【赤狼】女子高生軍師、富士山を割る。72 ~『神様』っていいワード~

 

 

 

 

 ゴメン。説明するのがめんどくなった。

 だってそんな、流体力学とか地勢学とか天文まで知らないよ!

 それに、詳細に説明したって、どうしようもないでしょ? 川の流れを変えたいとかいうなら、説明するけどさ。来るんだから。

「……そうか」

 納得してくれたらしい。

『神様』っていいワードだな!

 キラ・シって、ナニゲに信心深い。人間の力がすべてで、神様とか信じない、とか言うかと思った。

「毎年2月と8月頃らしいから、ここにいたら見られるよ……て、今は水が引いたところってこと?」

「今回は短かったので、一カ月ほど前です」

「今は何月だ?」

「九月だって」

「九月?」

 ああそうだ、キラ・シの暦って違うんだよね。

「キラ・シでは今何月なの?」

「6月だ」

 二カ月遅いんだ? あれ? じゃあ、春分の時期にお正月?

 いや、こっちの正月が現代と一緒かどうかがまずわからないな。

 現代だと、私は二学期始まってから転校してるから、こっちに来たのが9月四日だった。一カ月ぐらい山下りしてたはずだから、現代なら今は十月位じゃないとあわない。ただ、ここが『地球』なのかどうかがわかんないしな。

「キラ・シの新年ってどういうの?」

「東の、一番深い谷から太陽が出るときだ。雪があまり降らなくなったときだな」

 天文学は発達してなさそう。

 天文学とか服飾って、『ヒマな人』がいないとできないよね。

 キラ・シは、命をかけて『強くなる』ことに全力をかけてるから、戦争以外のことは本当に、ザル。たしか『縄を編む』技術もないんだよ。動物の腸とか、鶴で代用できるから。

 たしかに、農業やってないと『細長い枯れ草』をたくさん集めるっことがまずないから、そうなるのかな。

「明るくなる前に高い山に登って、朝日を見る。去年獲った獣を神に感謝する。もっと大きな獣を狩れるよう、勝ち続けられるよう、祈る」

 牙のネックレスをチャリっていじったリョウさん。

「他の村が強い順に上から並んでいる。一番上はキラ・シだ。朝日を浴びたキラ・シの族長が、他の部族に祝いをして降りていく」

 うわぁ……見てみたい。

「三年前は……」

 ククッ、とリョウさんが笑った。

「ガリがうっかり、気配を全部出したから、みながおびえて、山から落ちかけた。

 その次からはみんな気を入れてるから大丈夫だったが、ガリが神扱いされて大変だ。赤子を差し出して、ガリに触れてもらいたがる」

 本当に生き神様扱いだね。

「それって、こっちでもするの?『深い谷』ってないよね?」

「ガリが日玉を持っているから、その日に、高い山に登って朝日を拝むだけだろうが、する」

「ヒダマ?」

「紅花の実を一年の数だけ袋に入れる。太陽が沈んだら一つ潰して顔に描く。全部なくなったら、新年だ」

 合理的。

「俺も、毎年、確認で数えてる」

 ガリさんが数を間違えたことがあったんだ?

 じわじわ来る。

  

 

  

 

  

 

 また、アツケイさんは竹簡を必死で書いてくれてる。

「面倒なこと頼んでごめんね?」

「いえいえっ! おはした仕事より、こういうことの方が良いです! ありがたいです!」

 そうだと思った。

 ちょっと、今後、彼女を借りておこうかな。

 マキメイさんも、働かない女官だって言ってたし。こういう仕事なら、凄く働いてくれるんじゃない。

 私、その、同じのを100枚も書くとか、根性ないわ。それが前は苦痛だったのよね。

 私が黙ると、キラ・シはみんな、必死で書き物して名前覚えてる。

「昨日、サル・シュくんがアツケイさんの部屋に行ったよね?」

 びっくーっ、とアツケイさんが跳び上がった。

「ああぁあああぁぁぁっ……はいっ……こう、覗かれただけですが…………もう、怖くて怖くて……なんだったのか……」

 意味も分かってないんだ? まぁ、良かった。

「ナニしてんの?」

 サル・シュくんが降りてきた。みんな書き物してて誰も彼を振り返らない。異様な光景だろうな。

 竹簡にサル・シュくんの名前を書いて渡した。

「これ、サル・シュくんの名前ね」

「は?」

「あとはリョウさんに聞いて」

 サル・シュくんにナニカ覚えさせるの凄く大変だから、イヤ。

 アツケイさんは、字は綺麗だけど、遅い。まぁいいか。急ぐことじゃないし。

 マキメイさんに、彼女を借りること、もう一度確認しておく。

「どうぞどうぞ。ナニを言っても聞かない子ですけど、大丈夫ですか?」

「書き物とか得意みたい。字が書けるから、彼女」

「ああ……、やっぱり、いいところのお嬢さんですものねぇ…………ハルナ様のお役に立てるのでしたら良かったですわ。いつでも使ってやってくださいませ! 玄関に座らせておきますね」

 使い物にならないのが手を離れてせいせいした顔をしてるわね。

 部屋に帰ったら、ル・マちゃんがベッドに沈み込んでた。すっごい涙のあとだけど、これは悲しくて泣いたんじゃないんだろう。さっき、サル・シュくんが降りてきたんだもんね。

 あー……私も疲れた。

「……ハルぅ……」

 私を、ル・マちゃんが抱き寄せようとする。二人で温石抱えてクスクス笑った。

「俺な、先見をするんだ……」

 そういえば、このお城のてっぺんに上がったとき、そんな話を今回しなかった……よね?

「父上が、『下』に降りたのは、俺が先見をしたからなんだ……俺でも、意味がわからなかった俺の夢を、父上は、ほどいて、くれた……だから、見た夢は全部、父上に話すんだ……」

 ツヤツヤの髪をそろりと撫でる。ル・マちゃんが 嬉しそうに私の掌に頬ずりした。

「その日の夢も、父上に、話したんだ……父上が触れた俺の腹に父上が飛び込んできて、星が跳び出して、父上がいっっぱいっいっぱいに増えて、俺が破裂して……」

「それが、『父上の子供を産む』っていう、夢?」

「……父上は、忘れろ、って言ったけど……絶対、違う。俺と父上の子がキラ・シを増やすんだ…………」

 ル・マちゃんの涙を親指で拭う。

「それで、俺も、死ぬんだ…………」

 くちびるを噛みしめてル・マちゃんが泣き崩れる。私の左手をつかんで、震えていた。

「俺、サル・シュのコを産みたい…………」

「産めばいいじゃない」

「でも……」

「今までガリさんに夢を話して、ガリさんが夢をほどいてくれたんでしょう? その夢は関係ない、って言われたんでしょう? なら、違うんだよ」

 本当の先見だとは思うけど、でも、今でももう、手に負えないほど増えたんだし、大丈夫なんじゃないのかな? ガリさんもそう思ったから、その夢を取り上げなかったんだと思う。

「でも…………サル・シュのコは長生きしないんだ……っ!」

「そんなことまで、見えるの?」

「真っ赤で……真っ赤で真っ赤で…………サル・シュのコは血まみれの中、俺の掌の上で腐り落ちる……キラ・シの星も、砕けて散る………サル・シュを選んでも、キラ・シの先は真っ暗なままなんだ……」

「それも、ガリさんに話した?」

 こっくり。

「ガリさんはなんて言ったの?」

「関係ない、……って」

 前の夢と同じ言い方? って、ここで問い詰めると、他の夢との違いを掘り下げられてヤバイ。

 ガリさんは、もちろん、実の娘を抱きたくないんだ。

 でも、きっと、その子供がキラ・シを救う、っていうのは、読み取ってるんじゃないのかな?

 ル・マちゃんの錯覚なのかな?

「さっき、サル・シュが…………ハルから血の道のこと聞いた、って。

 そんな苦しかったんだな、って………………俺が、こうして触るのも痛い? って言うから………

 サル・シュが触ってくれてる間、痛いの消えるから……って…………凄い、抱きしめて、くれて……」

 それは、ああなるよね。

「……サル・シュが…………好きだ……」

「じゃあいいじゃない……サル・シュくんのコを産めば……」

「キラ・シに、未来が、ない……」

「ガリさんがどうにかしてくれるよ」

「キラ・シが…………滅ぶんだ…………………」

 こんな小さな肩で、キラ・シを背負わなくてもいいのに……

 ル・マちゃんは、泣き続けていた。

  

 

 

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