【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。55 ~「居る間は、守らせてくれ」~

 

 

 

 

  

 

  

 

  

 

 結局、ガリさんと大臣さんの話し合いは、特別変わったこともなく終わった。

 貢ぎ物は全部受け取る、皇子は渡さない。

 大臣はなんとか皇子を食い下がってたけど、ガリさんはただ一言『渡さない』とだけ、静かに、言い放った。あれに反論できないよね。

 ガリさんには皇子の大事さって説明してないからわからないはずだけど、知ってて渡さないって言ってるのかな?

 あと、車李(しゃき)に招待されてたけど、『来年だ』の一言で終わった。大体、招待されたらされたでどうするんだろう?

 ガリさんがお城に戻った後、私もお馬で一緒に帰ったから見てなかったけど、リョウさんがキラ・シに指示を出して、大臣さんたちを、彼らが草むらに作った天幕に運んであげてたみたい。歩けないよね、そりゃね。

 川向こうに、車李からの伝令が五人いて、そのまま追い返されたらしい。

 玄関前で止まったガリさんの馬から、リョウさんが私を抱き下ろしてくれる。そのまま左肘に座るみたいに抱えられた。

「歩けるよ」

「冷える」

「こんなグルグル巻きなのに……」

 暑いってば。

「居る間は、守らせてくれ」

 ファッ! もっと熱くなる……

「…………はい………………ありがとうございます」

 もう。玄関にいるキラ・シの人達がニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ……私とリョウさんを見てめっちゃ笑う。

「あの大臣さんたちどうするの?」

「足が腐り掛けているから動けんな」

「どうするの?」

「来年まで生きていたら、連れて行く」

「車李へ? 来年まであの天幕?」

「あの家はいいな。軽いのに雨風をしのげる。職人達に作らせよう。川向こうは似たような地面の色だ。あの色なら、馬に掛ければめくらましになるし、砂避けになる。軽いし、いいな」

 新しいモノを見つけてホクホクしてるリョウさん。そうじゃなくて……

「あの大臣さんに凄く色々なことを教えてもらったんだよ? もうちょっとよくしてあげて?」

「殺してない」

 そっか……それが最大の譲歩か……そりゃね……

「ハルが教えてもらったということが、本当だとわかったらな」

「…………そうだね」

 そうだね。嘘かもしれないもんね。

 お城の中はあっついっ!

 リョウさんが、毛皮を脱がせてくれた。頭も、全部とって、まるで濡れた犬の子供か、って自分で思うぐらいブルブルした。

 髪を洗ったあとにラップされるって凄い、不愉快っ! 女官さん達がそれらを拾い集めてくれる。

「毛皮を着たぐらい、太れ」

「やだよ!」

「折れそうで怖いのだぞっ、ハルは細すぎるっ!」

「これ以上太ったら動けなくなるんだよっ! 今、憧れのスタイル達成できてるんだから丁度いいのっ!」

 ギャアギャア騒いでる私達を、マキメイさん達がクスクス笑ってる。

 部屋に帰ったら、こんこんと寝てるル・マちゃんのそばにサル・シュくんが座り込んで、ただ、じっと見つめてた。

 君、さっきまで外に居たよね? なんで私達より先にそこにいるの? しかも、鎧も全部脱いで、『下着』。

 微笑んでるような、泣いてるような、少し俯いた顔で、よくわからない。珍しく、ル・マちゃんから離れたところに腰掛けて、両手は自分の膝の上。

 窓から光が差してて、なんかもう……受胎告知みたい。サル・シュくん、本当に天使!!

 その感動している所に、リョウさんが私を下ろした。右にル・マちゃん、左にサル・シュくん。

 受胎告知のスポットライトのど真ん中!! キャーッ!

 ル・マちゃんを見つめているサル・シュくんの視線をはっきり私が遮った。

 咄嗟にベッドに伏せる。ル・マちゃん見てて下さい!

 わざとじゃないのよわざとじゃないのよっ!

 私の頭をぽんぽんしたのは、サル・シュくん?

 そして、頭を軽く押さえられて、……ナニ?

 首筋でクンクンされた。やめてっ!

「サル・シュ」

 リョウさんの凄味のある声で呼ばれてるけど、スンスン。

 すっっっごい、深呼吸してるサル・シュくん!

「はっ……」

 突き飛ばそうとする前に、後ろからリョウさんにさらわれたけど……びっくりした!

 サル・シュくんの顔が、凄い、真剣。ナニ?

 そのまま、ニシャー、と笑った。

「ハル……お前、孕んでる」

「えっ?」

 咄嗟におなか押さえた。

 生理、遅れてるんじゃなく、止まったんだ?

 リョウさんが、まっっっっかに、なってた。

「サル・シュくん、そんなことまでわかるの? におい?」

「そう。絶対俺の子を孕まない、ってにおい。いやなにおいっ!」

 イーッて、子供みたいに歯を見せる。

 いやなにおい!

 ああ……そうか。

 サル・シュくんにとっては、いやなにおいか。そうだろうね。

「リョ……リョウさん? ちょっと、体勢、変よ?」

 脇に左手を通されただけで抱き寄せられたまま。見上げたら、リョウさんはあっち向いてた。そこには、私が描いた車李のお城。

「そうそう、アレ、ナニ!」

 サル・シュくんもそれを指し示す。

「……車李の、お城」

 大臣さんと描いた絵が、板に打ちつけられたまま、そこに立てかけてあった。

「アレは?」

「大陸の地図」

「チズ?」

「どこにどの国がありますよ、ってパッと見てわかるようにしてある絵」

 リョウさんが、車李のお城から地図の方を振り返った。サル・シュくんも、パッとベッドから立ち上がって、その前に立つ。

「今どこ?」

 リョウさん下ろして、って肩叩いたら、そっと下ろしてくれた。

「ココ。ここが羅季(らき)、貴信(きしん)、覇魔流(はまる)」

「ガリ・アっ!」

 リョウさんが、階段に向かいながら叫んだ。廊下に首を出してから叫んでほしかったな……一体なんなの……?

 ガリさんまで部屋にきたーっ! おなか痛いっ!

「ガリ、消せ」

 リョウさんが、眉を寄せてガリさんの胸を叩く。

 ガリさんが、リョウさんを見て、私を見て、ル・マちゃんを見て、すっ、と息を吸い込んだ。静かに吐いたら、……あの、怖いのが、消えた。

 消えたっ!

「それ、消せるのっ!」

「消せなければ獣が狩れない。ガリのこれは、手を抜いているだけだ」

「ずっと消してて下さいっ!」

 両手を合わせて懇願してしまった。

「……わかった」

「ありがとうっ!」

 やったっ! ガリさんから了解もらったっ!

「それで? ハル。さっきの続きだ。これがなんだって? チズ?」

「そうそう、」

「じゃあ、これがあの黄色い河?」

「そう」

 サル・シュくんがパンパン叩いた。

「あの、車李の大臣さんが教えてくれたの。地図を、別にくれるのかどうかはわからないけど、これが本当なら、これが、『下』の『大陸全図』だよ」

 ガリさんの目の色が変わった。

「地図が同盟の取引になってるぐらいだから、こういうのは、多分、外にはあまりないと思う」

「シャキはどこ? ルシってのは?」

 サル・シュくんがその前に座り込んだ。

「車李はココ、留枝(るし)はその南。車李に小さな反乱起こしてるらしい。うっとうしそうだった」

「えっ! あんなに進んだのに、まだこんなコッチ!」

 地図の真ん中に『煌都(こうと)』があって、煌都から左端の西鹿毛山脈に羅季。その真ん中に車李。たしかに、まだ、真ん中には行ってない。でも、三カ月で大陸の六分の一進んだら凄いと思う。

「ハル……これをゲンカンに持って行って、全員に教えてやってくれるか?」

「もちろん。ただ、あってるかどうか、わからないよ?」

「あのダイジンが認めたのだろう? あれは嘘をつく男の顔ではない」

 さっき、本当か嘘かわからないって言ったくせに……

「じゃあ、マキメイさんに畳んでもら……」

 サル・シュくんが、板を蹴って真っ二つにした。もう一度半分に折って、布を挟んで畳んで小わきに持つ。

「ナニ?」

「ううん……別に……」

 こういうときのサル・シュくんには何も言わない方がいい。ろくな答えが返って来なくてイライラするだけだから。どうせ、なんでそんなことしたの? って聞いたら、『したかったから』みたいな、そんなことになる。

「これ、ゲンカンに広げてくる!」

 そのままパパッと出て行った。どうするつもりなんだろう? そのままじゃ、壁に立たないよ?

「ハル……これは、シャキのシロだろう? なぜここにある?」

 ガリさんも、リョウさんも、サル・シュくんを放置してそれをじっと見てた。リョウさんは、絵の裏に回って見てる。猫か! そんな、写真みたいに綺麗には描いてないでしょ。

「同盟の書簡の裏にお城があったから、書き写したの。あの大臣さんが、色々言ってくれたんだよ?

 ここで、王様がよく寝てるらしいので、ガリさん、『山ざらい』で崩せる?」

 それができたら、『山ざらい』って大砲みたいなものだよね。チートもチート過ぎる。

「そんな遠くを狙って打ったことはないな? そうだ、ハル、ガリがシロを崩したというのは?」

「ココ。この、門の上の彫像をココから切り落としたって。今の雅音帑(がねど)王が、すんごい頑張って建てたらしくて、凄くショックだったみたい。

 ガリさんが、戦士三千人と、この彫像を切り倒したから、車李は慌てて同盟に来たんだと思う」

「ああ……ここか…………確かに、斜めになってた…………あそこまで、届いたのか? あんな所までっ!」

 リョウさんが、お城の前から見上げたみたいに、上を向いてポカンと口を開けた。

 黙ってるけど、ガリさんが一番驚いてる気がする。

「ガリさんの『山ざらい』って、水平に出すことはできるの?」

 ガリさんの目が、絵から私に移った。ギロッ、って感じだけど、怖くないって教えてもらったから、怖くない…………ううん、怖いです……

「なぜ」

 たまにリョウさんもこうなんだけど、キラ・シの人って、疑問符で語尾が上がらないことが多いんだよね。問いただされてるみたいで凄い怖い。言語としてどうなのそれ。

 ノートに鉛筆で図を描いた。

 棒人間が、右上に刀を払ってるシーン。

「ガリさんはこう、斜めに斬り上げるから、『山ざらい』があっち向いて上がっていくでしょ? だから、羅季の最初の戦闘では、100人しか切れなかったよね。あの時は、ガリさんの居た場所が高かったから。

 車李とは、向こうが高台だったから、大量に殺せたよね?」

「……なぜ知ってる?」

「あの大臣さんが、一振りで三千人殺したって言ってたから。それに、この絵でも、車李のお城は高台の上にあるし、大臣さんが、ここに布陣したって言ってたし、大体、兵法としては、上に陣取るのが有利だから、車李軍は毎回高台でキラ・シを待ってたでしょ? だから、五千も一万も二万も、『山ざらい』で一気に殺せたんだと思う」

 ガリさんが、リョウさんと目を見合わせて、私をみた。

「その通りだ」

「山では、あの範囲に100人以上人がいなかったから、『山ざらい』で100人殺せる、だったけど、車李みたいに密集した陣形を組んでくる軍隊なら、三千人殺せたわけじゃない?

 これを水平に振り切れるなら、敵が高台に陣取ってなくても、三千人殺せるよね? 大陸って平地が多いみたいだから、その方が『山ざらい』の威力が最大になるかな、と思ったの。上に切り上げるから、先端が空に逃げてしまって、どこまで届いているのかわからないけど、水平に出したら、延々届きそうじゃない? どこまで届くのか確認した方がいいと思うし……

 というので、水平に切れないの? って聞いたの。

 意識的に遠くを斬れるなら、もっと凄いじゃない?

 まぁ、キラ・シが下に陣取れば、敵は嬉しがって高台に陣取ってくれるから、振り上げた『山ざらい』で全部さらえると思うけど……」

 ガリさんが、リョウさんが一歩右足を前に出して踏ん張るほど、その背中をバシバシ叩いた。顔は無表情。超無表情。

 でも、なんか、喜んでる?

 ガリさんが、ものすごくふんぞりかえって、自分を親指で指し示した。

「三千が千切れて、驚いたのは、俺だ」

 うっわ……めっちゃ、サル・シュくんに見せたい。なんでここにいないのっサル・シュくんっ! というかっ、ル・マちゃんも寝てるしっ! もったいないっ!

 なにその、全然予想内でした、ってドヤ顔で、『驚いた』って宣言。ナニ? 面白すぎるよ、ガリさん。

「たしかに、敵は高くにいた。わざと合わせたわけではなかったが、そうだな……振り上げた腕と敵の並びが同じだったから、そうなったのか。俺の刀が、あんな向こうまで届いたのか! そうかっ!」

 うわっ…………興奮してるガリさん凄いっ! かわいい……

  

 

  

 

 

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