【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。49 ~近衛師長の鎧~

 

 

リョウ・カは、その日の内に渡り終えた。

 川の途中で半分ほど沈んで泥だらけになったが、怪我はない。馬は岸にあがったとたん、くたくたと崩れて寝てしまった。

 キラ・シの戦士が手を振っている。

 そこに走る前に右前方を見た。

 川沿いに茂み、低木、高木と、森がある。その向こう。

 そこに、ガリ・アがいる。

 気配をまったく断たずに。

 戦でド真ん前を走るときの雰囲気だ。『山ざらい』などしなくても、これだけで、弱い者たちは失禁して腰が抜ける。

 気配は動いていない。

 戦っているわけではないのになぜ全力だ? とリョウ・カが悩む前に、キラ・シが出てきて手招きされた。

「リョウ・カっ! こっちだっ! ハルからっ、そこの村で着替えてこいって!」

 着替え? しかもなぜ、外の村で?

「ガリメキアのあれ、久々に見た。相変わらず凄いよな」

 彼も、ガリ・アの方を指して笑っている。

 そこに城の女官までいて、水を浴びせられ、着付けられた。

 女官たちも村の者たちも、ガリ・アの雰囲気におびえているが、いったん腰が抜けた後だからか、震えながらも動けてはいた。

「なんだこのフクは?」

 白い鎧に、金糸でまぶしい着物を二枚掛けられてリョウ・カが歯を剥く。ハルナから、と言われていなければ袖を通しもしなかっただろう。

「『使者が来たときの大陸の倣い』で、羅季(らき)の近衛の正装です。族長様には近衛師長の鎧を着ていただきました。馬で、お城に向かってくださいませ」

 大陸の倣いか……と、リョウ・カは暴れるのをやめた。

 ガリ・アも黙って着せられたと言われては、自分だけ脱ぐわけにいかない。こういうことを彼は嫌がるのに、『倣い』と言われると着せられてしまう辺りが、かわいいやつ、とリョウ・カは思う。

 ガリ・アは長老の反対を押し切って山を探索し続けた上に、降りたが、それは『長老を下にした』のではない。『キラ・シの未来』のために取った行動だ。破天荒には違いないが、一番『倣い』に従順なのがガリ・アなのだと、リョウ・カは知っている。『使者』の意味がわからない間は、暴れる気がないのだろう。

 だから、苛々して『全力』なのだ。そう、リョウ・カは納得した。

 それに、この『鎧』というのは、キラ・シでは『絶対に作れないモノ』だ。そして、女官たちは既に自分たちに惚れ込んでいる。このシロに来たときとは信用度が違った。

「こんなものを着ていては動けないではないか」

 帯がしまらないわっ! と締め上げている女官達は返事をしてくれない。

「待て、なんなのだ一体。シャキのシシャとはなんだ?」

「私どもにはよく分かりませぬっ。ただ、戦争をしに来たわけではないようです。お城の前で、ハルナ様がお待ちです!」

 追い出されるように城の前に出てみれば、連絡を受けたハルナがリョウ・カの馬に駆け寄ってきた。彼女が左側を見るので、その視線を追う。

 馬に乗ったガリ・アとサル・シュの後ろ姿があった。

「ガリさんが来るまで、使者の人たちがお城の前にいたのよ。ガリさんがあそこまで下げてくれたの。邪魔だったから助かった!

 これ、シャキが、持ってきた書面。ガリさんにも見せたけど、突っ返された。

 それと、あのガリさんの怖いの、止まらないの? おなか痛いんだけど……」

「戦だとああなる。解けるまでは無理だ」

 ショウ・キから絹の巻物を渡されてリョウ・カが開ける。手紙部分は絹なのに、芯が純金なのでずしりと重い。

 9割読めなくて突き返し、ハルナに内容を聞いた。

「『同盟』を組みたい、って。あそこにその使者が100人ぐらいいて、ガリさんに土下座してるんだけど、もう二日も経ってる。これ以上だと、使者の人、死んじゃうよ? ガリさんとサル・シュくんも、水すら飲んでないし」

「ドウメイとは、なんだ?」

「……同盟っていうのは、…………部族同士で友達になりましょう、ってこと」

「クニ同士、ということか?」

「ああ、うん、そう。国同士。車李(しゃき)はキラ・シのことを国だと思ってるみたい。『寸罹朿(キラ・シ)国』って書いてあった」

「………………もう攻めて来るな、ということか?」

「今回はそれも入ってる。

 毎回条件は話し合って決めるから、同盟が全部そうじゃないのは覚えておいてね。

 今回のは、条件として、羅季(らき)への支援は以前の二〇倍にする。羅季、貴信(きしん)、覇魔流(はまる)をキラ・シの属国とする。

 他の国を攻めるなら、地図をやる。制圧のために将軍や大臣も派遣する。あとの管理もしてやる。産まれた皇子はこちらで預かりたい。共に、大陸を平定しよう、って」

「ゾッコク?」

「……友達じゃなくて、敵じゃなくて、弱いから、攻めない代わりに、貢ぎ物をよこし続けろ、って言ったら、分かる?」

「…………それは『友』でいい」

「貢ぎ物を貰ってるのも『友』なんだ? うん、それにしていいって」

「既にそうなってる」

「うん。だからまぁ、利点はないよね」

「タイリクは?」

「この、『下』のことみたい。どれぐらいの大きさなのかはわからない」

「チズとは?」

「国の位置を一枚の大きいものに描いたもののことだと思うけど、これは地図によって違うから、なんとも言えない。嘘も簡単に書けるし。どの規模の地図かは書いてなかった」

「ショウグンは?」

「……えっと………………副族長のこと。羅季みたいに、住処にするんじゃなかったら、お城を落としたあと、また夜盗とかに取られるかもしれないでしょ? でも、キラ・シが全部の城にキラ・シをおいていくことはできないから、そのあいだ、車李が将軍を派遣して、管理してくれる、ってこと」

「カンリ?」

「世話をしてくれるって」

「オウジとは?」

「金髪の赤ちゃんのこと」

「あぁ………………で、それは、ナニがキラ・シに得だ?」

「地図が本物なら、川向こうのことがわかる」

「もう分かってる」

「属国になるなら、貴信とか覇魔流にキラ・シの戦士をおいておく必要がなくなる。防備のためには要るけどね」

「……今で間に合ってる」

「羅季への支援が増えるなら、マキメイさん達が助かる。既に支援自体は、この同盟が成立しなくても渡すから、って幾らかそこに持ってきてるみたい」

「マキメイ達は何か足りないと言っているのか?」

「現金は足りないらしいけど、キラ・シが獣を獲ってくるから、その毛皮が換金できるから大丈夫みたい」

「……困っとらんではないか」

「………………そうだね」

「キラ・シに得なことは、ないのか?」

「…………そう、かな……」

「ナニがキラ・シに損だ?」

「地図が正しいかどうかわからないし、管理をしてやるって、乗っ取られたらキラ・シが攻めた意味がなくなるし、大陸を一緒に平定しようって、意味がわからないし、皇子様を渡したら、車李の地位が上がるだけ」

「オウジ? あの金の髪の赤子? あれが大事なのか」

「条件にそれがあるから、車李が気にしてるのは間違いない。『大陸の皇帝』だから、車李には大事なんだと思う」

「なぜ大事だ?」

「……えっとね………………山で、キラ・シが他の村を助けてたって言ってたじゃない? あのとき、その村は、『キラ・シが助けに来てくれるぞっ!』って敵に言ってたんだよね? だから、敵はその村を攻めなかったんだよね?」

「そうだ」

「あの皇子様も似たようなものなの。

『皇子がこちらにいるから向かってくるな』って言えるの」

 昔の日本だと『錦の御旗』と言われる、『皇軍』状態になる。キラ・シは使わないが、車李には垂涎の存在だ。

「赤子だぞ?」

「それでも、大事なの。あの赤ちゃんが『生きてること』が大事なの。キラ・シを攻撃して、赤ちゃんを人質にされたら、立ち向かえないのね。

 逆に、キラ・シが、その赤ちゃんを楯に『皇軍』だと名乗ってしまえば、全大陸がすぐにひれ伏すよ。まぁ、今は意味がわからないと思うけど、凄い赤ちゃんなの、あの赤ちゃん。

 だから、『同盟』とかいいながら、皇子様を取り上げるのが目的なんじゃないかとも思えるわけ」

「タテとはなんだ?」

「…………っ! 楯? こう……切りかかられたのを、大きな木の板とかで避けること」

「ああ、アレか。面倒なものを持ってると思った。ただの木切れ」

「うん、その木切れでも、まともに食らうよりはマシだから」

「その分戦えないではないか」

 キラ・シは機動力があるからか、もとから楯などを持ってはいない。

「とにかく、間に立てて自分に当たりにくくするのが楯。

 それともう一つ、リョウさんに聞いて確認したいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「キラ・シは、誰かが車李につかまったの?」

「……いや、全員いるぞ。ナニが疑問だ?」

「どうして車李は、羅季で皇子様が産まれてるとか、『キラ・シ』っていう部族名を知ってるの?」

「……誰かがこちらの事情をシャキに話したということか?」

 ハルナが頷いた。

「キラ・シが、羅季語を使えない、ってのも、知ってると思う」

「なぜだ?」

「シャキのこの書面の『キラ・シ』の漢字が、なんか、凄くつまらない字で当て字にされてるから」

「つまり?」

「同盟と言いながら、車李はキラ・シをないがしろにする用意をしてる」

 リョウ・カの眉間にしわが寄った。

「この城をキラ・シが空けたときがあったでしょう? あの前に、車李にキラ・シのことを教えたんだと思う」

「なぜわかる?」

「今も内通者がいるなら『寸罹朿』なんて書いて来ない」

「なぜだ」

「私が、羅季字を読めると、この城の人は知ってるから。

 だけど、キラ・シがこのお城を空けたときはそれを知らなかった筈。だから、字を読めないと思って、『寸罹朿(きらし)』って書いたんだと思う。『つまらない小さなとげ』って感じの意味なんだよ。国名にする字じゃないんだよね」

 中国でも、中央政権から見た蛮族をつまらない名前をつけ、日本でも土蜘蛛と呼んでいた。古今東西、敵対勢力に矮小な名前をつけることが普通なのだ。

 車李も、キラ・シに対して、そうしたのだ。

「『字』が読めないと分かっていて、なぜ『字』で送ってきた?」

「使者がこれを読み上げるだけなら、『寸罹朿』の字はばれないから。

 そして、キラ・シが滅びた後に、この書面の写しを大陸の人達に公開したら『あの時から、へりくだる気などなかった』と言いくるめることがしやすいから。

 とにかく、皇帝をどうにかしたいのが一番なんだと思う」

「ヘリクダル?」

「あなたのほうが私より凄く凄く強いですっ! って、敬うふりをして土下座すること」

 ハルナが土下座している使者を見たのでリョウ・カも見た。そしてハルナを見て、ふむ、と口をつぐむ。

 キラ・シには、大陸の『皇帝』は意味がまったくわからない。

 万世一系で千年続いた皇帝の血筋を、覇魔流(はまる)は潰そうとしたのだ。『弱いもの』は『存在しなくて良いもの』とキラ・シは考えるので、負けかけていた羅季(らき)が、なぜそんなに気にされているのかがわからない。

「ねぇリョウさん、キラ・シは、『下』をキラ・シのものにする気なんて、あるの?」

「ハルはナニを心配している?」

「車李が大陸平定をしたいのの、手先に使われるかもしれない」

「キラ・シをそんなことに使えるか?」

「使われない自信がある? 大陸一の大国だよ? 大陸のど真ん中の平地で、千年国を保ってきた大国だよ? 国の取引の手練手管凄いよ、きっと。

 そう言えば、結局、車李との戦いはどうなったの?」

「圧勝だ」

「やっぱりそうなのっ! よかった!」

 ハルナがとても喜んだので、リョウ・カは彼女を抱きしめた。

「どれぐらい殺したかわかる?」

「誰も数えてないらしい」

 ハルナが歯を剥いた。あいかわらずもうっ! と一言怒鳴る。

「じゃあ、使者の人に戦死者の総数を聞いて!」

「なぜだ?」

「国が危なくなるぐらいキラ・シが車李の戦士を殺したのなら、この『戦争をしたくない』自体は本物かもしれないから。確定が欲しい」

「それはそうだな。だが、こちらの人数を聞かれても困る。数だけはあるところから搦手を出されてはたまらん」

「とりあえず、ガリさんを呼び戻してくれない?」

「そういえば、このフクはなんだ?」

「車李があんなキラキラしてるのにっ、見すぼらしい格好できないでしょ! リョウさんたちが着てるのは下着なのっ! そんなので表に出ないでほしいぐらいなの!」

 ハルナの憤りは、リョウ・カに通じなかった。

 戻ってきたガリ・アにリョウ・カが説明する。走ってきたサル・シュも横で聞いていた。

「話からすると、三回出陣してるよね、車李。その残数を、聞いて。答えてはくれないだろうけど、顔色が見たい」

「聞いてどうする」

「残った車李の戦士が一万人ぐらいなら、キラ・シが勝てるでしょ? 勝てるよね?」

「あのシロを取ってどうする」

「取らないの? どうして? 何のために出陣したの?」

「攻めて来られないようにするためだ」

 ハルナが黙った。

「とにかく、質問して下さい。車李の、今の軍人の数がわかるから」

「シャキとは戦わない。キラ・シが勝っても意味がない」

 ガリ・アがつらりと呟いた。

「このシロでもリョウが困った。あんな大きなシロを落とせば、キラ・シではどうにもできない」

「それは、勝てることは、前提?」

「残りは一万ほどだ。キラ・シ200で勝てる」

「聞いたの? 使者の人に?」

「二日もにらみ合っていれば聞ける」

「じゃあ、聞いて、って言った時に言ってよ! 私はリョウさんじゃないんだからっ、ガリさんがナニを考えているかはわからないのっ! 全部言葉に出して!」

「キラ・シの先を、お前にゆだねる気はない」

 つらっとガリ・アに言われてハルナはカッと赤くなったが、口を何度か開閉して、両手でドレスを握りこんで震え、リョウ・カを見もせずにくるっとあちらを向いて、城へ歩いて行った。

 リョウ・カが左手で顔を覆ってため息をつく。

「ハルを呼び戻せ」

 ハルナの後ろ姿を見ていたガリ・アが低音で呟く。

「はっ? なぜ」

「通詞(通訳)が必要だ」

「お前が追い払ったんだ」

 ガリ・アが眉を寄せる。

「キラ・シの先をハルにはゆだねぬのだろう?」

 ガリ・アはただ、リョウ・カを見るだけだ。

 リョウ・カがため息をついた。頭をガリガリと掻いてサル・シュにカァッ、と牙を剥く。彼は笑いをこらえて口を押さえていたが、ブハッと息をはいて、また口を両手で抑えた。肩が驚喜に震えている。

「通詞は族長でなくてもできる」

 ガリ・アは相変わらず平静だ。

「さっきのは、ハルに、今後二度と口を出すな、と言った訳ではない、ということで、いいのだな? ハルにそう言うぞ?」

 否定されなかったことで、リョウ・カはもう一度ため息をついた。サル・シュがそろそろ、口を押さえる限界だ。

「わかった、連れてくる」

「ガリ・アに乗せるぞ」

 彼が、自分の後ろをポンポンと叩いた。

 キラ・シの周りの動物は、主の名前で呼ぶ。自分の馬の後ろに乗せるぞ、ということだ。

 後ろにいるハルナから、車李にわからないように通訳をさせたい、ということだと、リョウ・カは見て取った。

「抱くなよ?」

「シャキの使いが目の前にいる馬の上でか?」

 笑い掛けていたサル・シュが青ざめ、咄嗟にエントランス先まで馬で下がった。しないとは思うが、ここで二人が切り合いをしたときの安全確保だ。

 リョウ・カが自分から抜くことは殆ど無いが、ハルナに関したことで、サル・シュは既に切りかかられている。他の男達も、リョウ・カに対してハルナでからかうことは一切しない。

 族長と、副族長のにらみ合いが寒風を呼び寄せた。

 車李の使者がつけている香水が、二人の間に漂ってくる。その中には糞尿のそれも混じっていた。彼らは既に、ここ二日、ガリ・アの前で身じろぎせず土下座したままだ。もう足は壊死しかっているし、喉の渇きも限界だろう。だが、動かない。

 この同盟がそれだけ大事なのだと、キラ・シに分かりやすいように指示をされているのだ。車李のような大国からすれば、使者の命などどうでも良いからだろう。

 それに、彼らは本当に、ガリ・アの威圧感で動けなかった。五臓六腑がすりつぶされているかのような不快感があり、何度も吐いていた。土下座したままなので、そのまま失神している者も多い。

 今も、ガリ・アが下がってくれて、自分たちを『見てない』状態で少しマシにはなったが、部族内で殺伐とした雰囲気を出されると、生きた心地がしなかった。

 車李は大陸一の大国だ。文明国だった。オアシスの小部族や、隣にある古代国ナガシュとのやりとりで『蛮族』にはある程度なれている。だが、キラ・シの『蛮族振り』は群を抜いていた。

 普通は、これだけきらびやかな装飾の使者が来れば及び腰になる。ハルナが慌てたのもそれだ。

 だが、キラ・シ自身には、蛮族過ぎて文明最先端の威圧感が効かなかった。ル・マにさえ、足蹴にされ、まさか、馬で威圧されるとは考えても居なかったのだ。ただ、恐怖に震えるしかできなかった。

 そんな恐々としているところで、サル・シュが逃げるほど族長と副族長が険悪になったのだから、絶望感に涙するしかできない。だが、既に体内も物理的に枯れはてていて、それすら出ない。

 先に息をついたのはガリ・アだった。

「行け」

「わかった」

 リョウ・カが城へと走っていく。

 サル・シュが大きく息を付きながら、笑顔でガリ・アに馬を寄せた。ガリ・アの馬とは反対側を向いているので、使者にその楽観的な顔は見えない。

 この状況で笑顔を彼らに見せるとまずいと、彼も分かっているのだ。だが、笑いたいのだった。

「殺し合い、しないの?」

「族長交代などするか」

 サル・シュも着飾られたので、ガリ・アに並んでそこにいる。

 ガリ・アより先に着替えて、使者の前に跳び出した彼に笑いながら蹴散らされたので、使者たちは彼も怖い。

 大陸では見ないほど大きな馬、しかもツノがついているそれに腹を引っかかれるぎりぎりでまたがれたり、目の前で足を上げていななかれたりしたのだ。そのまま足を下ろされれば、頭蓋骨は地面と同化しただろう。

 それで阿鼻叫喚の地獄絵図だったのに、彼が引いたと思ったらガリ・アがどろりと出てきて押しつぶされた。

 雅音帑(がねど)も迫力のある王だと、大臣はあちらこちらで吹聴していたが、ガリ・アには、並ぶべくもない。

 雅音帑は洗練されているが故の迫力だ。既に50を大きく越えているのにいまだ矍鑠としている。剣も持つ。そして、自分で字を作るほどの文の達人だ。文武両道に秀で、若いころはナガシュを相手に先頭だって戦っていた。

 その王を、彼は尊敬し、心酔し、崇めている。

 だがその、身がはち切れんばかりの熱い心も、ガリ・アの存在一つで米粒より小さくなった。

 キラ・シなどという国は、大陸には無い。

 だから、どこかの小部族が突然独立して名乗りをあげたのだ。

 そう、車李は考えているし、間違ってはいない。

 だが、山から降りてきた、ということはもちろん、分かってはいなかった。

 その最初が皇帝のいる羅季を押さえるなど、知能にも秀でている。策略だけだと軍を送れば、肉弾戦で惨敗した。

 幸運は三度続かないことを証明させてしまったのだ。

 そして、雅音帑(がねど)は、見た。

 ガリ・アが、三千人を、大門のはるか上にある彫像と共に切り殺したことを。

 これは、敵にしてはならない!

 一瞬で、理解した。

 羅季、覇魔流(はまる)、貴信(きしん)を属国にするのにも時間が掛かったが、そんなもの投げ捨ててでも、キラ・シを敵にしてはいけない。

 その判断は、早かった。

 先に大臣たちを馬で発たせ、用意を後から早馬で持っていくほど急いで出発させた。文官であり老人である大臣が操る馬は、早くは走らない。河の前で追いついて、河を渡ってから、設えを整えた。

 食料などを運んだのは兵士たちだが、少しでも『戦える者』がいてはならんと、文官だけでいかせた。

 雅音帑(がねど)王はこの一カ月ほど、早馬の知らせを悪夢に見て飛び起きるほど、心焦らせていたのだ。

 キラ・シが全部偶然で成り立っていることを、気づきもせずに。

「ねぇ、ガリメキア」

 ガリ・アを見ずにサル・シュが呼びかけた。

「ル・マ、もう、抱いていい?」

 キラ・シには丁寧語が無いので、族長でも友人でも、言葉は同じだ。

 リョウ・カがいれば目を剥いてサル・シュを殴り倒しただろう。こんなときにそんな話をするな、と。

「またか……」

「決心するたび、聞いておかないと不安」

「ル・マに聞け」

「俺、絶対、無理やりはしないから。

 あとからル・マが族長に、腹立ち紛れでなんか言っても、俺を殺さないでくれる?」

 ガリ・アが長く細い息をつく。

「あれは、お前の子を産まんぞ」

「今は、それでも、いい」

「何度も言うが、いつでも抱け」

「シャァッ!」

 拳を握って雄叫びをあげるサル・シュ。

「あーもー……今なら、あのシャキオウジョウ、殴り込みたいなぁっ!」

「あんな大きなものはいらん」

 猛り立ったサル・シュに周りを走られて、使者たちは最後の悲鳴を上げた。

  

 

  

 

  

 

 

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