ああもう最低っ!
『キラ・シの先を、お前にゆだねる気はない』
ガリさんに……あんなこと、言われてしまった…………
もちろんだよもちろんだよっ、そんなこと、私もゆだねられる気はないよっ!
でも、たしかに僣越だった。言いすぎた。
あの大臣さんがイい人だったから、気を抜いてしまったんだ。
お風呂に駆け込んで、あっっつい所にうずくまる。
43度。我慢ぎりぎり。
あー、こういう時にお酒でも飲んで寝てしまったら楽だろうなぁ……お酒飲んだことないけど。
もう、自分がイヤになる!
久々に、最大の自己嫌悪だ!
「ハル!」
お風呂場に、リョウさんが歩いてきた。さっきの、近衛の鎧を着たまま。あついでしょ、それ。
「リョウさん……? どうしてここに?」
「通詞を頼む」
なんで?
「私が、あそこにいていいの?」
てくてくと、お風呂の淵をこっちがわに歩いてくるリョウさん。
「ガリのあれは、ハルを追い出す意味はなかった」
「え?」
「ハルが立て続けにまくしたてたから、言葉が見つからなかっただけだ」
「そうなの? でも、私も、凄い、失礼なこと言ってたよ?」
「失礼? ……ああ、ハルのいつもの気にしすぎだ。
そんなもの、キラ・シでは誰も気にしない」
…………そうですか……
「逆に、ハルは何が失礼だと思った?」
「え? ガリさんが族長なのに、あんなこと言っていい人じゃなかった、とか」
「構わん。族長は最終決定を持つだけで、戦士たちはみな同じだ。強さで順列があるだけで、言葉に順列は無い。好きなことを言え。ガリが都合の良いところだけ取り上げる」
なぜそんな民主主義?
ああ、違うわ。そうか、キラ・シって社会主義なんだ。
小さな村だからこそ成立するんだけど、食料を分け合うとか、対等とか、そういうことか! どうみても『自分の財産』なんて、ないし……
普通は、『自分がしなくてもいいか』で駄目になる社会主義だけど、キラ・シは『自分がしなければ殺される』があるから、うまい具合に働いてるんだ?
強さで順位はつくけど、みんな平等なんだ?
そっか!
「私も、ガリさんと対等なの?」
「ル・マも対等だぞ? ならば、ハルも対等だ」
「私、キラ・シで産まれた女じゃないよ?」
「だが、四位だぞ?」
ん? って、お風呂の端にかがんで私に笑顔を向けてくれるリョウさん。
キスしたい。
と思ったけど、マキメイさんのいる側に走った。リョウさんがまた、てくてく歩いてくる。全然焦った様子は無い。
「じゃあ、早く出ないといけないよねっ! ゴメン、お風呂なんて入って!」
「えっ? ハルナ様、また外に戻られるのですかっ!」
マキメイさんが毛皮でグルグル巻きにしてくれた。髪が濡れてるから、一杯絹で巻いて、ベールに王冠乗せられた。いやいや、王冠いらないでしょ。
「まっかだな」
リョウさんが、ほかほかしてる私の頬を指先でちゅるっと触る。
「ごめんなさい……凄い時間とってもらっちゃって」
「ガリは待たせておけばいい。その方が、使者への脅しにもなる」
ホントにあいつは口が足りん! と、リョウさんはぷりぷり怒ってた。私じゃなく、ガリさんに?
「ガリにな、早口でまくし立てるな」
リョウさんがため息。
「喋るときは喋るが、俺ほど喋るわけじゃない。
一度にたくさんのことを言われただけで、話を聞いていない。
面倒臭いから『やめろ』という感じの言葉しか吐かなくなる。だが、面倒くさいだけで拒絶ではない」
「うるさい、って言われただけ、ってこと?」
「そうだ。
黙れ、ではない」
キャンキャンわめくな、ってこと? たしかにさっき、がーっとまくし立てちゃった。
「『音』が邪魔だっただけだ。ハルの言葉、には反応していない。案の定、呼び戻せ、と言ってきた」
ぷりぷり怒ってるリョウさんがかわいい。
そっか。キラ・シって全員が男の人だから、みんな声低いし、声の高い子供とかル・マちゃんはガリさんに立て続けになんか言ったりしないよね。たしかに、私みたいな声の高さで、ギャンギャン言われることにはなれてないんだ。そっか……
ゆっくり喋ろう。
「気をつけます」
肩を抱かれて、頭をぽんぽんされた。
「覚えているだろう? ガリが、ハルの子を欲しい、と言ったのを」
ホカホカが消えた……
「ガリは、サル・シュに似ていると言うが、まったく違うところがある。
誰を嫌う、ということがない。
ガリを罵って引き止めた長老すら、いまだ敬っている。
外見も、気迫もだだもれで勘違いされるが、ガリはただ、まっすぐに進むしかできないお人好しだ。悪意で言葉を発することはない。
キラ・シに害悪を成さぬモノに牙は剥かない。
ハルがキラ・シのためにナニカ言っていることはわかっているが、頭がおいつかんのだ。
ガリが、ハルを嫌うことは、無い」
本当に? 信じちゃうよ?
「……ゆっくりしゃべるように、してみる」
私、けっこうとろいんだけどな……こっちに来て、性格が荒っぽくなった……って、言ったら多分、父さんが、お前は昔からガサツだったよ、って…………
ああ……久しぶりに思い出した……
熊さんに抱きついて、その胸で涙を拭く。
「リョウさんが、謝って回ってる姿が、目に浮かぶわ……」
「……まぁ、それも同じ日に生まれた役目だな。ガリは、俺の半身だ」
しょうがないな、というように俯いて笑う。エントランスの向こうにいるだろうガリさんを見るリョウさん。
いい副族長さんだ。
私が玄関から出たら、マキメイさん達が、私に風が吹きつけないように衝立で覆ってくれる。どこのお姫様よ私!
けっこうもう、熱いんですけど……43度に浸かってたから……
リョウさんの馬に乗ってエントランスを出て、ガリさんの馬に並んで、ガリさんの馬の後ろに私を乗せた。
なぜにっ!
リョウさんが少し下がって、横座りした私の膝をそっと押さえてくれる。
「使者に聞こえないよう、ガリにだけ通詞しろ」
ああ、そう、そういう意味?
ガリさんの左にリョウさん、右に……サル・シュくんが……向こうから走ってきて、ちょっと後ろでUターンして、並んだ。
うっわ……こんなん、真正面から見たら怖いだろうな……
既に震え上がってる大臣さんたちが寒風の中で、またというか、もっと穴を掘りそうなほど土下座した。
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