「ガリっ! 向こうに行ったんじゃなかったのか」
「女だな……」
ガリさんが、転がってる死体を眺めて、呟いた。
そっか、『前回』私が失神してたあと、こんな会話があったんだ?
「お前は女と知って殺したわけじゃない!」
「分かってる」
ガリさんが右手を少し上げて、掌を前方から下に押さえるように動かした。落ち着け、ってことだろう。
キラ・シってなにげにハンドサインが多い。現代の軍隊モノの映画でもそうだから、『奇襲する人』ってそう言うのが必要なんだろう。
「あっちでも、戦士たちが女と知らずに女を殺してる。もう、誰も気にしていない」
リョウさんが、すごく安心したように息を吐いた。
いやいや、そこ、安心するところじゃないでしょ。女の人いっぱい殺してるって駄目じゃない!
ああ、でも、羅季(らき)で女の人がいる、って知った後に貴信(きしん)にそれを知らせに行ったから、覇魔流(はまる)は間に合ったけど、貴信は間に合わなかったって言ってたな……ご冥福をお祈り申し上げます。
ガリさんが、リョウさんの右側に馬を寄せて、リョウさんの首を左手で抱え込んだ。コツン、て音がするほど頭を寄せる。
「いつも助かってる、リョウ………………
平気だ。
俺は、こんなことで止まらない」
ガリさんが、凄い綺麗な顔して、ほんのり微笑んでる。
リョウさんにだけ見せる顔?
同じ日に生まれた火と水の二人。
前に、私が失神してる間もこうだったのかな?
あー、写真撮りたい。
ガリさんが、リョウさんの頭をぐりぐり撫でて、バシバシ胸を叩いて、私の頭もぐりぐり撫でた。
ガリさんに頭撫でられた!
今回は、この時点では嫌われてないらしい。良かった!!
階段を駆け下りて行くガリさん。
前は、私が失神した後もまだ居たけど、今は本当に出て行ったみたい。丘を駆け下りていく蹄の音が、あの窓から聞こえる。
馬って、かなりうるさいよね。
「ガリはな、冷たい男では、ないぞ」
リョウさんが、ぱたぱた私の肩を撫ぜてくれる。その言葉も、前と一緒。場所は違うけど。
「うん……わかってる…………リョウさんが好きな人だもんね」
たしか、こう答えたよね、私。
一瞬、肩を撫でてくれていた手が止まった。これも、前のまま。
「ネスティスガロウネスティスガロウッ! うるせぇっ!」
奥でル・マちゃんが怒鳴った。ナニナニ?
あ、死体を、もう窓から捨ててるっ!
「ネスティスガオウ……って、ナニ?」
「ネスティスガロウ、だ。キラ・シの、呪いの言葉だ」
呪いっ!
「あんな、怒鳴ってていいわけ?」
「普通は怒鳴らん」
まだ向こうでル・マちゃんがそれを怒鳴ってる何度も何度も。
「『お前は地の底で永遠に苦しめ』という、呪詛だ」
ナニソレ怖い。
「人指し指で相手を四回突き刺して発すれば、相手に呪縛をかける。今のル・マのように、ただ口にするだけだと『近寄ってくるな』ということだな。
ル・マは死者の声が聞こえるから、色々言われているのだろう」
イヤーッ!!!
ナニが聞こえてるのーっ!?
大変だな、巫女さんって! そりゃ、ガリさんに一瞬で殺されたなら、恨み言はみんなあるよね。そんなもの聞きたくないから、聞けなくて良かった……
「軽々しく言ってはならんが、言わねばならん時が在る。だから、子供の頃に教わるんだ。
ハルも、変なものを見つけたら唱えろ。放置すれば忍び寄られて、『その世』に連れて行かれる」
「わ……わかった……『その世』って、地獄?」
「ジゴク?」
「……えっと…………地面の下にある、罪を冒した人が永遠に苦しむところ」
「似てはいるな。
前世で『この世』に産まれて、『この世』で死ねば『あの世』に行って、今世で『この世』に産まれる。
『この世』で変なことをすれば『その世』に落ちて、二度と『この世』には戻れない。永遠に魂が凍てつくところだ」
宗教観が違うから『地獄』も違うんだね。でも、多分、扱いは地獄だよね。
「ネスティスガロウね……私が言っても効き目あるのかな?」
「ハルはキラ・シの女だ。もちろん、守られる」
確かにそんなこと言ったけど、キラ・シの血は流れてないからなぁ……
念仏みたいなものと思っていいのかな。
階段を下りていくリョウさん。ル・マちゃんはなんかガツガツやってたけど、後から駆けてきて、踊り場で追い抜かして行った。怖い怖い怖い! なんでこんな狭いところでそんな無茶するの! 暴走族かっ!
いや……暴走族なんだな。そうだ。
『若い子が無茶をする』って古今東西一緒なんだろうな。
玄関に出たら、もうお料理ならんでるっ! あーっ! おなか空いたっ!
相変わらず『からあげは飲み物です』やってるサル・シュくんとル・マちゃん。私は、マキメイさんに、羅季巻きを山ほど作ってもらって、そのお皿を抱え込んだ。他はどうぞ食べてください。
ああ……北京ダック食べ放題とか……幸せ…………
マキメイさんが私を見たから笑ったら、彼女もニコッと笑ってくれた。
よかった。またあの関係ができそう。
さぁ次は、お風呂ですよ!
「マキメイさん、お風呂あるよね? 入れる?」
「……ぁ……はいっ! もちろんですっ! いつでも入ってくださいっ!」
拳を握ったマキメイさん。『是が非ともっ!』って色が見えてる。服と、部屋の用意を頼んだ。それと靴。
さぁ、どうやって誘おうかな。
「リョウさん、奥に、体を温めて綺麗にする、お風呂っていうのがあるんだけど、ル・マちゃんと二人で入ってきていい?」
「オフロ?」
「ル・マちゃんも体あたたまるよ」
「別に寒かねーよ」
「女の人は温めた方がいいんでしょ? リョウさん、サル・シュくん見張りにしてくれていいから」
「なんで見張りだよっ! ル・マがするならするっ!」
「行ってこい」
「やだよっ! ここにいる!」
「リョウさん、私、床に降りるよ? いい?」
靴を履かせてもらったので言ってみた。リョウさんイヤそうな顔したけど、別に腕が引き止める風じゃなかったら飛び下りようとしたら、慌てて抱き留められる。
「勝手に降りるなっ!」
「ごっ……ごめんなさい……」
前の癖でつい……
だって、乗るだけなら乗れるようにもなってたんだもん。でも今だと体ができてないから、確かにやばかったかも。
リョウさんが降りて、私を抱き下ろしてくれた。その時に、その太い首に抱きついて、頬にチュッ、てして、地面に立つ。リョウさん、頬を押さえて不思議そうな顔。キス知らない? まぁ、キラ・シにそんな習慣なさそうだよね。
ん……ちょっとあちこち筋肉痛残ってるけど、歩けるよね。サル・シュくんも馬を下りた。ル・マちゃんはまだ乗ってる。
「ル・マちゃんは、私のこと、守ってくれないんだ?」
かわいこぶってみたら、ル・マちゃんがウッ、てなってた。なにその『うっ』って。
「俺が守ってやるぜ、ハル! 任せとけっ! ル・マは女守るほど力無いからっ! しょせんは五位だしな!」
「ふざけんなっ!」
ル・マちゃんが降りて走ってきた。私の腰をがっつり抱き寄せる。
「ハルは俺と二人でってんだよっ! 引っ込んでろ!」
ん? なんか、雲行きが怪しくない?
なにがおかしい? まぁいいか。二人の罵り合いはいつものことだから。ル・マちゃん、相変わらず、ナイトだよねぇ。
サル・シュくんが超スパダリだから目立たないけど、ル・マちゃんもスパダリ素質バリバリなんだよ。生理の時は、『かわいい妹』なんだけどね。ああ、そうか、キラ・シ全員スパダリなのか。
もう、恥ずかしさもないので、パッと服を脱いで、入念にかけ湯してお風呂に入った。
「あー…………気持ちいい……」
家のお風呂で気持ちいいと思ったことなかったけど、これは何回入っても気持ちいい。
温泉好きとかおばあさんの趣味、と思ってたけど、違うわ。疲れてると凄いわかるわ。現代だと肉体的に疲れるなんてこと、殆どなかったから気付かなかったんだな。それでいうと、キラ・シは体力あるから、あんまりわからないかもね。
なんだっけ? お湯の成分とかもあるけど、液体に入って、浮力で体が浮くのが楽なんだって。その分、体重を支える力が減るから。
今、身動きするとあちこち筋肉痛で痛いから、浮力助かる。
「これが気持ちいいのか? ハル」
「うん、ル・マちゃんも、早くおいでよ」
「ちょっと待て。裸になるの、大変なんだ……」
あら? 何も言わずに毛皮脱いでくれるんだ?
全部脱いだル・マちゃんに、かけ湯!
「マキメイさんっ! 掛けて掛けてっ!」
「はいっ!」
女官さん全員で、ル・マちゃんが壁にあとずさりするほど掛けた。
「攻撃じゃないよっ! お風呂の作法っ!」
ル・マちゃんが刀抜いたから、私はすいーっと奥に逃げる。
「そのまま入っちゃいけないんだよ。外でお湯を掛けて、体の汚れを落としてから入るの」
それでも凄い垢浮くだろうけど、しないよりまし。
「あ、マキメイさん、その服、虫いるから! ベルト以外捨てちゃって! 着替え、あるよね?」
「はっ……はいっ! 着替えもございます!」
「ほーら、ル・マちゃん綺麗になったー、おいでーっ!」
何度も足と手で温度確認してるル・マちゃん。その間に、マキメイさんに温石帯、と温石を作ってもらっておく。お風呂上がりに冷えちゃうからね。
入ったル・マちゃんの体を洗ってあげる。
「なんかはがれてる……」
「うん、それが、汚れ。ル・マちゃんの体についてた汚れなんだよ」
ホントに、ボロボロ落ちる。古い壁が落ちるみたいに。
「なんかっツルツルになったっ! ハルみたいっ! ……や……ハルのほうがツルツルだ…………ツルツルだ……」
私の頬を撫でてうっとりしてるル・マちゃん。
「ル・マちゃんも、毎日入ってるとこうなるよ」
「俺もっ!」
凄い嬉しそうなル・マちゃん。やっぱり女の子だなぁ。綺麗になるのは嬉しいよね。
「おーいっ、ル・マー、なにやってんのっ! 入れろよーっ!」
女官さん三人が押さえているドアを、サル・シュくんが叩いてる。
マキメイさんに彼を入れてもらった。
「なにこれっ! ル・マ、毛皮は?」
サル・シュくんは前と一緒。ちゃんと毛皮脱いで飛び込もうとしたから、かけ湯合戦! 二人がお風呂で遊び回ってる。
リョウさんは突き飛ばして、キラ・シも入れてもらった。
一仕事終えた気分。すがすがしいっ!
キラ・シが全裸で城中掃除してて、何回見ても笑える。
「そうだ、サル・シュくん。キラ・シって家の掃除どうしてるの?」
「ソウジ?」
「えっと……こんなふうに、綺麗することをキラ・シではなんて言うの?」
「部屋をさらう」
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