「はっ……」
「春菜、早くご飯を食べたら? 学校に遅れるわよ?」
母さんが父さんを睨む。味噌汁を飲みながら、新聞を読むの、いつも嫌がるのに、父さんは知らんぷり。いやよね、って顔して私を見て、テーブルにコーヒーを置いてくれた。
「転校早々遅刻なんていやでしょう?」
ここ、富士見台の、家だ。
テーブルに日記。右手に鉛筆。左前に新聞を読んでる父さん。右に、カウンターキッチンから歩いてきた母さん。
ここ……『現代』だ。
えっ? どういうこと?
あ、地震……
「いやぁねぇ……最近毎日じゃない? 幾ら関東に地震が多いからって、震度5がこんなに毎日じゃねぇ…………」
あの日?
これ、あの日の直前?
ちょっと待って?
えっ?
私、夢みてた?
富士山が噴火する、夢?
キラ・シと生活してた、夢?
夢、だった?
大きな揺れと同時に、リビングから見える富士山が、火を吹いた。
夢じゃ、ない……
「なにっ? 地震っ!」
母さんがよたついてテーブルに手をついたところに、窓ガラスが、パンッ、ってこっちむいて割れた。
富士山爆発の衝撃波だ。
咄嗟に日記で顔を覆ったら、目の前にガラスっ! 日記に、ガラスが突き刺さって……っ! うわっ! 私死んでたっ!
同じ。
あの時と同じだ。
なら、父さんと母さんは、今ので……?
父さんの新聞が赤いのだけは、見えた。
私は、また、空中に……
あの時と同じ、コマ送り。
富士山が割れて、地面が引き裂けて、東京の高層ビル群まで倒れていく……あの、時の、まま……
父さんと母さんは、もう亀裂の中。
まばたきしたら、森。
あの森?
キラ・シのいた、あの森?
えっ?
あの世界で死んだら、現実でも死ねるんじゃなかったの?
あのにおい!
「動くな」
リョウさんが、私に刀を、つきつけて、た。
両手をあげて、指を広げる。鉛筆が手から落ちた。
「どこの部族だ?」
「キラ・シです」
「キラ・シ? いつ、ここまで来た?」
「全然……わからないんです……けど、私は、キラ・シの女です」
「女? お前、女か?」
「はい……女です。キラ・シの女です」
ガツガツ歩いてきたリョウさんが、胸と、股間、ガツッ……ってキャァッ!
「本当に女だっ!」
そうですよねー。それしか確認方法ないですよね! 服を脱がされなかっただけでも助かったと思おう…………
でも前、そんな確認しなかったよ!
なんか、キタっ! ガリさんだ、これっ!
「ガリ。キラ・シの女と言うやつがいる。ル・マより痩せてる。食わさないと死ぬぞ……俺のだぞっ、ガリ! いいなっ! 俺のだぞっ!」
そう言ってもらえてホッとした……歴史は、変わらないんだ? 良かった。
「死なないです。そんなに食事に困ってないです。私、元気ですから大丈夫」
ガリさんも、目、まんまる。
「降りるまでは手を出すな」
「それぐらいの分別は持っているぞっ! お前じゃないんだからなっ! 誰がこんな子供に手を出すかっ!」
相変わらずリョウさん、ここで怒るな。
「馬は乗れるか?」
「無理です」
ああ、最近リョウさんお風呂入っててくれたから、このくささが堪える……でも、ちゃんと鉛筆とノートも取ってくれたし、優しさは前と一緒だね。良かった……
まぁ……崖下りで失禁して失神したけどね……二回目でもつらいわ。というか、きっと100回下ってもつらいわ。
でも、今度は叫ばなかったよっ! これで、少しでも、ガリさんへの印象マイナスは低減できたかな?
気がついたら、たき火でリョウさんのお膝に座ってた。
じゃあ、ここで、ル・マちゃんが来てサル・シュくんが来てくれるんだ?
その通りになった。貰った栗は、渋皮をしつこく剥いて食べる。やっぱりリョウさんが後ろで笑った。
「あれが『下』だっ!『大陸』という土地だ!」
羅季(らき)のお城で、ガリさんが吠えるのも同じなら、窓に特攻したのも同じだった。
ガリさんが『山ざらい』して、私達崖の上に逃げて、小さい子にお肉貰った。ハキ・スくんだ。凄い働き者なんだよね。
前はここで色々聞いたけど、全然聞くことない。
「あ、ねぇ、ハキ・スくん。『ガリメキア』って、ナニ?」
「ガリメキア? ガリ族長のこと」
「ガリ族長、って呼ぶときと、ガリメキアって呼ぶ時があるじゃない?」
「……メキアは、えっと…………族長とか長老とか」
「上の方の人ってこと?」
「そう……かな? 族長は、族長だけ。メキアは…………そう! 尊敬するべき人、とか、凄い人、ってこと」
パッと明るい顔でハキ・スくんが笑った。
「ガリさん以外もそう呼ぶの?」
「子からだと、今の戦士はみんなメキア。だから、ガリ族長がその場にいなければ、目上をメキアって呼ぶことはあるよ」
役職じゃなく尊称なんだ?
「サル・シュはねー、メキアって呼ぶの、ガリ族長だけなんだ。前の族長がいたときも、ガリメキアって呼んでた。他の目上はみんなミアだった」
サル・シュくんは本当に、我が道を貫くわね。
「ミアってなに?」
マキメイさんのお子さんもミアちゃんだった。
「ミアもメキアみたいなのだけど、もうちょっと下かな? 自分より年上なら誰にでも使える」
なーるほど。言葉には丁寧語ないみたいに思ったけど、そういう尊称はあるんだ? そう言えば、ミアちゃんの名前聞いたとき、サル・シュくん笑ってたの、そういうのもあるのかな?
もういい? って感じでハキ・スくんが小首傾げたからアリガトウ、って言ったらすっっごいにっこり笑って手を振ってくれた。かわいい。たたっと走っていく。キラ・シって、基本が走るよね。
もうこの先も、あとは一緒なのかな?
気になるのはあの、最後の出陣がどうなったのかだけど、この時の誰も知る訳無いし……
そして、私が怖がらないから馬も暴れないんだよね。
だから、帰って来たリョウさんが、サル・シュくんを殺しかけたあの決闘も、ない。
させた方がよかったのかな?
帰って来たリョウさんが、ル・マちゃんとなんか話し込んでる。私の乗ってる馬はどんどん崖にいっちゃう。
怖いんだけど……
『動くなハル! 馬も落ちたくは無いから、危険な所には行かん!』
前、リョウさんあんなこと言ってたし、大丈夫…………か…………あ…………
馬に、振り落とされた。
グシャッ……て、私が砕ける、音を、聞いた。
「はっ……」
「春菜、早くご飯を食べたら? 学校に遅れるわよ?」
母さんが父さんを睨む。味噌汁を飲みながら、新聞を読むの、いつも嫌がるのに、父さんは知らんぷり。いやよね、って顔して私を見て、テーブルにコーヒーを置いてくれた。
「転校早々遅刻なんていやでしょう?」
ここ、富士見台の、家だ。
テーブルに日記。右手に鉛筆。左前に新聞を読んでる父さん。右にカウンターキッチンから歩いてきた母さん。
三回目……?
え?
本当に、死ねないの?
時間が巻き戻ってるの? どうして?
富士山の噴火、森、……リョウさんが出てきて、崖を下って、ガリさんが特攻して……
ずっと、一緒、だった。
こんな映画見たなぁ……全部夢なのかもしれない。
ダブルドリームっていうけど、もう三回目。
帰って来たリョウさんが、サル・シュくんとなんか話し込んでる。私の乗ってる馬はどんどん崖にいっちゃう。
「助けてっ! 崖に落ちるっ! 助けてぇっ!」
これは叫んどかなきゃいけないんだっ!
「動くなハル! 馬も落ちたくは無いから、危険な所には行かん!」
リョウさん来てくれたーっ! 馬のツノを持って、山肌側に連れて行ってくれた。ああぁああぁあああ……助かったっ! 怖かった! 今度は前以上に怖かった!
「…………おーい、リョウ叔父、報告!
『あの岩』の中、全員死んでる。入っていいんじゃないか? あそこなら、家の中だろうしハルを下ろしても大丈夫だろ」
「そうか、なら、ガリ達が帰ってくるまでそちらに移ろう」
リョウさんの馬に抱えてのせられて、リョウさんの前に横座り。リョウさんの左手が背もたれ。なんて楽っ! リョウさんの右隣に馬を寄せたサル・シュくんが、私にチョコチョコ、って手を振る。私が振り返したら、リョウさんの左手が私の目をふさいだ。
浮気の心配してるリョウさん。かわいい。
サル・シュくんは下へと駆けて行った。
そのあとにつけたル・マちゃんが、馬で歩きながら私の手を取る。
「ハルの手、気持ちいー」
ル・マちゃんのこれもそのままだ。
「油を塗らないと、そのうちカサカサになるんだよ」
「油? じゃあ、これ塗る?」
椿油くれた。そうそう、コレが欲しかった。
「ありがとう!」
私の両手に塗って、それでくちびると顔を押さえて、ル・マちゃんの顔もホッペを押さえてあげた。
「……なんか、頬のヒリヒリがなくなった!」
ル・マちゃんが自分の頬をさすってる。
「油は顔にも塗るといいよ。カサカサしなくなる」
「そうなんだ?」
「おーいっ! リョウ叔父!『あの岩』の中、制圧完了! 移動しようぜっ! なんかすっっごい、なんかあるっ!」
相変わらずのサル・シュくん。
「お風呂入りたい……」
「オフロ?」
「お湯で体を洗うの。せめて体拭きたい。服を洗濯したい……」
聞き返してくれたリョウさんに、お風呂の前知識を与えておく。というか、もう、羅季って聞いた瞬間お風呂入りたいわ、本当に。
羅季城に入って、灯台の悶着とか、待ち伏せとか、マキメイさんとミアちゃんをサル・シュくんと取り合ったりとか、ル・マちゃんが男の人殺したとか、サル・シュくんが女の人の取り分でリョウさんと言い争ったとか、ガリさんが戻ってきたのをリョウさんが追い駆けたとか、『前と一緒』だった。
今頃、お城の上で皇帝たち殺してるんだろうな……これ、止められたら歴史変わるんだろうけど、どうしようもないよね。これだけの間で、リョウさんに話を聞いて貰えるほど友好度上げる隙がない。
あ……山の中で、もっと私が起きてて、話ができればいいんだ? うーん……できるかな。今回でも前回でもずっと失神してたのに……
馬は慣れたから平気、と思ってたけど、体は『現代』まで戻ってるから、直接、お尻痛いし、舌噛むからって、走ってる間中枝くわえてるから顎が腱鞘炎になって一週間はまともに食事もできないし、顎が開いてるから、物凄い頭痛がヒドイ。ナニカをくわえ続けるって拷問の一種だもんな。でも、枝をくわえずに歯を食いしばってたら、歯が駄目になってるはず。どうにかできないもんだろうか。マウスピースになりそうなもの……布? 歯がぶつかるようなのなら、意味がないし、ぐらつかないぐらいつめたら、唾液で窒息できる……難しいな…………マウスピースって凄い発明なんだな。ナナカマドの木を薄くそいだらどうだろう? 歯が欠ける? というか、あの山の上に無いといけないんだから、意味ないよね。
とにかく、そこらへんの痛みと筋肉痛で疲労が重なって、起きてられないんだわ。
この頃は『現代の体力』だから、本当に、弱い。
せめて二カ月前ぐらいに戻してくれたら、ジョギングでもしとくんだけど……あの一分前だと、どうしようもない。
あ、やっぱり、スマホ持ってくるの忘れた!
「なんだ……族長、明日まで帰って来ないのかと思ったのに。他のは?」
「族長だけです」
「あ、マキメイさん、食事お願いできるかな?」
同じ展開になりそうだから、靴より先にご飯を頼んだ。どうせ下ろしてくれないんだから、靴なんか後でいいよ。
テーブル出してきた女官さんに驚いたサル・シュくんが、また指笛!
うしっ! ガリさん降りてくるっ! おなかに力ためて、迎え撃つぞっ!
リョウさんが先に降りてきたから、靴の話をねじ込む。
「今すぐじゃなくていいから、考えておいて。私、歩けるから」
もう、言い募ることはしない。
「ハルすげぇやわらかいっ! いい匂いだしっ、気持ちいいっ! ……あっ」
相変わらずサル・シュくんが私をくんくんして、リョウさんに奪い取られた。
「ハルはどんどん痩せてる。見つけたときでも立って無かったのに、立てるわけがない」
「靴を貰ったら立ってみせるよ。大丈夫。折れたりしないから」
「あそこに放置されて、立てないから動けなかったのではないのか? 飢えてそんなに細くなったのではなかったのか?」
「飢えてたわけじゃないよ」
相変わらず、片手でウエスト持ち上げられた……もう驚かないもん! リョウさんの腕に抱きついて、ネ? って顔を覗き込む。
だってもう、私、リョウさん好きだもん。凄く好きだもんっ!
今度こそ、リョウさんの子供、産みたい。
今日中に、『子供じゃない』って言ってしまわないといけないよね。最初に言っておけば良かった。どういうタイミングで言おう。
今月中に抱いてもらえれば、早く子が産めるし、ガリさんに迫られるタイミングがなくなる。
ガリさんが降りてきたけど、『逃げようとしたら足を斬り落とす』とは、言われなかった。
私、もうリョウさんに抱きついてるし。
「来年は俺のだぞ」
それだけは、言われた。
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