! だったら、逃げるだけ私の危険が増えるだけだもんっ!

 

 リョウさんちゃんと優しいもん!

 

 ガリさんみたいに怖くないもんっ!

 

 でも………………お父さんとお母さんと一緒に死にたかったなぁ……こんな夢見ずに…………

 

 結婚、しないならしないでいいと、思ってた……けど、こんな、追い詰められるとは、思って、無かった………

 

 でも、もう怖いのいやなんだもん。

 

 助けてほしいんだもん……

 

 きっと、キラ・シから逃げる方が、危険だ。

 

 ガリさんは、二、三百人を一太刀で、二つにした。

 

 リョウさんだって、矢一本で、人間の首を落とすような人なんだ。

 

 サル・シュくんもル・マちゃんも、突然一〇〇人に囲まれたのに、二呼吸の間に全滅させて笑っていられるような、『強さ』なんだ。

 

 あれだけたくさんいた二つの軍隊を、たかが二〇〇人足らずで壊滅させた、『キラ・シ』の部族。

 

 何千人いた? 白い鎧は数百人だったけど、赤い鎧は数千人いたよ? 川まで見渡す限りずっと真っ赤だったのに……一瞬で全滅した。

 

 山で最強だ、って言ってたけど、多分、この大陸の中でも、『キラ・シ』は強い。

 

『父上は部族一位だぞっ! 強い男がいいに決まってるだろっ!』

 

 ル・マちゃんの言葉が身に沁みる。

 

 守ってもらうなら、強い人がいいに決まってる。

 

 副族長のリョウさんに気に入ってもらえている今の状態は、絶対的に、ラッキーな筈なんだ。

 

 ラッキーな筈、なんだ……っ!

 

 私の見てる夢だとしても、もう、死にたく、無い……

 

 死にたく無いっ!

 

 でも、『身を売ってる』なんて、考えるのも、いや、なんだ……

 

 いつまでも、怖がって、いたく、ない。

 

 私が心底『キラ・シの女』にさえなってしまえば、キラ・シの存在は、怖く、なくなる。私が、キラ・シにならなきゃ、いけないんだ!

 

「誰もハルを殺したりしねぇよ」

 

 サル・シュくんが頭を撫でてくれた。リョウさんが抱きしめてくれる。肩をポンポンしてくれて、安心、した。

 

 もう、リョウさんのにおいで安心するんだ、私。ずっと、一緒にいたから。

 

「好きだよ、リョウさん…………」

 

「ああ…………ありがとう、ハル……」

 

 保身だよ。保身だよっ! でも、本心ってなによっ! どうしたらいいのよっ! 今の私に、ナニができるのよっ!

 

 嘘じゃないよ。リョウさんを好きなのは嘘じゃないよ。他の人より好きだもんっ! ガリさんよりは好きだもんっ!

 

 父さんと母さんと、一緒に、………………死ねたら良かったのに……、って、あの、崖に落ちるかもって時に、思ったけど……もう、死にたく、ないんだ…………

 

 死にたくないんだよっ!

 

 たとえ、この世界が私の夢だとしても! ここで死んだら、すぐにあの亀裂に飲み込まれて一分後に死ねるとしてもっ!

 

「来年は俺のだぞ」

 

 ガリさんの声に、リョウさんがもっと抱きしめてくれた。

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