二人がシャキの街から出てきたのは数日後の夕暮れだ。
馬に戻ると、サル・シュが馬の影で寝ている。リョウ・カが蹴る前に跳ねるように起き上がった。ガリ・アに、リョウ・カに、キラ・シ礼をする。
「やっぱ、ここにいると思ったっ!」
「どこにいたのだっ!」
「辺り見てた」
こいつも本当に……どこにでも行く奴だ、とリョウ・カはため息をつく。
「まだ制圧してないとこあったし。あの街の女も抱いてきた。食い物一杯くれたぜー。『なん』っていう『ぱん』だって!」
ぺたんこのパンをサル・シュから投げつけられ、リョウ・カが文句を言いながら食む。
「ハルが心配してる。とにかく、帰ってやれ」
「なんでぇ?」
「ハルと喧嘩別れをしただろう? 挨拶もなく出陣するな」
「してねーよ。なんの話?」
「ハルの方はそう思ってる。ずっとサル・シュはまだかまだかと、帰った戦士全員に聞いていた」
「ははっ……リョウ叔父の女に気にされるのはいい気分だな!」
「早く帰れ」
「他の男の女のために? 馬鹿馬鹿しい。
ル・マが俺の子産んでくれるってんなら帰るけどっ!
ガリメキアっ、あっっっっちにも、クニがあるって」
車李(しゃき)王城を真正面に見ているサル・シュが、右後方を指さした。
「クニ?」
「この、オウジョウがあるところがクニだって。キラ・シが『部族』って呼んでるだろ。『ラキ部族』『ハマル部族』『キシン部族』あれが『ラキコク』『ハマルコク』『キシンコク』なんだって」
「クニではないではないか」
「しらねーよ。一つだとクニで、部族名の後ろについたらコクなんだって……って、言ってたような気がする」
サル・シュもラキ語は話せないのに、なぜそのような情報を取って来ることができるのか? と、リョウ・カはいつも疑問だ。
だが、こういう不可思議な所もサル・シュの持ち味だった。とんでもないところから情報を引き出してきたり、突然、敵族長を連れて来たりする。彼の情報に信憑性はまったくないが、結果はいつも、キラ・シのためになっていた。
「で、あっちに、ルシコクってのがある。
あっちは夜、空っぽになる。オウジョウを攻めるだけなら、200人でいけそう。キシンより、少しでかいだけ」
いつのまに! とリョウ・カが目を見開いた。
たしかに、ハルのために帰っている場合ではないことを、してはおったか、と納得する。
「そのルシコクも、こういう、平らなところにあるのではないのか?」
「そうそう。小さい山にはなってたけど、平らだった」
「こんな平らのど真ん中のシロを攻めたら、周り中から攻めあげられないか? ラキとて、守れているのは、裏が崖で、あの川があるからだぞ?」
キラ・シも、山では最東端に村を構えていた。敵が来るのは片側からだけだ。そういう所を押さえて動かなければ、簡単に全滅するのは身に沁みている。
「ああ、そっか…………村なら制圧できてるのにな」
「村を奪回しに来る奴がいないからだ」
ふーん、とサル・シュは肩をそびやかせる。
彼はあくまでも『戦士』でしかない。
激しく気分屋で、部隊を率いることはできないし、大局を見ることもできない。だが、場当たり的に戦うなら、ガリ・アの次に強かった。こうして一人で斥候もしてくる。戦場では彼以上に役に立つ戦士はそういない。
ただ、その報告が要領を得ないので、リョウ・カはいつもイライラするのだ。だが、ガリ・アはなんとなくわかってなんとなく彼の意見を取り入れる。
この、『巧く説明しない者同士のツーカー』を、リョウ・カはすでにあきらめていた。
「ルシを見に行くか。戦士たちを集めるか、ラキに帰るか」
リョウ・カが、地面の3つの場所を押さえながら選択肢を出す。サル・シュはルシの場所を押さえた。
「見に行こうぜ、ガリメキア。
あれならキラ・シで落とせる。キシンみたいなもんだ。ここを拠点にしたら、制圧はもっと進むぜっ! あんなラキまで帰る必要がなくなる!」
「ラキにいったん帰ろう。シャキは、今は、落とせん」
リョウ・カが、『ラキ』と言って押さえた場所に手を置く。
「……………15年後には、落とせるか?」
ガリ・アが問う。
今年と来年生まれた子供が戦士になれば、キラ・シは数万人増える。
「それはたやすかろう」
心配性の副族長が即答したので、ガリ・アはその手を押さえるように叩いた。ラキ帰還、だ。
サル・シュがエー、という口をしたが、声には出さなかった。
「じゃあ、俺、ここらへん制圧してきてい……」
サル・シュがあちらの方を指し示したとき、キラ・シの指笛が日暮れの荒れ地に響き渡った。
「五位から族長へ、戻れ……だと?」
「五位ってル・マ?」
「ハルだっ!」
叫びながらリョウ・カは馬に乗りあがった。大きくいなないたが、主の求めるままに駆けだしていく。
「先に行けっ!」
リョウ・カは右手を前に振った。
サル・シュが駆け出し、ガリ・アが指笛を返す。
『族長から五位へ、戻る』。
それが、遠くで復唱されたのを聞く前に、リョウ・カはガリ・アに追い越された。
ガリ・アとサル・シュがそろそろ詐為河(さいこう)に差しかかる辺りで、木陰からキラ・シの戦士が出てきた。
「ガリメキアっ! ハルナさんからの伝言だっ! シャキから、シシャが来てる! と!」
「リョウにも言え!」
ガリ・アは止まらずに駆け抜けた。
伝令が、ガリ・アの駆けてきた方向へ走っていく。
「やっぱりハルっ! シャキのシシャってナニ?」
一緒に走っているサル・シュが問うが、ガリ・アは答えない。
残っていた伝令がそれをリョウ・カに伝えられたのは二日後だった。リョウ・カの馬は、長く走るが遅いのだ。大体が、ここまでガリ・アとサル・シュの馬でも、村を10回はまたいでいる。馬に最低限の休憩しかやっていないので五日で詐為河についた。リョウ・カは七日掛かっている。
「シシャ? なんだそれは」
伝令がリョウ・カと並走する。
「ラキのシロの前に、黄色いフクの奴らがたくさん来てるっ!」
「戦いにかっ? ショウ・キは追い払ったかっ!」
「黄色いやつら、刀を持ってないっ! ずっと地面に額を押しつけて、動かない」
「……? ナニをしに来た?」
「シシャなので、族長でないと返事ができない、ということで、ハルナさんが族長を呼んだんだ」
それは、そうか……と、リョウ・カも頷く。ハルナにキラ・シの先を左右することはできない。ショウ・キは戦に出れば強いが、山でも他村との折衝は一切できなかった。
車李の王城から撤退したときに、キラ・シの戦士はバラケテしまっているので、その間を車李の使者が来たのだろう。だが、橋が無いのにどこから? という疑問がリョウ・カの中に残る。
車李は橋が落とされていることを知っているから、船を持って出て詐為河(さいこう)を渡ったのだが、キラ・シに分かるはずが無い。
「オーイっ、リョウ・カっ! こっちだっ!」
キラ・シの戦士が、川の手前で手を振っていた。
「族長はあっち行った。ついてこいって」
山を越えるなら右だが、左を指している。
「そこからではラキに帰れんぞ!」
「泳げ、ってさ」
「俺の馬は、あんな大きな川は泳げんっ!」
「足がつくぜ」
「そうなのか?」
全員で走りながら、一人が川を指さす。向こうの方でもう一人が手を振っていた。
詐為河(さいこう)は土を多く含むために川が浅い。だから、大潮や雪解けで大氾濫を起こす。
羅季(らき)側は湿潤なので、氾濫のたびに土地が肥えて、耕作地には最適だが、川の東側は粘土質の上に乾燥が酷いのですぐに水が引いてカラカラになり塩が噴く。だから、草も殆ど生えておらず、農業ができなくて村が無い。
「族長はここから走ってった」
川のそばに行っただけで、柔らかい地面に蹄が沈む。リョウ・カの馬は不愉快そうにいなないた。
ここまで来てしまっては、山から回り込むと、あと10日はかかる。今日中にこの川を越えられれば、二日でつける。
リョウ・カは馬を、川に走らせた。
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