リョウさんが、グッと拳を握った。
『捨てなくて、すむ』。
その言葉に、力がこもってる。
そうだよね? 捨てたくて捨てたんじゃないんだよね。キラ・シだと生きていけなかったから捨ててただけなんだよね。
捨てたくなんて、なかったんだよね?
「……それだと、どれぐらいが戦士になると思う?」
「十分の一だろうな」
「一万人なら千人。でも、今200人だから、1200人になるよ! 五倍だね!」
9千人が農業とかすれば、大きな村ができる! 女の人には布織ってもらえばいいし……あの、大きな機械は持って歩けないから、アラビアあたりの、携帯できそうな織り機がいいな。あるなら作ってもらえるけど、ないなら私が作らないといけない。あれなら単純だから、できる。
「中には、サル・シュのように、幼いころから強い者が出てくる。それに守らせればいい。
ただ、それにも…………あと五年はかかる……」
大きな、ため息を、リョウさんが、ついた。
「それまでは、生きないとな……」
「自分が死ぬ心配なのっ?」
「30を過ぎれば、どんどん死ぬぞ」
「でも、老衰みたいなものでしょう? そんな簡単に死ぬの?」
「感覚が狂うらしい」
「どの感覚?」
「前の戦では、ここでこう刀を振り回せば、あそこの敵に届いたのに、届かなくなった……とか、刀を妙に重たく感じる、とか」
「30才で?」
「刀が重たいのも問題だが、敵に刀が届かなくなれば、次の刃で殺される」
そっか。
『感覚が違った』ら『弱くなるのを気付く』けど、その『最初の感覚が違った』のが戦場だったら、『殺し損ねる』ってことなんだから、敵に殺されるんだ?
「でも、筋力って、鍛えてればどんどん強くなるって言うよ?」
リョウさんが、腕に力こぶを作って見せた。
「どうすれば、俺はこれ以上強くなれる?」
既にリョウさんの腕は凄く太い。若かったシュワちゃんより太い腕。スタローンは60才でも筋肉凄かったけど、リョウさんの腕はそれより太い。たしかに、これ以上って、人間には無理な気がする。
「ハルが今から少しずつ鍛えれば、死ぬまでにどんどん強くなるだろう。だが、俺やガリは、もう、強さの頂点にいる。ここ二年、弱くなったとは思わないが、俺は、強くなった気が、しない」
老人でマッチョな人は現代でもいるけど、でも、たしかに、普通の老人は、どんどん痩せていく。それにマッチョな老人だって、筋肉が太いだけで『強い』かどうかというとそうじゃないよね。若い人みたいには動けないよね。
『素早さ』が落ちれば、すぐに、死ぬんだ。戦場で。
『素早さ』は現代だって『若い人の特権』だと、みんな理解してる。だから、ゴルフとかのんびりするスポーツ以外は、第一線でいられなくなるんだ。
そうか。キラ・シって『戦いのアスリート』なんだ。
超一流のアスリートほど、活躍時期は、短い。
『40才まで生きない』ってのは、寿命が40才じゃ、ないんだ。そうだ。
40才にはみんないなくなってるってことで、それまでに徐々に死んでいくんだ。
リョウさんもガリさんも、今、27才。三年後から、死ぬのを考えて生きることになる。
なんて速さだろう。『現代』だと、27なんて、まだ子供から脱しただけなのに……
数日後、集められるだけ集まったキラ・シの全員で、リョウさんが話をする。ぎりぎりで、ガリさんが帰って来た。それを待って、玄関フロアに円陣を組む。灯台を消して、真ん中にたき火を置いた。
「子が、来年にはキラ・シの50部族分になる」
それにみんな喜んだけど、次の言葉で目を見開いた。
「どうやって育てる?」
リョウさんが全員を見渡したけど、みんな、目を伏せた。
「三歳までは女に任せるとしよう。そのあとどうする? 一カ所に50部族分の子が集まる。
食い物は? 住処は? 守るのはどうする? どうやって連れてくる?
三歳の子が50部族分だ。一人で放置はできない、歩かせるとしても長くは歩けない。大人が抱いて連れてくるしかない。
50部族分の、子を、ハルは、連れてくるだけで十年かかると言った」
私!
こんな重たい会合で、突然名前出されると胃がキュウッとなるわ。
「そうなの、子供だから、一人の馬に三人のせられるとしても、村からこのシロまで何日かかる?
このお城からは、その、集めて育てる場所まで馬車で30人を一度に移動させたとしても、何日かかる? って話なの。
このお城に50部族分あつまったら、食料も大変だし、寝るところも大変だし、そのうち、30人ずつを馬車で移動させるとして、その、移動先が馬車で10日かかるとしたら、往復20日。30人を運ぶのに20日だから、一万人運ぶのに18年かかるのね」
「18年っ!」
「馬車が一台ならね。二台で9年。20台あれば、一年弱にはなるけど、20台の馬車を往復させたら凄く目立つよ。
3才の子供が数千人居るところを攻められたら、200人の戦士でどれだけ守れる?
羅季(らき)にも何千人かいて、移動先にも何千人かいて、20台の馬車も守らなきゃいけない。どこを攻められるかはわからないから、重点的に守るってことは不可能なのよ。目立たないようにすると、馬車を減らすってことになって、移動させる年数が増えるだけ」
「女がいる」
レイ・カさんが手を上げた。
「どこでもついていく、なんでもする、といっている女がたくさんいる。あれを集めて子供の世話をさせよう」
そうだそうだ、って何人かが頷いてる。
そんな女の人が、たくさんいるんだ?
「他の女が産んだ子まで育てるか?」
「なんでもする、と言った言葉を信じるしかない」
ショウ・キさんが手を上げた。
「俺の女も、ついてくるって毎回うるさいのがたくさんいる。あれに子の世話をさせよう。先に、村を作って、女たちをそれぞれ歩かせればいい。戦士が運ぶ必要がなくなる」
私も手を上げた。
「それじゃ、途中で倒れる女の人出てくるよ!」
「強い女だけ残れば、それだけ強い子になる」
はっ……あっ……………………そう来るかっ!
レイ・カさんが挙手。
「最初から、一年歩く、と言えばいい。無理な女はついて来ない」
それは、凄く、数が限られる気がする……でも、覚悟して出たなら、仕方ないとも言える……けど……
白熱議論になった。子供のことだけじゃなく、全部が全部、ここでリョウさんが喋っていくから、戦士たちがガンガン意見出してくる。
確かに、『言論は平等』なんだ。
ここは古代ギリシャの元老院か、って感じ。
でも、大体は『反論』じゃなくて『どうやったらそれができるか』ってのだから、目茶苦茶にはなってない。実際、コレに反論するとなったら『世話が面倒だから、制圧をやめよう』ってことになる。そんなことは誰も望んでないんだね。
突然、全員が黙り込んだ。
ナニ?
シーン……って音がしたところにガリさんが立ち上がる。
「出陣っ!」
なんでっ!
ガリさんが走ってお城出て行ったのにみんなついていく。
「敵襲っ!」
リョウさんが叫んで、様子を見に来たマキメイさんとかを奥に押し込めた。
敵襲っ? あの議論の末で、戦をするって話じゃなく? 攻めてきたの? 誰が? 車李(しゃき)と同盟を組んでるのに!
「ハル……っ! こっちこいっ!」
ル・マちゃんが階段から私を呼んだ。
「城は俺が守ってやるっ! リョウ・カも行け!」
階段からうかがってる私の目の前で、ル・マちゃんが玄関の前に仁王立ち。
なんて勇ましい……
「え?」
ぐぷっ……って……私の口から、なんか、出た。
熱い、のが……くちびるをあふれて喉にしたたっていく。
背中が、熱い。
「……る……まちゃ…………」
声が、出ない。
ル・マちゃんそこにいるのに、外の大騒ぎで届かない。
お城の中に、敵が……いる…………
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