【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。47 ~【リョウ・カとガリ・ア】~

 

 

 

 

  

 

 【リョウ・カとガリ・ア】

 

  

 

  

 

 リョウ・カが村をたどりたどりガリ・アにたどり着いた時、彼は女性と戯れていた。

「リョウの分だ」と、女性を一人、リョウ・カに押しつける。

 リョウ・カはどこの村でも、『○○さんの友達だろ!』と歓迎されたし、女性も抱けた。馬のエサも水も十分だ。

 これは進軍しやすいな……と、頷く。

 元々が、実働しているキラ・シの戦士は、現状で200人しかいない。まとまって一つの村に行くと迷惑だが、10人ぐらいなら、歓待されそうな規模の村が多かった。

 出陣前夜に潜む村だけ、獣を大量に狩って渡しておけば済むだろう。

『リョウ・カからリョウ・カへ、現状報告しろ』と指笛を吹けば、近在の戦士たちが集まってくる。

 指笛は一キロから二キロしか聞こえないから、原野ですれ違う確率はそうないが、近い村は一キロ二キロであるので、十分届くのだった。

 二キロ先など既に目視できない。そこと意思の疎通ができるのはキラ・シの強みだろう。

「早いな。さすが副族長」

 ガリ・アは完全に気配を断っていたので、目で見ないとそこにいるのがわからない。ハルナが怖がった『ガリ・アの雰囲気』は、戦場だったし、仲間だけだから収めることをしていなかっただけだった。これを消せないと、山で獣は狩れない。

 朝、女の子たちが、リョウ・カとガリ・アの馬に、水や食料の革袋を乗せてくれる。彼女たちの頭をガリ・アは一人一人撫でて村を出た。早く帰ってきてね、すぐ来てね、行ってらっしゃい、など、様々な声が追ってくる。

 二人で並んで走った。

「シロを崩したと聞いたぞ」

「上が欠けただけだ。崩してはいない」

「なぜ撤退した?」

「面倒くさかった」

 端的な答えだ、とリョウ・カは頷いた。

「ラキのシロよりはるかに大きなシャキのシロの前に、数千の戦士が並んでいて、それに『山ざらい』を掛けたら、戦士が千人ほど飛んで、シロのてっぺんが崩れて、他の戦士は逃げたが、シロの中から数百の戦士が出てきたから、引いた」

「キラ・シは疲れていたのか?」

「さらえと言えばさらっただろうが……また中から出てきたら面倒だ。どれだけいるのかがわからん」

 敵の人数がわからないから安全なうちに撤退した。それだけのようだ、とリョウ・カは安堵の息を吐く。

「誰も死ななかったのか?」

「戦った奴などおらん」

 キラ・シは元々が何も持っていない。戦士が死ななければ勝ったも同じだった。

 キラ・シが死んでいないということは、敵が死んでいるのだ。敵だけがマイナスなら、それが一人でもキラ・シの勝利だった。『撤退』はハルナが考えているような『負け』ではない。

「さらったのだろう?」

「逃げたやつを後ろから殺しただけだ。俺は村に帰って寝ていた」

 面倒だなんだと言いながら、ガリ・アは饒舌だった。まだ戦の興奮が残っているのだろう。サル・シュと同じぐらいの子供のようだ。ポンポンポンポン、問えば返ってくる会話が、リョウ・カは楽しい。

「シャキのシロに入った」

「入れたのか?」

「女が黒い布をかぶっていたから借りて入った。サル・シュと」

「サル・シュは?」

「知らん」

「ハルが、サル・シュと口げんかをしたまま出陣されたらしくて、ずっとイライラしている。早く合わせてやりたい」

 そんなことは知らん、とガリ・アが前を向く。

「ハルを抱いたか?」

「……おう……」

 走りながら突然聞かれたが、リョウ・カはこともなく答えた。

「産まれるんだろうな? 一度しかしなかったとか言うなよ」

「十日連続でしたから当たっただろう。今月の血の道は来てないようだ」

 フフン、とガリ・アが笑ったので、リョウ・カは額の汗を拭いた。

「そうだ、ガリ。セイリマエショウコウグンという言葉を知っているか?」

「なぜ知ってると思った」

 だよな、知らんよな……と、リョウ・カは一人でうなずく。

「ハルに聞くのを忘れた……痛そうな言葉だな」

「ハルは、シャキの戦士の数を知らないのか?」

「ラキの三倍だそうだ」

「なぜ知っていた?」

「マキメイが知っていた。『下』の倣いらしい。

 シロの戦士の一部隊が12500人。それを、シロの規模で二つ抱えるか三つ抱えるか、ということのようだった。シャキは、『下』でも大きな国で、三つ抱えていると言っていた」

「それでラキの三倍か?」

 ラキは数百の兵士しかいなかった、とガリ・アは覚えている。

「ラキが、一軍ないと言っていた」

「そんなものは、川でさらった」

 川で5000人を殺しているので、既にラキの10倍以上になる。

「ハマルの三倍だ」

「ハマル? どれだけいた?」

「一万二千五百だと」

「その三倍は?」

「四万足らずだな」

「四万か………」

 ガリ・アが少し早く駆けさせ、リョウ・カも馬を急かす。

 前方から、ラキで見たような塔の先端が見えて、リョウ・カは目を見開いた。みるみるそれは、仰ぐほどの大きさになる。

 ガリ・アが前方を指さした。

「あれが、シャキのオウジョウだ」

 それは、キラ・シが壊した橋の長さより長い城壁を誇る、丘の上の、堅固な城砦都市だった。

 ラキの城でも、既にハマルに外壁を壊されていた。

 ハマルやキシンも申し訳程度に外壁はあったが、馬で飛び越えられる程度だ。キラ・シの馬は、ガリ・アぐらいでも飛び越える。

 遠目に見ても、シャキの外壁は、人間の4倍はあった。

「どこをさらえたと?」

『山ざらい』で建物を崩した、とリョウ・カは聞いていたが、どこが崩れているのか、まったくわからない。

「あのてっぺんだ」

「どのてっぺんだ?」

 ラキより日差しが強く、しかも城が黄土色なので、輪郭が見えにくい。その上、尖塔がたくさんあって、リョウ・カは何度も目をしばたかせる。

 ラキのように岩山を掘ったのだろうか? あんな黄色い岩は見たことがない。リョウ・カは過去に見たものをずらりと脳裏に浮かべたが、それでも答えは何一つ出なかった。

 ガリ・アはそういうことを聞くとうっとうしがるので口にはしない。彼は人間以外に興味がない。女か、戦士か。勝てるか、引くか。常にその二者択一で動く。

 ル・マの先見で12年間、『女』を求めて山を駆けめぐったのだ。

「これをハルに見せて説明させたい……」

「産まれたら連れて来い。さらったのはあの上だ」

「どの上だ」

「まっすぐな境のうろに、人が出入りしている、あの上だ」

 キラ・シは竪穴式住居で、土木作業をしない。だから『壁』というのは住居の土を掘った跡がそうなるが、そこは『人が手を入れた境』であるので単に『境』と呼ばれる。

 山の稜線も、山と空の境。川は、土と水の境だ。

『まっすぐな境』は壁。うろは穴。外壁の大門のことだった。

 羅季城は大玄関の入り口が上も四角いので『ゲンカンの境』と呼んでいる。シャキの大門は上がアーチで丸いので、『穴』という認識になったらしい。

 アーチの大門の、前にある跳ね橋が大勢で修理されている。その上に、リョウ・カが目を細めた。

 左右対称らしいものが、非対称になっているが、元からキラ・シは自然界に無い『左右対称』などというものを知らない。だから、どこがどうなのか、やはりリョウ・カにはわからなかった。実際には、大門の上の尖塔の飾りを、上から10メートルの位置で折ったのだ。

 車李(しゃき)は年々街を大きくしてる巨大国家だ。現王の雅音帑(がねど)の祖父が、この外門を拡大し、父が大門を頑健にした。雅音帑もその外にもう一重に街壁を拡大した。そして、煌都(こうと)の城門より高くなるように、岩を削った彫刻を乗せたのだ。

 ガリ・アが車李王城に攻めて出たとき。蛮族が来たと聞いて、王城のてっぺんから、雅音帑は正門前を見ていた。砂漠に産まれた彼はキラ・シよりも視力が良い。ガリ・アが刀を振り下ろしたのは、見えた。

 城門前が血で洗われたのと同時に、大門の石飾りが切断されて落ちたのを、見た。雅音帑は即座にそれを認識した。

「何度見ても、儂の城門飾りは朝日を受けて美しいのう……」と寸前まで見ていたから、欠け落ちた瞬間も、見たのだ。

 それは東を上にした綺麗な断面になっていた。

 下から、ナニカのはずみで岩石が吹きつけて砕けたのではない。

 今、大門前で、振られた刀があれを切ったのだ。

 その証拠に、大門前は、城に逃げ帰ろうとする兵士と、助けに出ていこうとした兵士が詰まって、圧死者や、堀への墜落死者が多数出た。

 あのまま攻められれば、車李は陥落していたかもしれない。

 雅音帑は近衛を慌てて城の前に出撃させたが、最初から少数だった敵の影は、雲を霞と消え去っていた。

「……あの状況で、なぜ撤退した?」

 雅音帑はそれが不思議でならない。

 とりあえず、時間差で援軍を送り出したことが功を奏したのだろうことは、隊長たちからの報告でわかった。それは雅音帑の指示だったので、我褒めをして収める。

 ガリ・アは本当に、その時間差の援軍がなければ、門に駆け入るつもりだったので、雅音帑の作戦が効いたのだ。ただ、そうなれば、街門から城門までは入り組んだ城下町になっているから、城門までたどりつくのは大変だっただろう。今はもう、中を調べ尽くしているから、もう一度攻めるならまっすぐ王城に行ける。

 城を遠くに見て、リョウ・カに説明した。

「戦士たちをさらったら、中からぞろっと出てきたから、あのハシをさらって、撤退した」

 城壁のまわりは空堀になっていて、跳ね橋が掛かっている。それを切断して逃げたのだ。

 車李国は、隣国ナガシュと千年に渡ってこぜりあいを続けているので守りが堅い。ガリ・アが壊した橋も今月中に修復されるだろう。

 城壁の角度に沿って、ガリ・アが軽く馬を駆けさせたのでリョウ・カも追った。

「一日村で休んで帰って来てみれば、あそこは入れなくなったが、あのシロ、四方に出入り口がある。そこだ、見えるか?」

 ハルナでは見えない距離だが、彼らは見える。

「ああ、ハシが架かっているな」

「反対側にも二つある」

「別れては攻められんぞ。キラ・シは200人だ」

「そもそもが、あのシロを落とすか?」

 ガリ・アは疑問の答えを待たずに、多少草のあるところで馬を下りた。乗せていた黒い布をリョウ・カに渡す。自分も頭からかぶった。

 車李とナガシュの、『「ジャリハトを主神」とする砂漠の宗教』の女性の服だった。目以外の全部を見せてはいけないので、大体の女性が真っ黒だ。しかも、そのメモ、黒い隈取りをしている。キラ・シもそうなので、目だけ出せば、男女の区別はわからない。

 ガリ・アは砂漠で出合ったその女性の恋人となり、服を借りたのだった。

「女の服らしい。ハルのように歩け」

「できるかっ!」

 それでも、できるだけ小股で歩いているリョウ・カに、ガリ・アは笑った。

  

 

  

 

  

 

  

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました