【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。70 ~十分チート~

 

 

 

 

「う…………、うん……………………ずっと、ル・マちゃんと一緒にいる」

 リョウさんが、ギュッと抱きしめてくれた。そのままの勢いで、「リョウ・カ!」って、自分の馬を呼んで乗り上げる。

「近くには居る。ガリが負けたら、この笛を吹く」

 ピピー、って、小さく吹いた。『副族長の元へ来い』の笛だ。

「俺はそのまま南へ走る。みんなついてくる。

 この城にシャキの戦士が来るだろう。おとなしく、言うことを聞いて、生き延びろ」

 多分、ガリさんは勝つけど、うん…………万が一は、あるものね。

 あの、私が殺されたときまで同じ歴史かと思ってたのに……少しずつ、違う。

 怖い……

 初めてこの世界に来たときと同じぐらい、怖い。

 でも、これが普通なんだ。

 最初はこれでいつも震え上がってた。

 今回は、『知ってるから大丈夫』と、どこかで思ってた。

 違うんだ?

 ちょっとずつ、違うんだ。

 そりそうだよね。

 前と、一分一秒同じタイミングで同じことをしてるわけじゃぁ、ない。

 だから、歴史も変わるんだ。

 今、これだけ変わったら、あとも、それに伴って『ワニの口』状態で変化の差が開いていく筈。

 気を引き締めなおさないと、キラ・シの足を引っ張ることになる。

「マキメイさん。絵を書く用意をしてくれる? 大きな画板をたくさん」

「今ですか?」

「うん」

「移動は?」

「私達はこのお城に待機。ガリさんが車李(しゃき)に負けたら、リョウさんは南へ走るから、私達は車李の援軍に助けて貰え、って。蛮族が来ておびえてただけ、ってふうにしてろ、って」

「サル・シュ様も?」

 マキメイさんが青ざめて聞いてきた。

 ああそうか、昨日、サル・シュくんに抱かれてるんだ?

「うん。キラ・シと、このお城の人達は関係ない、ってふりをする。車李が、来たらね」

「車李がこなければ、ここはキラ・シのものですよね!」

「そうだね」

 くちびるをかみしめて、マキメイさんが拳を胸に握りしめた。

 彼女もすでに、『キラ・シの女』なんだ。

 この時から、そうだったんだ。

 できることはできるだけやってしまおう。聞いてからとか言ってたら時期を逸する。

 画板が幾つか玄関に運び込まれた。

 この時点で、大陸全部の地図があったら、随分違うはず。

「そういえばマキメイさん。この画板って、なんでこんなすぐに用意できるの?」

「陛下が絵をよく描かれましたので、色々な大きさの画板を常に用意しております」

 そうなんだ?

「もしかして、このお城に陛下の絵がたくさんある?」

「倉庫の奥とか、お部屋に飾ってありますよ」

 それは、現金収入になるよね! 陛下ありがとうっ!

「この大きなお城は、どこのお城ですか?」

「車李の王城だよ」

 大陸全図書いた、車李の王城書いた、羅季(らき)周辺書いた。あとは、車李周辺とそこまでの三枚。車李から南、留枝(るし)周辺が5枚。後はまぁ、まだ制圧してないから、その都度書いていけばいいね。

 大陸全図を書く前に、お城の木工職人さんに、『縦型引き出し式収納』の仕組みを教えて、部品制作を開始してもらった。

 あ、指笛だ、北から南へ繰り返されてる。

 外に出て耳を澄ました。

 これは『制圧』だ。勝った! ガリさん勝った!

 リョウさんが、お城に駆け込んできた。

「勝ったっ! ガリが勝った!」

 走ってる馬からリョウさんが駆け下りてきて、そのまま玄関に私を抱き上げて叫んだ。

「マキメイ! 昨日の、フロの用意をしろ。すごいのが来るぞ! ………………なんだこれは」

「『下』の地図」

「チズ?」

「どの部族がどこにいるかを絵にしたもの」

「エ?」

「こういうの。

 ここが羅季(らき)の王城、ここね。貴信(きしん)、覇魔流(はまる)、詐為河(さいこう)、詐為河の橋」

 相変わらず驚いてくれるの、嬉しい。

「なぜ、こんなものがここにある」

「私が書いたんだよ」

「どうやって」

「どうやってって………こうやって」

 筆で村の位置に×をつけてみたら、その筆を取り上げられた。

 そっちっ!

 筆を見て、地図を見て、反対側の壁に車李の王城があるのにビクッと跳ね上がった。

「これ、車李の王城」

「なぜ……こんなものが描ける」

「前に来たことがあったから。覚えてた」

「あーっもうっ! やることなかったっ! 出ただけ損した!」

 サル・シュくんがぷりぷり怒りながら入ってきた。

 それに、ル・マちゃんが抱きつき、マキメイさんとかあと五人の女官さんが周りを囲んだ。

 彼はル・マちゃんを抱きしめ、マキメイさんを抱きしめ、他の人達みんな抱きしめて頭なでなでするサ。

 ……三人じゃなかった?

 そういえば、あの、大量に獣を取ってきたときに六人居る、内緒にしろ、って言ってたね。そのあと手を出したのかと思ってたら、初日に六人抱いてたのっ! どんだけ手が速いんだ!

「ああっ! お風呂の御用意をしませんとっ!」

 赤い目をしたマキメイさんが、女官さんに指示を出していく。本当に働き者だ。

 ふとサル・シュくんを見たら、ル・マちゃんを抱きしめて、がっつりキスしてた。

 1、2、3、4、5、……はがれそうにないな。

 なんか……キター!

 ガリさんっ! なんで?

 サル・シュくんが、ル・マちゃんから二メートルぐらい飛びのいた。

 ガリさんが居るところではいちゃつかないんだ? でも、5分以上キスしてたよね。

 ル・マちゃんも、サル・シュくんを抱きしめてた。

 やっぱり、好きなんだよね?

 というか、ガリさん。川向こうにそのまま行っちゃったんじゃないの?

 うわっクサイ! ガリさんがクサイ!!

 リョウさんが大きなくしゃみをした。

 そのまま私を床に下ろして、ガリさんを担ぎ上げてお風呂に突っ込んだ。今度は問答無用だ。みんなが、ガリさんの部隊をお風呂に連れて行く。

「服がクサイっ! マキメイ、替わりをくれっ!」

「はい、ただいまっ!」

「あのフロに外から入れんのか? いちいち玄関が臭くなるっ!」

 ガリさんを担いだ服をくんくんして、着替えるリョウさん。清潔に目覚めたな!

 においで敵にばれるとわかったら、無臭で居たいよね。

「それで、ハル。このチズで、ハシの向こうはどうなってる?」

 そっか、三年ぐらい前に来たとき、橋は渡らなかったんだ?

「そこの橋を渡ったあと、黄色い川を渡って、延々荒野だけど、村や街はあるから、そこをたどると車李にいける」

 車李ってわざと、真っ直ぐ街道作ってないよね? この村からは、目視で村が見えなくなるんだ。キラ・シみたいに『知らない』と進めなくなるっぽい。私も前回、このお城から出たのは、橋の向こうまでだし、ちょっとわかんないよね。

 キターッ!

 黒い服着て出てきたガリさん。ズボンも履いて、手にナニカ巻きながらリョウさんの隣に立つ。玄関に入ってきたときから、目はずっと地図を見てた。

「リョウさん、ガリさんに、あの気配、消してって言って…………凄くおなかが痛くなるの……あれ、女の人には苦しいよ」

「そうなのかっ! ガリっ! 消せ!」

 ガリさんが気配消してくれて、楽になった。

「ハル、そんなにつらかったのか?」

 リョウさんが頬をなでなでしてくれる。

「うん、凄い、あれ、キツイ。ねぇ、マキメイさん」

「あ……ああぁ……ハイ。

 いつもなんなのかと思っていましたが、あのかたが発してらっしゃるものだったのですか?

 それは、もう、ない方が助かります。心の臓が止まりそうです……

 さっきもそこで、年かさの女官が倒れました」

「女が倒れただとっ! それはいかんっ! ガリ、それは、戦い以外ではずっと消していろっ!」

 クロス翻訳してたから、ガリさんにも話は通じたらしい。こっくり頷いた。

 意味も分からずお風呂に投げられて、虫が内臓破るとかリョウさんに脅されて、今またリョウさんに怒られて、少し気配が弱くなってるガリさん。かわいい。

 スピッツが濡れ鼠で細くなったみたい。

「リョウさん、ガリさんに地図の説明してくれる?」

「そうだ、それだ」

 ガリさんには、リョウさんを通せばちゃんと聞いてくれる。何度かガリさんが私を見るたびにドキッとするのは、仕方ないよね。目が怖いのは一緒だもの。

「それで、ガリさんが、この橋を壊したでしょう? 他に、あちらで見たもの教えてくれる?」

「なぜ知ってる」

「ナニを?」

「ハシを壊したと」

「ハシを壊した? なぜ」

 リョウさんもまだ聞いてなかったの?

 えっ、これ、やばくない?

「他の戦士が来ないように、ハシを壊した。

 だが、リョウにも言っていないのに、なぜハルが知ってる」

 うっわ…………どうしよう……

「あの橋、古かったから、ガリさんたちが駆け抜けたら持たないと思ったの」

「そうだ、ガリ。ハルはこのあたりに前、来たことがあったと言っただろう。そんなことどうでもいいから、早く、あっちの様子を教えろ」

 リョウさんありがとうっ!

 ただ、そういうところに気が止まるのは、さすが族長ってことだよね。これ、気をつけないと、凄く大変なことになるな。

「ここに、村があった」

 ガリさんが、のったりとした動きで地図を指さす。親指じゃなく、人指し指と中指の二本。

『あっち』を指し示すときは、掌全部揃えてたけど、近くだと二本指なんだ? 前もそうだったかな、なんか、バツ描くの必死で見てなかったな。

 この時点で、ガリさんが戻ってきてるのが、前と違う。これは、今晩の羅季城脱出も、無いかもしれない。それは、大きく歴史が変わるよね。

「それと、ガリ、この河が、人が渡れる浅さらしい」

 あの車李の使者以外はそこを通ってきてなかったけど、あの、私が死んだときの攻撃は、ここからじゃないかと思う。

「しばらく、敵はおらんのだろう?」

「あの鎧のにおいは、しなかった」

「鎧のにおい! それって、どれぐらいからわかるの?」

「風下なら、三日ぐらい向こうだな」

「三日!」

 この時代の進軍って『一日一舎』だったよね? 10里だっけ? 一里四キロとして、40キロ。かける、三日分。120キロ! 東京駅から富士山までが、約100キロ! 東京駅にいて、富士山より向こうに集まってる敵がわかる? どこまでチートなの、ガリさん。

「いや、ガリのこれは、においじゃない、勘だ」

「勘ではない」

「当てずっぽうとは言っていない。だが、孕み日と同じで、お前しかわからないものだ。キラ・シの全員がそうだと、ハルが考えては困る」

「……孕み日がわかるのって、ガリさんとサル・シュくんだけなの?」

「キラ・シではな」

 やっぱり凄いチート!

 なんでこの二人、そんな凄いの?

「キラ・シが分かるのは、一日前までだ」

 それでも40キロ先ですけど! 十分チートだよ!

  

 

  

 

  

 

 

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