ゴメン。説明するのがめんどくなった。
だってそんな、流体力学とか地勢学とか天文まで知らないよ!
それに、詳細に説明したって、どうしようもないでしょ? 川の流れを変えたいとかいうなら、説明するけどさ。来るんだから。
「……そうか」
納得してくれたらしい。
『神様』っていいワードだな!
キラ・シって、ナニゲに信心深い。人間の力がすべてで、神様とか信じない、とか言うかと思った。
「毎年2月と8月頃らしいから、ここにいたら見られるよ……て、今は水が引いたところってこと?」
「今回は短かったので、一カ月ほど前です」
「今は何月だ?」
「九月だって」
「九月?」
ああそうだ、キラ・シの暦って違うんだよね。
「キラ・シでは今何月なの?」
「6月だ」
二カ月遅いんだ? あれ? じゃあ、春分の時期にお正月?
いや、こっちの正月が現代と一緒かどうかがまずわからないな。
現代だと、私は二学期始まってから転校してるから、こっちに来たのが9月四日だった。一カ月ぐらい山下りしてたはずだから、現代なら今は十月位じゃないとあわない。ただ、ここが『地球』なのかどうかがわかんないしな。
「キラ・シの新年ってどういうの?」
「東の、一番深い谷から太陽が出るときだ。雪があまり降らなくなったときだな」
天文学は発達してなさそう。
天文学とか服飾って、『ヒマな人』がいないとできないよね。
キラ・シは、命をかけて『強くなる』ことに全力をかけてるから、戦争以外のことは本当に、ザル。たしか『縄を編む』技術もないんだよ。動物の腸とか、鶴で代用できるから。
たしかに、農業やってないと『細長い枯れ草』をたくさん集めるっことがまずないから、そうなるのかな。
「明るくなる前に高い山に登って、朝日を見る。去年獲った獣を神に感謝する。もっと大きな獣を狩れるよう、勝ち続けられるよう、祈る」
牙のネックレスをチャリっていじったリョウさん。
「他の村が強い順に上から並んでいる。一番上はキラ・シだ。朝日を浴びたキラ・シの族長が、他の部族に祝いをして降りていく」
うわぁ……見てみたい。
「三年前は……」
ククッ、とリョウさんが笑った。
「ガリがうっかり、気配を全部出したから、みながおびえて、山から落ちかけた。
その次からはみんな気を入れてるから大丈夫だったが、ガリが神扱いされて大変だ。赤子を差し出して、ガリに触れてもらいたがる」
本当に生き神様扱いだね。
「それって、こっちでもするの?『深い谷』ってないよね?」
「ガリが日玉を持っているから、その日に、高い山に登って朝日を拝むだけだろうが、する」
「ヒダマ?」
「紅花の実を一年の数だけ袋に入れる。太陽が沈んだら一つ潰して顔に描く。全部なくなったら、新年だ」
合理的。
「俺も、毎年、確認で数えてる」
ガリさんが数を間違えたことがあったんだ?
じわじわ来る。
また、アツケイさんは竹簡を必死で書いてくれてる。
「面倒なこと頼んでごめんね?」
「いえいえっ! おはした仕事より、こういうことの方が良いです! ありがたいです!」
そうだと思った。
ちょっと、今後、彼女を借りておこうかな。
マキメイさんも、働かない女官だって言ってたし。こういう仕事なら、凄く働いてくれるんじゃない。
私、その、同じのを100枚も書くとか、根性ないわ。それが前は苦痛だったのよね。
私が黙ると、キラ・シはみんな、必死で書き物して名前覚えてる。
「昨日、サル・シュくんがアツケイさんの部屋に行ったよね?」
びっくーっ、とアツケイさんが跳び上がった。
「ああぁあああぁぁぁっ……はいっ……こう、覗かれただけですが…………もう、怖くて怖くて……なんだったのか……」
意味も分かってないんだ? まぁ、良かった。
「ナニしてんの?」
サル・シュくんが降りてきた。みんな書き物してて誰も彼を振り返らない。異様な光景だろうな。
竹簡にサル・シュくんの名前を書いて渡した。
「これ、サル・シュくんの名前ね」
「は?」
「あとはリョウさんに聞いて」
サル・シュくんにナニカ覚えさせるの凄く大変だから、イヤ。
アツケイさんは、字は綺麗だけど、遅い。まぁいいか。急ぐことじゃないし。
マキメイさんに、彼女を借りること、もう一度確認しておく。
「どうぞどうぞ。ナニを言っても聞かない子ですけど、大丈夫ですか?」
「書き物とか得意みたい。字が書けるから、彼女」
「ああ……、やっぱり、いいところのお嬢さんですものねぇ…………ハルナ様のお役に立てるのでしたら良かったですわ。いつでも使ってやってくださいませ! 玄関に座らせておきますね」
使い物にならないのが手を離れてせいせいした顔をしてるわね。
部屋に帰ったら、ル・マちゃんがベッドに沈み込んでた。すっごい涙のあとだけど、これは悲しくて泣いたんじゃないんだろう。さっき、サル・シュくんが降りてきたんだもんね。
あー……私も疲れた。
「……ハルぅ……」
私を、ル・マちゃんが抱き寄せようとする。二人で温石抱えてクスクス笑った。
「俺な、先見をするんだ……」
そういえば、このお城のてっぺんに上がったとき、そんな話を今回しなかった……よね?
「父上が、『下』に降りたのは、俺が先見をしたからなんだ……俺でも、意味がわからなかった俺の夢を、父上は、ほどいて、くれた……だから、見た夢は全部、父上に話すんだ……」
ツヤツヤの髪をそろりと撫でる。ル・マちゃんが 嬉しそうに私の掌に頬ずりした。
「その日の夢も、父上に、話したんだ……父上が触れた俺の腹に父上が飛び込んできて、星が跳び出して、父上がいっっぱいっいっぱいに増えて、俺が破裂して……」
「それが、『父上の子供を産む』っていう、夢?」
「……父上は、忘れろ、って言ったけど……絶対、違う。俺と父上の子がキラ・シを増やすんだ…………」
ル・マちゃんの涙を親指で拭う。
「それで、俺も、死ぬんだ…………」
くちびるを噛みしめてル・マちゃんが泣き崩れる。私の左手をつかんで、震えていた。
「俺、サル・シュのコを産みたい…………」
「産めばいいじゃない」
「でも……」
「今までガリさんに夢を話して、ガリさんが夢をほどいてくれたんでしょう? その夢は関係ない、って言われたんでしょう? なら、違うんだよ」
本当の先見だとは思うけど、でも、今でももう、手に負えないほど増えたんだし、大丈夫なんじゃないのかな? ガリさんもそう思ったから、その夢を取り上げなかったんだと思う。
「でも…………サル・シュのコは長生きしないんだ……っ!」
「そんなことまで、見えるの?」
「真っ赤で……真っ赤で真っ赤で…………サル・シュのコは血まみれの中、俺の掌の上で腐り落ちる……キラ・シの星も、砕けて散る………サル・シュを選んでも、キラ・シの先は真っ暗なままなんだ……」
「それも、ガリさんに話した?」
こっくり。
「ガリさんはなんて言ったの?」
「関係ない、……って」
前の夢と同じ言い方? って、ここで問い詰めると、他の夢との違いを掘り下げられてヤバイ。
ガリさんは、もちろん、実の娘を抱きたくないんだ。
でも、きっと、その子供がキラ・シを救う、っていうのは、読み取ってるんじゃないのかな?
ル・マちゃんの錯覚なのかな?
「さっき、サル・シュが…………ハルから血の道のこと聞いた、って。
そんな苦しかったんだな、って………………俺が、こうして触るのも痛い? って言うから………
サル・シュが触ってくれてる間、痛いの消えるから……って…………凄い、抱きしめて、くれて……」
それは、ああなるよね。
「……サル・シュが…………好きだ……」
「じゃあいいじゃない……サル・シュくんのコを産めば……」
「キラ・シに、未来が、ない……」
「ガリさんがどうにかしてくれるよ」
「キラ・シが…………滅ぶんだ…………………」
こんな小さな肩で、キラ・シを背負わなくてもいいのに……
ル・マちゃんは、泣き続けていた。
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