「まぁ、今さら渡したら、嵩にかかって潰されそうだから、もうそうしないと仕方ないと思うけど」
それは、保険の一つにもなってる気はする。
「………………山から降りてきて四カ月の現時点で、来年生まれる子が、多分、一万人ぐらい居るよ? 大陸の一軍の数だよ」
「……イチマンニン……?」
「キラ・シの戦士が200人として、50部族分」
何回計算しても面白い数字だわ。笑ってしまう。
「……50……!」
「このままどんどん増やすの? このペースだと、一年で四万人増えるよ? 二年で八万人だよ? 最初の子供が成人するのが15年後なら、その14年間で60万人になるよ?」
自分で言って、数字の大きさに驚いた。
多分、今の羅季(らき)の国民より人数いるんじゃない?
「ロクジュウマンニン……?」
「キラ・シの…………3000部族分……かな?」
ゼロあってるよね?
「……3000っ!」
さすがのリョウさんが、顔を覆って俯いた。
「お子さんと女性を一緒にってなるとその二倍だよ? 家だけでもその数必要? 一軒に何人も住んでもらうとしても、その家を建てるのも大変だし。
来年だけでも、キラ・シの戦士200人、キラ・シの子供100人に、女性と子供が一万人になるよ?
一カ所に集めるってどこに集めるの? そんだけ集まったら、山の獣じゃ足りないよね? もう、国がないと立ち行かない人数。全員に農業してもらわないと、食料賄えないよ?」
またリョウさんが黙った。
キラ・シには林業はあっても農業はないらしいから、『畑を耕す』というのが今一つわかってない。
「まぁ……もう羅季(らき)というか、こっちがわの半島三つ分は貰ってるんだから、60万人ぐらいは養えると思うけど……逆に言うと、半島殲滅すれば、キラ・シ絶滅なんだよね」
ついでに川向こうのあの荒れ地も、キラ・シなら耕作地にできそうだけどな……そしたら、『河を渡ってくる敵』を確実にストップできる。
今、ナニが怖いって、川向こうに村が無いから、そこから泳いでこられたら大変ってこと。まぁ、上陸際を押さえられれば、簡単にさらえるだろうけど、そのための人数を確保するのがちょっと大変。
とにかく、現時点では、キラ・シの戦士が200人しかいないんだから。その大部分が『制圧』してるから、守るのに手が足りないし、その上に子供の世話が入ってくるとどうしようもない。
「まぁ、あと半年先の話だから、考えておいて」
「ぁあ……それは、当然………………だが、言ってくれて助かったぞ。そこまで考えてなかった」
「……私も、今、計算して数の多さに驚いたわ」
3000部族分……笑い話みたい。
「でもとにかく、そうなったらもう、滅びないよ、キラ・シは」
「15年後まで生きていればな……」
リョウさんが、小さくため息ついた。
「生きてるでしょ?」
「俺とガリが、42才になる。俺たちはそこまで生きておらんだろう」
ぞわっと、鳥肌が立った。
「えっ……じゃあ、どうなるの?」
そうだ、キラ・シはみんな、40まで生きないって言ってた……
「戦士って、半分は似たような年齢じゃない?」
「そうだな……、俺とガリぐらいのが30人は居る。それが10年後ぐらいからいなくなる。まだ、今孕んでいる子供が成人になっていない。15年後でいうと、50人以上死んでるかもな。特に、ガリとかサル・シュみたいな『白い奴』は弱いから大体先に死ぬ」
うわ……ギリギリ! ガリさん、本当に、ギリギリで山を降りてきたんだ?
「『白い奴』ってどういうこと? お髭のない人たち?」
「そうだ。
シル・アが一番白いが、サル・シュも相当白い。ああいう白いのは、30まで生きない」
「サル・シュくん、今、17? 18? 30歳までって、あと13年?」
来年生まれた子供が12歳で、サル・シュくんが死ぬ?
「30まで生きない、だ。シル・アは、20まで、持つかどうか」
「サル・シュくんも、20すぎで死んじゃうってこと? ガリさん、今、27だよね?」
「ああ……だから、ガリは、今すぐ死んでもおかしくない」
うっわ………………
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………………………………………………………………………………
頭が真っ白になった。
あのガリさんが、明日死ぬかもしれない?
遺伝的異常で?
「白いのは、確かに、シル・アさんとサル・シュくんが目立つけど、『白っぽい人』はまだいる。でも、10人も、いない……よね?」
「そうだな、族長のガリが白い、というのが、一番の問題だ」
「そ……そうだね」
「白い人が早めに世代交代するとしても10人ぐらいだから、200人の10人で、5%だけど、それ以外にも、リョウさんたちも……50まで、」
「生きないな」
「……そ……の…………、世代……交代の…………時に……攻められたら…………、終わり…………だよ……ね…………?」
「ああ……特に、ガリの『山ざらい』で助かっているのだから、それがなくなれば、各自100人ずつ相手をすることになる」
ガリさんの弱点出た。
『あと十年生きてない』って弱点! ゲームで言うと、寿命をチートに変換してる感じ。サル・シュくんもそうだ。なんか凄く強い人が白い。
そうだ、ル・マちゃんも、ガリさんに似て白いんだ!
キラ・シの上位五人が、ガリさん、リョウさん、レイ・カさん、サル・シュくん、ル・マちゃん。
そのうち、ガリさんとサル・シュくんとル・マちゃんが白い!
サル・シュくんとル・マちゃんは『第二世代』って言ってもいいぐらい、年が離れてるから、白い人がいきなり三人いなくなるわけではないけど……
でも……
そっか……ガリさんのほうが、リョウさんより寿命短いんだ?
まだ、あんなに若いのに、寿命が、近いんだ?
あんなに、強いのに……『世代交代』が、できるかどうか、わからないんだ?
15年後に子供が50万人いたって、この世界の戦士でも一気に殺せる数だよ。だって、その50万人のうち、半分は、8才以下だもの。
「このまま進んだら、どんどん戦は多くなるよ? その、一番大きな戦の時に、ガリさんがいないかもしれないってこと……?
でも『今』増やしておかないと、15年後の成人が減るから、それもやばいんだよね?」
リョウさんが、黙って何度も頷いた。
今年、何人妊娠させるか、が来年の出産になって、それを全部育てたら、15年後に四万人、キラ・シの戦士が増える。制圧せずに半島だけに固まってれば、安全度は上がるけど、子供の数が増えないんだ? こっちでも四万人ぐらい女の人はいると思うけど……いる、のかな? この時期の人口ってどれぐらいいるんだろう?
出産適正年齢が18から35とすると17年。
この時期の人が50才まで生きるとしたら、その適正年齢は、人生の34%。女性だけだからその半分で、17%かける人口……なんだよね。17%が4万人とすると、全体で幾らになる? 四万人割る17かける100……で、あってる? 人口が24万人いたら、四万人子供が生まれる? それぐらいは居るよね?
制圧されたら女性全員差し出すような形になるのは不思議じゃないし、今、そういう状態としたら、こっち側だけでクリアできてそうだけどな……
ただ、今は、国を制圧したのはこっちがわ三つだけで、川向こうは村を徐々に制圧してるだけだから、一番人口高い街とか城下町はノータッチらしい。
逆にさ、キラ・シの戦士がどんだけセックスできるんだ、って話じゃない? でも、間違いなく、毎日はできそうだもんな。200人が一年300回やったとして、それだけで、6万人か……ただ、妊娠可能日が、長く見積もって一週間として、四分の一。やっぱり、一万五千人ぐらいだ。一年で一万五千人増えるのは凄いんだけど、それで一軍分だし、それが増えるのは、15年後なんだよね。その15年の間、その子供たちを『養育』する手間がかかる。その分の食料も必要になる。
とにかく、初年度だけでも頑張ってもらわないと……だから、今年なんだよね。今年、たくさん妊娠してもらわないと、15年後がやばくて、たくさん子供が生まれたら、来年やばいんだ。四面楚歌!
女性を集めちゃって、サル・シュくんとガリさんに、妊娠する人選別してもらったら、一発なんだけど……って、同じ女でよくそんなこと考えられるな、私。
でも、本当に、今年の妊娠数が15年後のキラ・シに関わるんだよ。ガリさんもリョウさんもいない確率が高いんだから、人数だけは増やしておかないと、一気にやられちゃう。
ただ、女性だけ召し上げたら、今みたいな『懐柔』ではなくなるから、反感は買っちゃうし……
「女性を一カ所に集めることは考えてないの?」
「なぜだ?」
「一カ所に集めたら、サル・シュくんとガリさんが、『今日孕む女の子』見分けてくれるよね? その人達だけ抱けば、効率よくない? とにかく、今年、女の子をたくさん孕ませないと、15年後に大変じゃない?」
リョウさんが、少し目を大きくしたけど、私の頭を撫でてくれた。
「考えないわけではないが……
万が一、このシロに集めるとする。各地からここに集めるだけで数日。女を村に送り出すのにまた数日かかる。女を移動させるのは、最悪、この城の男達にもさせられるが、そうすると『奪う』ことになるから、悶着が起きる。武力が必要になると、キラ・シの戦士が疎まれる」
「やっぱり……そこだよね」
「そうだな。それに、一カ所に集めると食料が問題になる。今だと、女は村で勝手に食べているからな。
キラ・シが行くたびに、獣は狩っていくから、キラ・シが来たからと言って村の食料が減るわけでもない。
だから『疎まれない』で済んでる。
女をずっとシロに置いておくと、村の男達に恨まれるし、食料がかかるから、その分、キラ・シの戦士が狩人として働かなくてはならなくなる。
恨まれて、疎まれて、結果的に、生まれる子の数が多少増えても、損だ。その上で、生まれた子の手間がかかる」
「そっかー…………妊娠の効率を上げたら、そっちがわで損になるんだね……」
「村から人をさらうと戦になるからな。全部の村でそれをして、全部の村がキラ・シ打倒と立ち上がれば、キラ・シは200人だ。ガリの『山ざらい』をかけてしまえば、男が居なくなるからハタケの世話ができんだろう? 結果的に、女も生きていけなくなる」
そうか。
なんで女の人をさらって来ないのかと思ったら『人さらいが戦争になる』ってことを身に沁みてるからなんだ?
こっちの村の人達はキラ・シみたいに強くないから、女の人をさらわれても泣き寝入りだと思うけど、山ではそれで戦争になるから、それがいやなんだ?
山でキラ・シが一番強い、って聞くと、どうしても『好戦的』だと思っちゃうけど、そうじゃないんだよね、そういえば。
『コマッテナイカ?』って人達なんだ、キラ・シは。
戦争をしないから、戦士が生き残って、戦争をしないから、鍛練する時間があって、強いんだ。
「戦って、したくないんだ?」
「しなくていいなら、しないのが一番だ。他の部族を何人殺そうが、キラ・シが一人減る方が痛い」
そういう算数なのか!
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