とりあえずは、反物を板に打ちつけたものが、壁にどーんと立てかけてある。
書簡より5倍でかい……どうする? 拡大して描く? この大きさに書簡と同じサイズで書いたってショボイだけだもんな。
書簡の絵自体は、『織物』だから細かくない。そして、古代エジプトの絵に似てた。奥行きが上に重なっていくタイプ。なので、透視図で描き直したら、車李(しゃき)城に出陣したキラ・シが物凄い大声を出した。
「えっ、ハル、あの城見てないのにっ、なんでわかったっ!」
書簡の方の『定型化された絵』は城だとわからなかったキラ・シが、私の透視図でものすごい盛り上がった。どうせだから、車李の大臣さんに来てもらって、細部を教えてもらおう。羅季城の中見せることになるけど、大丈夫かな?
「これはっ……えっ? 我が国の王城ではありませんかっ! 素晴らしいっ! なんと素晴らしき筆の持ち主がいらっしゃったことかっ! こんな絵、車李でも見たことがございませぬよっ!」
まぁそりゃ、古代エジプトの時代に透視図の絵を見たらそうなるよね。
「この正門の上に彫像があったのよね? これは、何の形?」
「『目を掲げるジャリハト』でございます。鷹の頭、人の体、鷹の翼をもつジャリハトが頭上にすべてを見張るかす目をこう……捧げ持ったものです」
「こんな感じ?」と、床に描いてみた。床の石はそのうち掃除で消えるから大丈夫。あっ! メモしたいものは床に筆で書けばいいんだっ!
「そうでございますそうでございます! なんとお上手なっ! ここから神が抜け出てきそうではありませんか!」
「色は」
「全体が砂岩でございます。砂漠の砂の色です。薄く黄色い……横に縞模様になっておりまして、なんとも彩な……」
「こんな感じ?」
岩絵の具を、竹簡の上で混ぜる。
それでお城全体を塗ってった。彫像も塗って、ガネド王がいるっていう所も、大臣さんが凄い教えてくれたから、微に入り細に入り日本語で注釈した。ついでに、間取りとか教えてくれたから、それも、他の布に書いた。あんた、重要機密しゃべってるって知ってる? たしかにこの人、大臣だわ。この間取り図があってるなら。車李上の間取り図ができた!! マジか!
「壮大な王城でございましょう? 千年かけて砂岩の丘を削りだしたのでございますよ!」
削りだすの好きだなっ! このラキも岩山から削ってるよね。もしかして『積み上げる技術』はそんな無いの?
「代々の王が、重ねて広く作られたものなのでございますよっ。それをっこんな美しく描いていただけるなどっ! 是非、我が雅音帑(がねど)王にお見せしたいですっ! 千金でもらい受けたいです!」
「この城壁の長さは?」
「十尺の厚さで、6万尺でございます! それで四方を囲んでおりますよっ!」
この時期の尺がわかんないな……中国でも尺の長さって時代によって違うんだよね。たしか、昔のほうが短い。
「一尺ってどれぐらい?」
「男が掌を広げたぐらいです」
小指の先から、親指の先まで。20センチちょっと? それでも、12キロあるよ! 昔の町だと考えると、凄くでかいよね? でかい?『昔の街』ってどれぐらいが標準?
世界最大の城郭都市カルソンヌが、城壁の長さ三キロとかじゃなかった? あれって、ぐるっと三キロ? 一辺が三キロ? どちらにしろ、一辺10キロの車李のほうがでかいよね?
だって、羅季(らき)なんて、丘の上にこのお城があって、離れたところに町があるだけだもんね。あの町、何千人住んでるだろう? たしか、高台から家を数えて200軒チョットだったはず。このころ、核家族じゃなくて、三世代同居だから、1世帯平均五人とみつもって、千人。平均8人なら、1600人。あと、農民が畑の側に家を建ててて散らばってる。
古代中国とか、欧州でも『邑(ゆう)』みたいに街壁でぐるっと囲んだ中に街があるものだけど、羅季はそれもない。
車李は街壁があって、それが12キロ以上ありそうってこと。10キロ以上街壁を作るってのがまずすごい。
「この王城って、外側が街の壁で、中に城壁があるんだよね? 王城の周りは町の人が住んでるよね?」
「そうでございます。雅音帑(がねど)王の斬新な治世が長い故、先代よりすべてが拡大されて、華やかな都となっております。比べるべくは、煌都(こうと)の王宮と、鎮季(しずき)の王宮だけでございましょう」
新しいこと言ったぞ?
もう一枚、布を持ってきてもらった。
「大陸の真ん中に煌都? その西に車李とナガシュ、西に詐為河(さいこう)があって、その西が北から、紅隆(こうりゅう)、掾吏(えんり)、羅季、貴信(きしん)、覇魔流(はまる)であってる? 鎮季というのはどこ?」
おおっ、微妙に位置を修正して、国境線まで入れてくれた! 素晴らしい!
「鎮季というのは東南緑三国の宗主でございまして、ここから、甲佐、虎瀬が高価な米の大穀倉地域でございます。羅季の宗教の総本山が虎瀬にございましてな。そこから北に上がりまして、辺留波(べるは)、川科果(せんかか)、賀旨(かし)、我火洲(がかす)。賀旨から上は、山の国でございますな」
べらべらしゃべってくれるよ大臣。『地図』も同盟の一つだったから、これがそれに当たるのかな? 国情報まで聞けるの凄い。
結局、私が失神するまでずっと書いてた。
2メートル四方の白地図埋めたよ私っ!
細かい地形はわからないけど、山と川と、国の位置は分かった! 大臣すばらしいっ! どことどこが仲悪いとか、車李の属国はどこだとか、古代国がどうだとか。書庫で読んで、疑問だったところ全部答えてくれた! 国名も漢字で書いてくれたから、はっきりした! これは逸材だわっ! 車李は本当に『大事な人』を人質によこしたんだっ!
水があるところとないところも聞けたから、緑と黄色と薄黄色で塗り分けた。青いところは氷が酷いところ。ロシアのタイガっぽい。
北は地図の上らしいけど、砂漠とか、荒れ地とかが、左上から右下に傾いてる。これは、この分地軸が傾いてるのか、『北』の概念が『現代』と違うか。大陸の大きさが想定外で、北緯で気候が揃ってないか、わかんないな。
この大陸全体がどれぐらいの大きさなんだろう?
「ハルナ様っ! ガリ様、サル・シュ様がお帰りです!」
マキメイさんがゼイゼイと駆け上がってきた。ル・マちゃんが駆け出し、まだ私の部屋にいた大臣も立ち上がる。それでも、私より早く階段を降りてった。
フットワークいいな、あの大臣。老人なのに。
私はずっと立って絵を描いてたからもう、腰と背中と腕が痛い……
「ガリさんたち、鎧を着てくれそう?」
河が渡れるって聞いたから、キラ・シの人達に、あっちにまわってガリさんたちを渡河させてくれるように頼んでたんだ。
その一番近くの村で洗って、羅季の近衛の鎧をつけてもらうよう、女官さんにお願いしてた。一瞬でも、あの『下着』で車李の使者の前を横切ってほしくなかったから。
まぁ、大臣をこの部屋に呼んだ時点で、城の中をアレでうろうろしてるキラ・シをみんな見られたけど……
羅季の鎧はさすが『皇帝陛下のお膝元』で、覇魔流(はまる)とかよりは立派だったから、派手でいい。
まぁ、この時代って、鎧の上に服を着ちゃうから、鎧が立派でもあまり見えないけど。それでも、着物も金彩があるから、ホント、派手。
「リョウ様はまだですが、こちらに向かってらっしゃるようです」
「リョウさんの馬は遅いって聞いてるから、うん、大丈夫、ありがとう」
マキメイさんが泣いてた。ぐしぐし頬を拭きながら顔を上げる。
「サル・シュくん、無事そうだった?」
「ものすごいお元気でした。みなさん、ほぼ無傷のようです。戦争に、いらっしゃったのですよね?」
「ねぇ」
マキメイさんが、泣きはらした顔で本当に不思議そうに小首を傾げたので、私も頷いた。
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