【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。68 ~『ゼロ』の概念~

 

 

『さらう』っ! これも『さらう』っ!『さらう』万能だな! 殺すのも掃除するのも同じ単語なんだ?

「さらうときに、ゴミを捨てるでしょ?」

「ゴミ?」

「いらなくなったもの」

 ゴミがないってどういうこと?

「骨は囲炉裏に入れる。使わなくなったものって………………刀は打ち直すし……」

「それ以外のいらないものは?」

「いらないもの…………」

 小首傾げるサル・シュくん、かわいすぎるっ!!

「『いらないもの』は、わかるよね?」

「だから、骨は囲炉裏に入れるって」

「骨を囲炉裏に入れたら、はじけない?」

「それを避けるのも鍛練」

 鍛練なんだ?

「使わなくなったもの、ってあるよね?」

「……弓を作り直したときに、古いのが出たりとか?」

「そうそう、そういうの」

「囲炉裏に入れる」

 ああ……全部燃やすんだ?

 そっか。ダイオキシンが出るようなものつかってないからそれでいいんだ? そっか。

『不燃ゴミ』ってのがどうなるのかと思ったんだけど全部『燃えるゴミ』なんだ。そうだそうだ。

「家の中で出たいらないものは囲炉裏、外なら、山に投げる」

 たしか北海道も、『捨てる』が『投げる』じゃなかったっけ?

 キラ・シが使ってるのは全部自然由来だし、200人ぐらいなら、たしかに、山に捨てても分解されるよね。そっか。

「投げるが不用品をあっちにやることなら、本当に投げるときはどういうの?」

「ん?」

「例えば、あの戸口にリョウさんがいたとして、右手に果物持ってて、それをこっちによこして……とかの時」

「そこまで行けばいい」

 そうか……フットワークいいもんな。

「こう、渡してくれってことか?」

 サル・シュくんが投げるポーズする。

「そうそう。投げて、って言ったら、捨てられちゃうよね?」

「いるから持ってるものを投げろって言われて、捨てる奴はいない」

「ああ……そうだね」

 そっか。これも文脈とか、場合に寄るんだ? そりゃそうだけど……文脈が広すぎる……

「リョウ叔父が右手に持ってるものをそこからこっちによこせ、って言うなら……」

 サル・シュくんが自分の右手を広げて、その真ん中を左手の親指でつつく。そのまま、掌をこちらに向けて、おいでおいでしたあと、掌をあっちにむけた。

「はうっ……」

 誰かがサル・シュくんのそのポーズを見てたらしく、雑巾が飛んできた。サル・シュくんも笑いながら投げ返す。

 あっちは顔面に雑巾くらって、壁にぶつかってた。というか…………時速160キロ超えたでしょ、今の。

「サル・シュくん……速いよねぇ……」

「おうっ! 速さだけなら二番目に強いぜ!」

「一番は誰?」

「ル・マ」

 ああ、そんなこと、『前』も言ってたね。

 すっごい、いやそうな顔して…………

 ル・マちゃんが生理の時だけ、スピードが落ちるから、ちょっかい出しまくってたんだよね。

「最近は、走り続けるだけなら俺がそのうち追いつくけど、短い間なら絶対無理。木に登るとか、岩に登るとか、少しならル・マのが速い」

「少しの間ってどれぐらい?」

「山一つぐらい」

 それ、短くないなぁ……

「最近っていつから? その前はずっとル・マちゃんが速かったんだよね」

「血の道が始まってからだな」

 そらそうだ。

「あれから、あいつはどんどん弱くなってった。毎月、四日ぐらい動けないし……」

 その間、がっつり抱き込んでるくせに……

「ハルもそう?」

「なにが?」

「血の道始まってから、弱くなった?」

「……うーん……私は、それまでも強くなかったから、始まってから弱くなったとは思わないけど、えっとね……子供の頃は、女の子の方が成長が速いんだよ」

「成長が速い? なんで?」

「なんでといわれても、そういう体の作りだから。

 だから、小さいころはなんでもル・マちゃんの方が早いし強かったでしょ?」

「そう」

「男の人の方が成長が遅いから、あとから女の子は大体追い抜かれるんだよ」

「それって、どの男も女も?」

「うん、大体はね」

 いつのまにか、後ろにいたリョウさんに抱きしめられた。

「ル・マが弱くなったのは、ル・マのせいじゃ、ない?」

「違うよ。

 弱くなったんじゃなくて、サル・シュくんが強くなったの。女の子は、子供を産む準備をする分、早く成長して、体を作り替えるの。その間、どうしても弱くなっちゃうんだよ」

「体を作り替える?」

 サル・シュくんの白い顔で、驚いたみたいに目を大きくすると、本当にお人形みたいで美人さん。

「ここ、おなかの中に子供を産む袋があってね、それが、子供の頃は小さいんだけど、どんどん大きくなってくるの。その大きくなるのがみんな一緒じゃなくて、血の道の時の苦しさが変わるのね。

 前に膨らんだら、おなかが痛いし、後ろに膨らんだら腰が痛くなるの。真ん中にぴったりあると、あんまり痛くないみたい。私のお母さんとか、全然痛くなくて、痛い私が嘘つき呼ばわりされた。

 その間、あまりに痛すぎて自分で死んじゃう人も出るんだよ」

 サル・シュくんがさぁっと青くなった。

「ル・マちゃんは、それだけ弱くなったなら、凄くつらいんだよね。多分、子供の袋がどっちかにかたむいちゃったんだろうと思う」

 ル・マちゃんはおなかが痛むようだから、前屈だろうな。

「それ、どうにかできないのか?」

「今は無理かなぁ……」

 現代なら、手術で治せるらしいけど。

「その間、俺、どうにかできない? 楽になるようなこと、できない?」

 本当にスパダリだな、サル・シュくん。

「無理させずに温めることぐらいかな」

 サル・シュくんは、この時期にわざわざル・マちゃんにちょっかいを出してたから、どうだろう、ル・マちゃんはそれをよく思ってたんだろうか?

「ル・マ、その時、馬に乗るどころか歩くのもできなくて転がってウンウン言ってるだけなんだ。どうにかできない?」

「今回、私もそういうのだから、温めるために準備はしてもらったし、ちょっと楽になると思うよ」

 あからさまに、サル・シュくんがホッとした顔をした。

「女の子はね、血の道がついたからって子供が産めるわけじゃないんだよ。

 最初は、子供を産む鍛練をするために血の道が何回も出るの。その鍛練が足りない間に子供を産むと、お母さんごと、子供も死んじゃうんだよ」

 また、サル・シュくんが青くなった。

「それ、何才ぐらいまで?」

「16才以上かな……」

 法律でそうなってるから、ギリ大丈夫なんだと思う。

 サル・シュくんがリョウさんと目を見合わせたみたい。

「去年、俺の子を産んだ女、すぐに死んだ。たしかに、血の道がついてすぐだった」

「……残念だけど、子供を産む、って凄く大変なことなんだよ。

 この時代だと、子供を取るか、お母さんの命を取るか、ってよくなるから」

 出産が比較的安全になったのは現代の、ほんの最近だけ。ソレでも、死産とか、あるから、産婦人科はよく訴えられるからか、どんどん減ってるんだよね。

「だから、ル・マちゃんはそれを分かってるから、子供を、今は産みたくないんだと思うよ」

「そっか…………来年か……」

「いやいや、キラ・シは数えで年齢出してるから再来年だよ」

「今、16って言っただろ?」

「それは、私の方の数え方」

「ハル、キラ・シの女だって名乗ったんだろ?」

 しまった……『私の部族では』が使えなくなった? あそこでキラ・シって名乗っちゃいけなかったんだ!

「私の家では、数え方が違うの」

「どう違う?」

「キラ・シは、産まれて一才、年が明けたら二才、じゃない? あとは年が明けるたびに、三歳、四才、違う?」

「産まれて一才、次の勝ち上がりの時に二才だ」

 ああ、日本の『数え年』でもないんだ?

「とにかく、私の年の数え方で16だから、それでいうとル・マちゃんは今14才だから、あと二年後」

「二年っ!」

「じゃあ、ハルは、どう数えるんだ?」

「産まれた年はゼロ才。次に生まれた日まで来たら、一才」

「ゼロサイ?」

 そうだよね、この時代『ゼロ』の概念がないんだよね。『現代』でも、インドの、600年ぐらいって言われてるから。日本だって、『生まれて一才』だった。

 現代は、生まれたときがゼロ才。次の誕生日で一才。

「産まれて一年で死ぬ子が多いから、生き残ったら初めて一才、って数え出すんだよ」

「ああ。確かに……」

 リョウさんが頷いてくれたのを、サル・シュくんが、ふーんって顔で見た。

 嘘八百だけど、言い逃れ、効いたみたい。

 実際、『現代』の新生児死亡率は高くないけど。いい感じの言い逃れだと思う。

「だから、私は今17才だけど、キラ・シだと、18になる」

「18っ!」

 リョウさんが跳び上がって、サル・シュくんが笑った。

「子供じゃなかったのかっハル!」

「ああ……うん、いつ言おうかと思ってたけど……」

「ハル、10日前に孕み日来てる、って言っただろ。まぁ、あの時は崖下り中だから、しちゃ駄目だけど」

 サル・シュくんがリョウさんの肩を叩いてゲラゲラ笑う。そんなこと、言ってたんだ?

「……それは、ガリからも言われたが…………まさか、こんな小さいのに?」

 ガリさんも? 怖い二人だな……

 というか、そんな前から分かってたんだ? 前も? 前は、あの、橋を渡るときにばれたのかと思ってた。

「ル・マちゃんは駄目だけど、私はちゃんと、産めると思うよ」

 私のおなかを抱いてるリョウさんの手を、両手で抱きしめて見上げる。すっっごい、リョウさんの脈拍が速くなった! つられて私もドックンって心臓が爆発したみたい。

  

 

  

 

  

 

  

 

 

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