【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。6 ~『神はお前かもしれない』~

 

 

「忘れる所だった、ハル。この上に、赤ん坊がいる。それに上等な扱いをしてやれと、女たちに言ってくれ」

 リョウさんが私の背中をポンポン叩いて言った。

「赤ん坊? 一人しかいないの? 上ってどこ? 上等な扱いってナニ?」

 私だって、赤ちゃんの扱い方なんて知らないよ! 目の前にいたら、いつ泣きだすかとすんごい緊張するからいやだ。

「崖の一番上だ」

「最上階に赤ん坊がいるから、いい感じに面倒見て上げてってことね?」

 あ、突然、リョウさんが私をガツッと抱きしめたっ! ナニ? 苦しいっ!

 私の心臓の音の外側で、なんか、悲鳴? が、聞こえた。

 この声にリョウさん反応した?

 そりゃ『悲鳴』は『危険信号』だよね。

 危険な時にまず私を守ろうとしてくれるの、凄く、嬉しい。こんな事態なのに、安心する。

「誰の声だっ!」

 リョウさんが周りを見回して怒鳴った。

 声って、本当に肺から出てるんだな。抱き締められた背中から直接、リョウさんの声が響いてくるのと、耳から入るので、音がごっちゃになる。人間の体って凄いなぁ……

 周りの人たちもみんな左右を見渡してる。

 キラ・シは全員ここにいるっぽい。

「女の人の声だよ! 多分、マキメイさんの声!」

 さっきまでここにいた彼女がいない。

 キラ・シの全員、廊下の奥を見てるのに、ガリさんとリョウさんだけ、真上見てた。ガリさんが突然、馬で廊下に駆けていく。どこで彼女が悲鳴あげたか知ってる感じ?

 やっぱり、ガリさんがマキメイさんを馬の前に乗せて帰って来た。彼女はガタガタ震えて、手を揉み絞って、もっと白くなってる。それやっちゃ駄目、って言ったのに……でも、ガリさんも問題にしてないから、手の中に武器がないとかは、わかってるんだろう。

「どうしたのマキメイさん……ガリさん、彼女を下ろして上げてくれますか?」

 ガリさんが先に馬を降りて、彼女を抱き下ろして、自分はすぐ馬に戻った。こういうところはキラ・シなんだな。ガリさんも紳士だ。馬の上から投げ下ろすかと思ってしまった。ごめんなさい。

 床にしゃがみ込んで泣きだした彼女に、女官さん達が駆け寄って背中を撫でる。

「マキメイさん、ナニがあったの?」

「こ…………皇帝陛下がっ……皇家ご一家がっ…………自決されておられました!」

 あー……なんか、やな感じ。

 漫画ならここで終わって、『どうなる次週!』だよね。

 まぁ……実際には、途切れないわけだけど…………なんかもう、いろんなこと有りすぎて頭パーン! って感じ。事件で満腹ってホント、漫画の世界だなぁ。

 漫画の主人公になりたいって思ったことは一度もないんだけどなぁ……というか、この位置って主役かなぁ?

 脇役だったら、突然殺されちゃうよね。

 まぁ、そんな危機は、ずっとある、けど…………私の心臓強い。ホント強い。

 大丈夫。死ぬまで死なないから。

 それに、キラ・シに殺されるのなら、即死させてくれそうな気がする。

 痛くないなら、死ぬのはいいんだ。痛いのがいやなんだ。

 あの、地震で家から投げ出されたとき、凄く、長かった。実際には二秒で割れ目の下に落ちるはずなのに、あの、空中で何十分もいたみたいに感じた。

 多分、落ちるときも一緒だ。

 ああそうか、なら、斬られるときもそうなのかな。首に向かってくる刀を、何十分も見続けることになるのかな。それもヤだけど、でも、仕方ないよね。

 死にたいわけじゃないけど、死んだら死んだで、その時はその時だ。

 うん。

 今日一日で何人死んだだろう。

 白い鎧の数百人。赤い鎧の数千人。この城の兵士が百人ぐらい、さっきル・マちゃんに首を落とされた男の人、サル・シュくんに殺された三人。

 そして、この城の主一家。

 マヒしても、当然だよね?

 それが自分じゃなくて良かった、って思っていいよね?

「王族が全員死んだの?」

「王族ではないです、『皇』族のかたがたです。羅季(らき)曜嶺(ようれい)皇帝最後のお一人、納射(なしゃ)様がた皇族のかたがたが一二人……。血まみれで倒れてらっしゃいました。お妃様がたも……」

「どこにいらっしゃったの? そのかたがた」

「最上階にっ!」

 え? それって、ガリさんが飛び込んだ、あの部屋?

「覇魔流(はまる)の軍隊がいつ城門を破るかと、自害の時期をはかってらしたので…………皇帝陛下に弓引くなんて恐れ多い罰当たりな新興国ですっ! もう少し時間があれば、すべての方々がご無事でしたのにっ! 口惜しいことにございますっ! 一息早く、身罷られておしまいになるなどとっ!」

「ハマル? もしかして赤い鎧の軍隊の国?」

「はい。この城の軍隊が白鎧です。ここは羅季の国の羅季城です。車李(しゃき)の軍隊が守ってくださっていたので」

「シャキ? それは、国名?」

 いや、ちょっと待って、なんかすんごい込み入ったことになって来てる。

 胸からノート出して、とりあえず書き留める。

 ノートあって良かった! さっき見た部屋に竹簡があったから、きっとこの世界には『紙』が無いか、凄く高価なんだ。このノート貴重品っ! 鉛筆が多分一番の貴重品! 筆でなんか書いてられないよ!

「ハル、何をしている。何を喋っていた?」

「ちょっとメモを…………最上階でこの家の主がたくさん死んでるって」

「ああ、それは今、見てきた。その中に、赤子が居たから、どうにかならないかと話をしていたのだ」

「赤ちゃんってその赤ちゃんなの? それって、皇帝筋の赤ちゃんじゃない?」

「コウテイスジ?」

「族長よりエライ人の赤ちゃんだと思う。

 ねぇ、マキメイさん。最上階には皇族のかたがただけだったのよね?」

「ハイッ! 最後は一族だけで静かに、とおっしゃられて……わたくしも、今さっき、城は落ち着きましたとお伝えに上がったのです……」

 城は落ち着いてるんだろうか? 彼女はどこをとってそう思ったんだろう?

 こんな、蛮族が入り込んで、今すぐ殺されるかもしれないのに……ここに皇族連れて来たらまた一悶着おこるじゃない?

「リョウさん、その赤ちゃん、族長よりエライ人の赤ちゃんだって」

「長老の赤ん坊ということか! それは、確かに上等な扱いが必要だな。上等に面倒見てやってくれと言ってくれ」

 蛮族でも身分の上下はあるんだな。良かった、これで納得してくれて。族長の上に長老がいるのね。メモメモ。『上等に面倒見る』って……『丁寧に扱え』ってことでいいんだよね?

「マキメイさん。最上階に赤ちゃんがいるんだって。面倒を……」

 彼女が一瞬で、笑顔になった。

「納射様の赤様ですよ! お生まれになってしまわれたのですわっ!」

 おぅ……こっちも激しいな。言い終わる前に叫ばれた。

 

 彼女が後ろの女官さん達に指示を出し始める。

「ああ、それは大変なことにっ!

 あなた、乳母をすぐにお連れして! あと、赤様のためのお道具や寝具を最上階に持って行って! くれぐれも粗相の無いようにっ!」

 ああ、用意はもうしてたんだ? そりゃそうだよね。

「何をしている、ハル」

「もう、赤ちゃんの用意はしてたから、今から整えてくれるって」

 リョウさんも、ガリさんも、安堵のため息? ガリさんも、心配はしてたんだ?

 なんか、ばたばたと駆けてきた女官さんが……

「赤様は、金髪で蒼い目の男のかたですっ! 皇子殿下ですっ! いえ、陛下ですっ! 皇帝陛下のお生まれですっ! 納射様によく似てらっしゃる赤様にございまするっ!」

 金髪碧眼? なぜ?

 偶然、ここに居る人達が黒髪黒目なだけで、やっぱり白人だから金髪碧眼もいたんだ?

「えっと……なしゃ様って…………皇帝の名前だったよね?」

「皇帝『陛下』、にございます!」

 あ、ゴメン。敬称付けなかったことを怒られちゃった。『天皇』って言ったら『天皇陛下じゃっ!』っておじいちゃんに怒られたのと一緒だ。

「その、皇帝陛下がナシャ様って」

「はい。先程自刃なされましたが、この大陸最後の皇帝陛下にございます! 皇太后陛下がご臨月というより、もう、今日か明日か、と言う状態でございましたので……」

 サイゴノコウテイヘイカッ!

 ウアーッ! 重大事じゃないよーっ!

 というか、これってもう、キラ・シの死亡フラグじゃないの?

 なんで、よりにもよって、大陸で唯一の皇帝の居城を初戦で制圧するかなーっ! ホント漫画だなっ! ドラマティックだよ! 心臓止まりそうだよモーッ! チョットは休ませて欲しいっ! 本当にっ! 切実にっ!

 大丈夫! 私の心臓動いてる! 大丈夫! 乗り越えろ私!

「なんで最上階に全員でいらっしゃったの?」

「敵軍がこの城に入って来ましたら、全員で自決なさる予定にございました! 自決なされてしまわれたのでございますっ! まだ、城は無事でしたのにっ! なんてことでございましょうっ!」

 無事かなぁ? この状況って……

 そのハマルの軍隊ではないけど、他の軍隊に制圧されてるんだから、無事じゃないよね?

 女官さん達が全員なみだなみだ。

「リョウさんっ、その赤ちゃん、この大陸の跡継ぎだよっ!」

「……この大陸の跡継ぎ?」

「上等どころじゃないよっ! その赤ちゃん死んだら大変なことになるよっ! 皇帝一家が、自殺されたって」

「自殺?」

「そう、あの赤い鎧の軍隊が攻め込んできたら自殺するつもりで最上階にいて、キラ・シがそれを退けたって知らないから、間違えて自殺しちゃったんだって!」

「その女は自殺と言っているのか? ハル」

「うん? うん。自殺って、はっきり………」

 リョウさんがガリさんを、見た。ガリさんもリョウさんを……いや、私を見てる。ナニ? その視線、痛いよ!

「死体を、どうする?」

 それ、私に聞いてる? ガリさんあっちだから、リョウさん、私を見て言ってるよね?

「そうだね? その相談しないといけないよね。兵士の人達みんなキラ・シに殺されただろうからっ」

 マキメイさんにそれを聞こうとしてるのに、リョウさんが、廊下の方に馬を進ませた。

「ああ、ちょっとリョウさん、動かないでよ……」

 廊下から開いたままの玄関へ、ヒュウッ、と風が吹き抜ける。サムッ!

 なんだろう? この感覚。

 ガリさんとリョウさんの馬で、この大扉を塞いでいるような……なんで?

「リョウさん? 最上階には、多分、この廊下を通らないでもいけるよ?」

 さっきから、マキメイさん達がその端の通路から奥に行ってるし、彼女はこの廊下を通ったことないけど、最上階に行ったんだから。多分、奥はその階段の前でぐるっとこことつながってると思う。

「……なぜだっ!」

 やっぱり、塞いでたんだ? なんで?

「サル・シュっ! 最上階にいる、黄色い頭の赤子だけをすぐに連れて来い!」

「……わかった!」

「ハル、誰も崖のテッペンに行くな、と女たちに言え」

「う………………うん、わかった……」

 今、一杯階段を往復してるだろうに……とにかく、それをマキメイさん達に伝えてたら、サル・シュ君が赤ちゃんを抱いて降りてきた。

「まぁっ、なんて美しい赤様でしょう!」

「納射様に瓜二つの黄金の御髪にございますねっ!」

「皇家の正嫡でいらっしゃる!」

「めでたきことにございますっ!」

「これで、陛下もご存命であられましたらっ……すべてこともなき、で済みましたものをっ!」

 女の人に詰め寄られて、サル・シュくんもリョウさんの判断を仰がずに赤ちゃん渡してる。

 あー、凄い騒ぎだなー……

 さすがにリョウさんも『黙らせろ』って言わないみたい。子供が生まれたら騒ぐよね、理解深いなぁ。無駄に威圧するわけじゃないんだな。

「サル・シュ。テッペンへ行く道を確認しろ。そこに見張りを置いて、誰も通れないようにするんだ。だが、お前はテッペンには行くな」

「……わかった…………おい、サナ! 赤子預けて来いっ!」

 サル・シュくんが、玄関とホールの間に待機していた男の子を連れて奥に駆けていく。

 最上階からこの赤ちゃん連れて来たのなら、最上階にサル・シュくんはもう行ってるんじゃないの?

「ガリ、ここはもう大丈夫だ。あっちを抑えた方が良くないか? 赤子は世話をしておくし、女もお前用に置いておくから」

 ガリさんはジッとリョウさんを見て、ナニも言わずに城を駆け出て行った。赤ちゃんを見るためだけに帰って来たんだろうか?

 でも、とにかく、ホッとした。

 これで、このお城の中で突然ガリさんが出てくることはないんだ! 良かった……

「ハル、マキに、テッペンに誰がいたのか聞いて、俺にだけ教えろ」

 マキって、マキメイさんかな?

「…………うん…………」

 なんだろう、この警戒は……

「皇帝陛下と、皇太后陛下と、皇帝の側室の人三人と、親族の人達だって」

「その中に、女は、いるのか?」

「そりゃ、皇太后陛下と側室の人は女の人だよね。あと、親族の人達もご夫婦っぽいから、半分以上は女の人じゃないかな?」

 あー……って、リョウさんが、小さく呻いて両手で顔を覆ってしまった。

「どうした? リョウ叔父。さすがに疲れただろ。もう年だから」

 キヒヒッ、てサル・シュくんが笑う。隣でル・マちゃんも笑ってた。

「うるさい………この場は任せるぞ、サル・シュ。

 リョウ・カの名に置いて『全員、殺さない』という約束をした。誰一人殺すな! 殺すなよっ! ル・マ、来い」

 エーッ、て顔をしたサル・シュくんを足でこづいて、ル・マちゃんが架けて来る。

「おうっ! どうしたんだ? リョウ・カ」

 サル・シュくんもル・マちゃんも、まだ刀手に持ったまま、怖い。それ、直してくれないかなぁ?

 リョウさんも持ってるから、仕方ないのか。

 さっきあんだけ兵士出てきたしねぇ……物騒で仕方ないんだけど、物騒な時代なんだもんな、というか、今さっき戦争してたというか、この城、さっき制圧したばかりなんだもんなっ! そうだね。刀しまえないよね。そうだね。ああ怖い……

 リョウさんが私を乗せたまま廊下を奥に入っていく。なんで私も? さっきみたいにサル・シュくんに渡していけばいいのに。

「どうした、リョウ・カ。ハルを奥に連れて行って大丈夫なの……か…………うわっ! なんだこのまっすぐな崖っ!」

 階段でル・マちゃんが、サル・シュくんみたいなリアクション。階段なんて、私は『まっすぐ』だとは思わないんだけど、なんか不思議な感覚だな。

「これが階段だよ。ただの家の中の崖だから怖いことはないよ。リョウさんどこに行くの? 私が行っていいの?」

「ハルがいてくれないと困る。

 これを、馬で上がるのか? なぜこんなまっすぐなんだ?」

「なぜと言われましても…………」

 ナニが疑問なんだろう?

「ああ、えっと、階段は、人間が歩いて上がるためのものだから。段が小さくて、まっすぐじゃないと、登りにくいでしょ?」

「こんな崖を歩くのか!」

 疑問ポイントあってた、かな?

 ル・マちゃんが驚いてる。そっか、こんな段差は歩かないんだ? 本当に騎馬民族なんだな。私は馬乗ったことないけど、崖って馬降りて登るものじゃないの?

 結局、最上階まで馬で上がった。七階、かな。一瞬だった。馬ってホント凄いな。乗りこなせたら楽しいだろうなぁ。絶対、一人で乗るのいやだけど。

 途中で見張りしてた子も、リョウさんに向かって手を広げる礼して、シャンとしてた。あんな所に一人でいたら、『現代』ならなんかだらけてるよね。キラ・シにはそういう『だらける』って色が全然見えないの、凄いなぁ。

 うぁっ……ナニこのニオイっ! クサいっ!

 階段上がった真正面の大扉が開いてて、大広間っぽいのがあって、その向こうに窓が開いてる。あの窓、ガリさんが崖から突っ込んだ窓かな? 月が木々で遮られてるところに崖があるのかな? 物凄い突風。クサイのと森のにおいが交互に吹きつけてくる。

「あ…………いやっ!」

 咄嗟に、目を逸らしてしまった。

 思い出したくも無いけど……でも、これって…………

 このニオイって、『血』のニオイだ。そうだ……咳が止まらなくなった。リョウさんが背中さすってくれるのが、ありがたいんだか、泣きたいんだか……

「マキメイさん、『自殺』って言ってたよ?」

 今、胴体真っ二つになってたよね? 自殺でそんなこと、する? そんな凄い人が最上階でこもってる?

「あー……これは、父上、一撃でやったんだ? よくこの洞窟、崩れなかったな!」

 ル・マちゃんがガツガツ踏み込んで壁の刀傷を値踏みしてるっぽい声。本当に、血を恐れない子だな、ル・マちゃんって……まぁ、何十人を一瞬で殺せる子だからしかたないんだろうけど……うっ……吐きそう………というか、ル・マちゃん、グチャグチャ鳴ってる!

 さすがに怖い。

 兵士の人がガチャガチャやってて死んじゃったのも、死体も怖かったけど、サル・シュくんたちがさっさと玄関から外に出してくれたから、怖い時間は少なかったのに……これは、怖い。

 綺麗な服を着ている人達が真っ二つになってる。内臓散乱してる勘弁! あの眼球の一つとでも目があったら、寝られないよ!

 というか、絶対これ『自殺』じゃないよっ! しかも、血がこんだけビチャビチャ言うって、ガリさんが飛び込んだ時じゃ、ないよね?

 今だよね?

 さっきガリさんが帰って来てから、殺した……ん、だよ、ね……?

「……なんで…………ガリさんはこの人たちを殺したの?」

「こいつらはガリに嘘をついた」

「嘘? どんな嘘?」

 というか、言葉通じるの?

「自分たちがこの戦で無事なら、神の居所を教える、と言ったらしい」

「カミ? 神様? 神様の居場所をなんでこの人たちが知ってるの?」

「知らん。ガリにこいつらがそう言ったんだ」

「ガリさん、ラキ語喋れるの?」

「ガリは、俺よりは喋れる。だが、俺にも聞こえた。『神はお前かもしれない』といった、あの、一番奥に居た奴の言葉をな」

「お前って……?」

「あの場では、ガリのことだった。

 最初から、神の居場所を教える気など、なかったのだこやつらは」

 一番奥に居たなら一番エライ人だろうし、ここなら皇帝陛下だろうし、その人にガリさんが『神はお前かもしれない』って言われたってこと? 全然意味がわかりません。

「なんで突然神様のことを聞いたの?」

「それ、俺が言ったからだ」

 ル・マちゃんが、部屋をぐるっとまわって出てきた。

「『あの穴のテッペンに、父上の運命がいる』って、俺が父上に言った」

「ナニソレ、どういうこと?」

「ル・マは先見(さきみ)をする」

 それって、予知ってこと?

 まぁ! このル・マちゃんが?

 なんの神秘性も無い悪ガキでしかないのに! 巫女っぽさなんて全然ないのに!

「ガリさん、だからあんな所から崖に特攻したのっ!」

「穴に崖から飛び込めなんて言ってない! あそこにいる、って言っただけだっ!」

 スカートめくられたみたいに真っ赤になってル・マちゃんが反論して来る。

 あの、崖特攻はやっぱりキラ・シでも異常だったんだ? 良かった。

「全員死んでて、あの赤子が残ったんだから、あの赤子が父上の運命の一つなんだ」

 なんか……凄いことになってきた………

 漫画ならワクワクするかもだけど、当事者なんだよな、私……今はただ、そこの血だまりが、怖い。

「な……なんで、私を連れて来たの、リョウさん……」

「どれが女だ」

「えっ? ……そんなの、裸にしたらわかるでしょ!」

 ああ……いや、でも、それは、かわいそうだよね。さすがにかわいそうだよねっ! でも、そうじゃなかったら私があそこに行って、女性を見分けなきゃいない! やだそんなのっ! 怖すぎるっ!

「裸にする以外で方法は無いのか? 外にいる奴を男か女か見分けるのにイチイチ服を脱がして居られんだろう」

 そういう分別はあってくれて良かった。

 でも、あれだけ綺麗で髭が無いサル・シュくんが男で、ル・マちゃんが女なんだよ? 外見でって……髭が生えてないのが女だ、とも言えないし……男の人も女の人も髪を結い上げてたしなぁ……

「ど……どうするつもりで、誰が女性か知りたいの?」

「女だけ、つつんで見えなくして外に出したい」

「どうして?」

「ガリに、自分が女を殺したと知らせたくない」

 今度こそ死んでしまいそうだ……って、呟いたのが聞こえた。

 それで、私とル・マちゃん連れて来たんだ?

 ル・マちゃんは確かに、そんなことを言いふらさないよね。

「女の人、殺しちゃ、いけない、ん、だよね?」

「そうだ」

「でも、きっと、わざとじゃないよね? ガリさんが女性をわざと殺したんじゃないでしょ? それでも、罪なの?」

「キラ・シではそうは思わん。

 大陸の奴は、誰が女か、わからないからな。女を外に出している大陸の奴らのせいだ。

 だが、ガリは以前にも似たことがあった。

 目の前で女が自殺したことがあって、だれもガリのせいだとは言わなかったのに、一月ほど死にそうだった。

 今、そんなことになったら、キラ・シは全滅する」

 確かに、今、二つの国に奇襲掛けて大部分潰したんだから、明日からガリさんが動けなくなったら、困る、よね。それは困る。私も困る。キラ・シが全滅したら私も死ぬ。

 ル・マちゃんもうんうん、って頷いてるってことは、最近の話しなんだ?

 自分の手で殺したとなったらそれどころじゃないよね、確かにね。

 でも、ガリさんが殺したのは間違いないんだよね。

『この大陸の唯一の皇帝』を、ガリさんが殺したのかー……

『この大陸』ってどんぐらいの大きさなんだろう。オーストラリアぐらいでも、怖いよ。何カ国あるんだろう。

 他の国があって、ここにラキがあって、ラキに皇帝がいて、『大陸に唯一』ってことは、赤い鎧の……ハマルだっけ? その国には『皇帝』はいないんだよね? 多分『王様』なんだよね? 他は王様で、大陸唯一の『皇帝』が今、死んだ訳だ。

 渦中も渦中すぎる……

 目下の問題は、ここで皇太后とか女の人を殺したことを、ガリさんに知らせたくない、と……

 そっか、そういう庇いかたするのか……どうしたらいいかな?

 なんで私が考えてるんだろう……? おかしくない? 通訳だけならまだしも、私、キラ・シ一番の新参だよ?

「誰が女か、俺にもわからない、父上がそうでも仕方ないだろっ!」

「わかってるから、ガリを追い出したんだ」

 ああそっか……、あっちの城が心配じゃなく、これの方が心配だったんだ?

「じゃあ、女性だけ、じゃなくて、全員包んでしまって、一気に持って出たらいいじゃない?」

「包む?」

「布か何かで全員を一人ずつ包んで持って降りたら、誰が男性か女性かわからないじゃない? そのまま埋めてしまえば?」

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。ご冥福をお祈り申し上げております! ごめんなさいっ!

「そこの穴から外に投げたら、下でバラバラになるからいーんじゃないのか?」

 相変わらず怖いこと言うな、ル・マちゃん。

 あれが父上が飛んだ崖かっ! って騒いでる。なんていうか、いくらなんでも惨殺死体になれすぎじゃない? さっきのあれが初斬だったんじゃないの?

「確かに……この高さから落としたら、男性か女性かはわからない……かも……」

 ここ七階だよね。それをこの人数……マキメイさんが言ってたのは一二人、を、持って降りるよりは……

 ああ……私も蛮族に毒されてる!

 けど、リョウさんが私とル・マちゃんだけ連れて来たってことは私達でそれしなきゃいけないってことだから……ごめんなさいっ!

「でも、落として服が破れたらよけいに女の人ってバレルかも。七階ぐらいじゃ、バラバラにはならないでしょ? 下がどうなってるかも確認してないよね?」

 なんの相談なのよ怖いなもうっ! どの高さから落としたらバラバラになるかなんて知らないよ!

「そうだな。まずこの窓の下の確認か。だが、キラ・シは大体の崖なら乗り越えられるから、ここらへんでキラ・シに入れない場所はそうそうないぞ」

 ですよねー……なんか、凄い崖下りたよね、二回ほど………怖すぎて失禁して失神なんてできるもんなんだな、って実感したわ私。

 運動神経良すぎ、というか行動範囲広すぎ、というか、この馬凄すぎるというか……キラ・シってホント、凄い。

「リョウさんなら、ここに女性が絡まないとして、この死体はどうする予定だった? 全員男性だったら?」

「そのうち鳥が来て食べる。骨になったらあの穴から捨てる」

 合理的だ!

「そんなに、食べる鳥がいる?」

「その穴に首の一つも吊っておけば、いくらでも来る」

 そっかー……

 想像したくないけど、それが一番いい気がする。私がこの部屋に入らずに済むには……ゴメンナサイっ! ほんとゴメンナサイっ!

「それが一番楽だよな。山でならそうするし」

「そうするんだっ?」

 山凄い。山怖い!

「いや、山でなら敵は埋めるか、川に流すから、鳥葬はしない」

「鳥葬? 鳥葬なんだ? キラ・シって。だからそんな案が普通に出てきたんだ? それってただのお葬式ってことだよね? 動物に食わせて無残な目にあわせるとかって意味は、無いんだよね?」

「無残な目? ……敵とはいえ、辱める気は無い。殺すときは即死させたい。苦しませて殺すと、来世で恨みを返される」

 あ、良かった。

 なんか、凄く、良かった!

 無駄に容赦ないわけじゃないんだね!

 来世ってことは、輪廻転生の理念があるんだ? ああそうか、だから、一撃必殺なんだ? 問答無用すぎて残忍に見えたけど、即死させるための必殺なんだ? 来世で恨まれるから。そっかー……

「そうだな、葬式だな。普通は、敵に葬式はしないから、鳥に任せることはしないし……、長老筋が見取る訳でも無ければ、正式な葬式にはならないから、無残ではあるな」

 なんか、凄くメモしたい民間伝承なんだけど、とりあえず今はこの場から早く立ち去りたい。クサいっ! 怖い!

「リョウ・カが見てたら葬式だろ」

「……リョウさん、長老筋なの?」

 長老筋って長老の家系ってことでいいんだよね?

「長老は族長より上で、族長筋がガリさんとル・マちゃんでしょ? リョウさんはその上なの?」

「違う。族長の上は長老一人だけだ。長老筋が族長でない限り、族長が長老筋より上だ。

 サル・シュが生粋の長老筋だ。

 サル・シュの父の父の父が長老だ。今だと、あいつだけが長老筋だな。

 他の長老筋は山に残ったから。今の山の長老の兄の息子の息子の三男がガリだ」

 ガリさんって、『三男』なんだ? 上二人は亡くなったのかな?

「俺はサル・シュの父の弟の長男だ」

 サル・シュくんのひいおじいさんのお兄さんの曾孫の三男がガリさん、ってことね? あれ? 孫の三男? 曾孫の三男? とりあえず、遠すぎる親戚だけど、血脈ではあるよね。というか、女の人二人とかでずっと続いてきたなら、みんな親戚だよね。

「ああ、だから、ル・マちゃんは『リョウ・カ』で、サル・シュくんが『リョウ叔父』なんだ? リョウさんが『生粋』じゃないってことは、お兄さんしか長老の名前を受け継がないってことね。

 うん……とりあえず、それはおいておいて。

 この人数、どれぐらいで骨になると思う?」

 すっごい、突っ込んで聞きたいけど、今はそれどこじゃないんだよ。くさいんだよっ怖いんだよ!

「数日だよな?」

「数日なのっ?」

「いや、ここは葬送の崖では無いから、鳥が集まるのにもっと時間がかかるだろう」

「それでも、一月ぐらい?」

「それぐらいあれば骨になるだろうな」

「白骨にならなくても、簡単に骨がはずれるぐらいになりゃ、折って投げたら終わりだろ」

 相変わらずル・マちゃんは言うことがエグイ。

「ちなみに、キラ・シの一カ月って何日?」

「三〇日だ」

「それは、満月から満月まで?」

「新月から新月までだ」

 一月は三〇日なんだ? やっぱりここ、私の夢なんだろうなぁ。ベースは地球なんだな、多分。

「一年は?」

「一三カ月だ」

 あ、ちょっと違う。

「とりあえず、ここを一カ月封鎖して、鳥がいなくなった頃に骨を持って降りれば? それで、だれが女の人かはわからない!」

 絶対その方が楽だし、私が怖くない!

 上にずっと死体があるとか気持ち悪いけど、でも、私が中に入って、誰が女性とか男性、とか見分けなきゃいけないよりずっとマシ、な、気がする。ここにいるだけでも怖いよ。早く下りたい。本当にゴメンナサイっ! ご冥福をお祈り申し上げます!

「ここを死体置き場にすればいい。いい山の上の洞窟じゃないか」

「城の最上階にずっと腐乱死体山ほどあるとかやめて怖いっ!」

 ル・マちゃん、ホント物騒だなぁ……こういうのを、『あの声でトカゲくらうか……』って言うんだよ。黙って座ってたら美少女なのに。口開いたらサル・シュくん以上に男の子だし、考えることが殺伐としてるし、それをまた口に出すし……

「仲間の死体をここにはおけん。夕方しか日が差さん」

「そっか」

「日が照ってることが鳥葬の条件なの?」

「一番長く日が当たる場所でないとならない」

 これはかなり、強いキラ・シの伝承だな。メモしたい。

「骨から男女わかる?」

 それがネックだよね。骨盤の大きさとか、ちょっと違うんだよね。

「……俺は、わからん……が、ガリはわからん……」

「父上はなんでも知ってるぜ!」

「あいつは変なところで聡いからな…………いや、変なところが聡いというよりなんでも聡いからな……」

「だから、三男なのに族長なんだぜっ! 兄二人が族長を譲ってくれたんだぜっ!」

 ああ……そんな、ガリさんのスーパー振りをこんな所で披露されても困る。あの人が凄いのはわかったからっ! 怖いからホント、やだ。

「とりあえず、現状、どうするの? 骨でわかるなら、骨にしちゃったらだめよね?」

「そうだな……やはり、持って降りて埋めるか」

「じゃあ、全員分の布をマキメイさんに持ってきてもらおう! 胸周りだけまいちゃえばわかんないんでしょ?」

「とにかく、食わせて肉落とそうぜ。その方が持って降りるにしても軽いだろ…………あ、明日までに、鳥と獣とってきてここに入れて置こうぜ。明後日大雨になる」

 明後日? 明後日の雨がなんでわかる?

「そうか…………ル・マ、この城の下を見てきてくれ。良さそうならここから今、全部投げ落としてしまおう。ガリもいないし、外なら一気に骨になるだろう。骨になったら砕いて埋める。それでしまいだ」

「おうっ! 行ってくるーっ!」

 ル・マちゃんが元気よく行ってしまった。キャッホーッて階段駆け下りてる。元気だなー。

「明後日の雨、ってわかるの、普通なの?」

「ル・マは先見をする」

 天気もわかるんだ?

「誰でもができるわけじゃないんだ?」

「ガリでも明日までだな。明後日が見えるのはル・マだけだ。……ル・マがわざわざ雨だと言えば、誰も出ない。ならば、食わせてしまえばいい」

「ひゃっ! なんで部屋に入るのっ!」

「そろそろル・マが下につく」

「私を外に下ろしてから行ってー!」

「こんな洞窟で女を下ろせない」

「いやもうほんとっ! あーっいやーっ! ぐちゃぐちゃ言わさないでっ!」

「泥沼を静かに進むのは無理だ」

 めっちゃリョウさんに抱きついて毛皮に顔を埋めたら、この毛皮だって血くさいしっ! リョウさん自体がくさいしっ! もーっ! 絶対に、近い内にお風呂入ってもらおう! 背中流しますともっ! 一センチぐらいアカが取れそうだよ、これ絶対だよ。髪を綺麗にするその気力をちょっとは体にも向けてよ!

 血のにおいなくなった! あ、窓が目の前。

 うーん……崖から見たときは腰窓だと思ったけど、でかい。下は腰窓の高さだけど、上が高い。最上階だから天井も三階吹き抜けぐらいあるんだ。窓自体の大きさは縦二メートル、横二メートルぐらい?

「ちょっ……ちょっと、リョウさん? 馬の背中の位置が窓の高さと一緒なんですけどっ」

「ル・マの奴、何をして……」

「高い所怖いって言ったじゃないっ! やめてっ、窓に近寄らないでっ! 落ちたら死んじゃうよ!」

「落とさない」

「近づかないでいてくれたらいいんだよっ!」

 思いっきり、毛皮の胸に頭押しつけられた。あ、鳥の声。これ、きっとル・マちゃんの指笛だ。

「下は大丈夫そうだ。このまま今日中に落としてしまおう」

「ひぁっ!」

 顔を離してくれたと思ったら、またあの血溜まりにツッコムーッ! ギャーッ!

「ああ、確かに、これは女だな……」

 やめてーっ! それわかるって、服はだけてるんでしょっ! かわいそうやめたげてっ!

 血だけでも怖いのに、廊下の向こうに、ガリさんが……

 心臓止まった。

  

 

  

 

  

 

 

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