「馬があるのに?」
ああ、そこ?
「……うん……そうだね。こっちの馬は、ツノがないから、言うことを聞かせられないんだよ」
技術的には、手綱が出てから鐙だよね。
戦車だと、その前だ。そうそうハミがないんだ。ハミが。
馬の口にハミを噛ませて手綱をつける技術がない。……のでよかったかな? いや、戦車はあるんだから、手綱もハミもあるのか? 鐙がないんだな。鐙がないと、キラ・シみたいな脚力化け物でないと馬に乗ってられない。
大体、動物って背中に乗られるの嫌うから、調教も難しいし……
キラ・シって鐙ないのに、乗馬したまま、両手で武器使うもんな。弓まで!
走ったまま弓を射られるのって世界で日本だけかもって言われてるのにさ。
刀を使うのは、馬に座ったままできるけど、弓は揺れてると当たらないから、腰を浮かすんだよね。走ったまま、腰を浮かせて、上半身を安定させて射るの。だから流鏑馬が世界的にも凄いことになってるんであって……
鐙も無い馬で走ったまま腰を浮かせて射るとか、膝から下で馬を挟んでるってことで、化け物筋肉。まぁ……リョウさんだけかなぁ、できるの。あ、サル・シュくんもできるって言ってたな。他の人はできないのかな? 一応、『できる人だけのチート』かな?
三国志時代はもう乗馬してるから、その前。春秋戦国時代ぐらい? だよね、鉄がなくて、乗馬できない。ああ、あの時代か。よく知らないな……私、モノは好きだけど、歴史にあんま興味ないから………三国志も危うい……
「ああそうか…………そう言えばツノがなかったな」
「こっちでいうと、あのツノの無いのが普通の馬で、キラ・シの馬は『カモシカ』って言われる、かな」
「カモシカ? シカ? こちらにもシカはいたな。枝ツノのある小さいの。あの肉はうまかった!」
「そうだね。シカはおいしいらしいね。とりあえず、キラ・シは凄い難しいことを簡単にしてるから、」
「いや……今のキラ・シには、山を降りる寸前に加わった者たちがいるから、そいつらができるかどうかは知らん」
「えっ? 全員キラ・シじゃなかったの?」
「三年後に山を降りる、とガリが宣言してから、50向こうの山からも戦士が来た。降りる当日に、宿敵のキラ・ガンからも、来た」
「宿敵? キラ・シとずっと対立してたっていう?」
「そうだ」
「ガリさんが許したの?」
「来るなら連れて行く、とガリが行った。ガリに襲われて、三つ向こうの山に撤退した族長と副族長達、上位12人だ。村の実力者全員だな。キラ・ガンも、クズばかりになったな」
「大丈夫なの?」
「大人しいらしい。今のところはキラ・シと変わらん。ショウ・キの隊にいる。
髪を剃って耳がないのがそれだ。
ああそうか、一応、子供たちには合わせないようにしてたから、このシロに入れたことはなかったな。山でも一番後ろを走っていたし、ハルは見てないだろう」
「耳が無いって?」
「キラ・シは髪が長いが、キラ・ガンは髪を首辺りで切ってる。
キラ・シは出陣するたびに髪に玉をつけるが、キラ・ガンは耳に刻みを入れていく」
痛い!
「キラ・シに沿う部族は髪を伸ばし、キラ・ガンに沿う部族は髪が短い。共に、出合ったら即殺の目印だ。
髪を伸ばせないから剃ってきた。耳の刻みが見えないように、耳を落として来た。
それだけの覚悟だ。サル・シュも許したから、連れてきた」
「なんでサル・シュくん……が…………あ」
「そうだ、サル・シュはキラ・ガンにつかまっていたことがあるからな。顔を覚えていたようだ。
そいつらは、助けはしなかったが、サル・シュのへの私刑には加わらなかったらしい。ゲス以外がキラ・ガンにもいたのだと、キラ・シは驚いた。
ガリがキラ・ガンに乗り込む前から、その時の族長たちに嫌気がさしていたようだ。それをガリが殺したあと、強いから族長にさせられてしまって、馬鹿なゲスを束ねるのがいやだから全員殺してやろうかと思ったときに、ガリが降りると宣言したから、鍛練に力を入れて、機を待っていたらしい」
やっぱり、膝突き合わせて話はしたんだ。そりゃそうだよね。
「とにかく、キラ・ガンであることがいやだった、と奴らは言っていたな。子供たちにも、隙を見てキラ・シに逃げろと教えていたらしい。子供たちを連れてこられなかったのは残念だと、それだけは嘆いていたな」
「でも、来たんだ?」
「キラ・シも、ガリが居なくなればほぼ違う村になるからな。そうなったら受け入れてもらえないだろうと思ったらしい。自分たちのことで精一杯だった、と。仕方ないことだ」
「キラ・ガンも、サル・シュくんを覚えてるよね?」
「あちらは忘れんだろう。サル・シュはあれだけ神の恩恵を受けた姿だ。誰でも欲しがる」
「神の恩恵?」
「神の恩恵を受けたものは美しい。ガリ・アも、サル・シュも、俺もレイ・カも、な」
サル・シュくんの『美人さ』のことかと思ったら『強さ』だった!
リョウさんは『いい男』だけど『美人』ではないもんな。『現代日本』的に言っても、ハンサムではない。クマとしかいいようがない。
でも、ガリさんがサル・シュくんぐらいの時は、ル・マちゃんみたいな美少年だったのはわかる。そのころはリョウさんもかわいかったんだろうけど。見てみたかったなぁ……なんでデジタルアルバムないんだっこの世界っ! あの時テーブルにスマホ置いたままだよ! ポケットに突っ込んでおけば、通話はできなくても、写真撮れたのに! ただ、電気がどうしようもないからなー……エレキテル作れるかな……? 電気作れたとしてもスマホの端子はどうしようもないしな……リビングのテーブルに充電器はなかったから、ムリか。
「そっか、強いのが美しいんだ?」
「強ければ生き残れる。この世で一番美しいことだ」
ふっふっふふんっ、って熊さんが鼻歌っぽく笑った。ああもう、かわいいっ!
謙遜しないのがいいわ。気持ちいい。私、謙遜されると凄い肚立つから。うまいね、って言ってるのに、そんなことないですよ、って言われたら、私が嘘ついてるっていうの? って言いたくなるから。日本人の美徳だって分かってはいるけど、イライラしたんだ。
キラ・シはソレが無いからすがすがしいし、褒めやすい。
「そういえば、リョウさんのお子さんは?」
「ラキの街にたくさんいるぞ」
「山からのお子さんは?」
「山に残った」
ギュッと抱きしめられた。ナニナニ?
「ガリの子供たちは全員来た。サル・シュに任されたル・マも来た。
だが、俺がガリと出ている間、叔父に息子たちを預けていたが、俺の悪口を吹き込んでいたらしく、帰るたびに嫌われた」
時期的に『初めての子』もその中にいるよね? なんてこと……
「叔父は長老筋だ。それを父と決めたのだから、息子たちはナニ不自由なく生きていけるだろう。どのみち、あいつらにあの崖を降りることはできん。俺と一緒にガリも嫌っていたから、説得の隙もなかったな。山を降りても死ぬだけだ、と長老にも、何度もガリは罵られた」
「本当に、山が二つになったんだね」
「俺は、俺たちは、ガリを信じた。それだけだ」
宿敵の村からさえ、ガリさんを信じて、身を削ってまで来た人が居るのに、キラ・シの村自体の中に、信じなかった人が居るんだ?
「ガリの二人の兄も残った。ガリを嫌ってではなく、信じたから、『族長』を譲ったんだ」
「山を降りるのに族長を譲ったら変なことにならない?」
「キラ・シの山は、キラの山の中で一番東に在る。山を降りるまでは、キラ・シの山は、本山の周りに五つだけだった。
ガリが『キラ・シの族長』の名前で東にいけば、そこから東が全部キラ・シのものになる。実質的に長兄が族長であることは変わらないが、キラ・シの拡大ができるときにするのは賢い族長のすることだ。
それに『ただの戦士』であったガリが山を降りると言っても、これだけはついて来なかっただろう。
戦士がいかない方がキラ・シの村は栄えるのに、ガリを信じたから、ガリにもっと戦士たちがついていくように『族長』の名を譲ったんだ。
『山で最強を誇るキラ・シの族長ガリ・アが、山を降りる戦士を募っている』。その方が、圧倒的に信用が高いからな」
部族全員で山を捨てたのかと思ってたけど、そんな確執があったんだ? まだ山にキラ・シが残ってるんだ?
「そう言えば、車李(しゃき)の招待、なんで断ったの?」
返事はなかった。
ベッドまで連れてこられて、毛布を掛けられてポンポンされた。
リョウさんの部屋に連れて行ってくれると思ったのに……
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