連日帰ってくるキラ・シの戦士を出迎えながら、地図に名前を書いて、講義して、で日々が流れていく。地図をどんと書き足していく。
制圧はガンガン進んで、まだ一週間も経ってないのに、川のコッチは全クリア。レイ・カさんとガリさんが川向こうに走ってる。
ダブりがないと、こんなに速いんだなぁ……
やっぱり『メモする』って大事だよね!
でも、ガリさんはなんで、あの最初の日に走らなかったんだろう?
「ハル、今晩話がある、いいか?」
リョウさんが珍しく、私の目の前に立って、肩に手を置いて、宣言した。
「う…………、うん…………大丈夫、だよ……? どうしたの」
なんかうにゃうにゃいってどこかに行ってしまったリョウさん。なんなんだろう?
「ハルーっ! 名前を書いてくれーっ!」
「ショウ・キさんっ! 先にお風呂っ!」
「はーいっ!」
飛び込んできた巨漢を廊下に受け流す。ショウ・キさんの短冊を幾つか作ってたら、隣にサル・シュくんが立ってた。
「サル・シュくんも名前書く?」
「ああ」
「何枚いる?」
「13枚」
「……13…………ちょっと待ってね」
相変わらず凄い数。
サル・シュくんは名前を教えても、自分で書いてくれる素振りはまっったく無い。こういうの嫌いっぽい。私も嫌いなんだけどなぁ…………
「そんなにしてて疲れない?」
13枚の短冊を渡したら、サル・シュくんが真顔だった。ギョッ、として一歩下がったら地図にぶつかり掛けて、手を引っ張って抱き寄せられた。
「あぁ……危ない! ありがとう、サル・シュくん」
こんなんにぶつかったら、軽く『鉄の処女』だよ……
「ル・マに、ナニか言ったか? ハル」
「え? ……サル・シュくんにしときなよ……とは、言ったよ」
サル・シュくんの目が丸くなって、笑ってくれた。ホッ……とする。
「だって、君とル・マちゃんが一番お似合いじゃない。
ガリさんとなんて、絶対駄目だよ!」
「だよなっ!」
とたんにいつもの元気を取り戻したみたい。良かった!
「私が、サル・シュくんやめときなよ、って入れ知恵したとでも思ったんだ?」
さすがのサル・シュくんも、胸を押さえてあっち向いた。
「ゴメン」
「凄い怒ってたよね、今」
「そうだとしたら、かなりむかついてたから」
確かめもせずに怒鳴るようなことしなかっただけエライ?
「そっか……ル・マちゃんに振られ続けてるんだ……?」
ギュッ、とサル・シュくんが目と口をつむった。梅干しを初めて食べた外国人みたいになってる。
ル・マちゃん、あんなにサル・シュくんのこと好きなのになぁ……
「……まぁ、いつものことだからさー…………それはいいんだけど……」
いいんだ?
「ル・マも、俺のこと好きだしさ……」
パツパツパツ、って、地図の釘に短冊を刺しながらサル・シュくんがため息。ル・マちゃんが、サル・シュくんの子供産みたいって言ってたの、言っていいのかな?
パツパツパツ……まだ刺してる。まぁ、13枚だもんな……この前、五枚いっぺんに刺そうとして、釘があっちに抜けちゃったから、一枚ずつ刺して、って言ったのは私だけど……
「五つの村で13人って凄いね。いつ寝てるの?」
「別に…………ル・マ以外とするのなんて、どうだっていい」
とたんに、スッと冷たい顔になったサル・シュくん。
なんかもう、サル・シュくんも情緒不安定になってるな…………元々、思春期だし……って、思春期って、この時代でもいいんだよね? 反抗期とかは贅沢病だって聞くけど、思春期はあるよね? もう子供を三人生ませてる男の子でも思春期があるんだろうか?
「ル・マがいないなら、走り続けてた方がラク」
「ル・マちゃんの側でも寝てないのに?」
地図の上の方を見るサル・シュくん。そこは、車李(しゃき)の北の砂漠。まだ誰も行ってない。前も行ってない。だから何も情報がない空白地帯。
「寝ないと、ル・マちゃんをそのうち、無理やり抱いちゃうよ?」
「……なんで?」
コッチ見た。本当に不思議そうな顔してる。
「このまま疲れて枯れたらル・マを抱きたいと思わなくならない?」
「ならない」
「なんでっ!」
「寝ないと頭がどんどん狂っていくから、本能に忠実になってくる。
そのうち、ル・マちゃんを無理やり抱いちゃうよ? 嫌われちゃうよ?
……あ、ショウ・キさん。はい、短冊」
今度はショウ・キさんがパツパツ刺していく。お風呂上がりのショウ・キさん゜ホカホカしててニコニコ。
サル・シュくん、ぼんやり私の方見て立ってる。何日寝てないんだろう?
よっし! やるか!
「ハル? どこいくんだ?」
サル・シュくんからいっぱいいっぱいまで離れて……助走っ! おなかに、頭突き、した。
「げっ……」
後ろはトゲの生えた地図。絶対サル・シュくんは避けない。でもやっぱり、私の体当たりじゃ、ちょっと咳込むだけ。
「ショウ・キさんっ! サル・シュくん、寝かせて!」
「ウォッシャーッ!」
「ちょっ……ハル、なにっ…………」
ショウ・キさんはサル・シュくんの肩をがっつりつかんでおなかに一発入れた。ううん、三発入れた。肩掴まれてるのに咄嗟に逃げるサル・シュくん凄いわ。三発目で後ろを他のキラ・シの戦士が押さえたら、ショウ・キさんの膝からおなか蹴って跳び上がってその後ろに逃げた。凄いアクロバット。
「ちょこまかしやがってっ!」
ショウ・キさんが怒鳴った時、そこにっ、ガリさんが、いた。いつのまに!
サル・シュくんの首を肘で抱え込む。話、知らないよね? 知ってた? 何も聞かずに、サル・シュくん拘束してる?
「えっ? ……がりめ……きっ……っ」
相手がガリさんだと分かっても、サル・シュくん、両足が浮くほど暴れてる。でも、ガリさんもぴくりともしない。
首絞めてる……よね? それ、気道ふさいでる? それとも柔道とかの締め技? そのおなかに、ショウ・キさんの拳が埋まった。
へたへたへた……と、サル・シュくんが倒れる。満場の歓声。
やられるのを喜ばれるって、サル・シュくん、いたずらしすぎだよ、キミ!
ショウ・キさんが私の手を持ち上げた。
「ハルの勝ちーっ!」
玄関にいた人達がオーッ、てキラ・シハウリング。マキメイさんまで出てきて呆然としてた。
「いやいやいや、サル・シュくんを寝かせたのはガリさんとショウ・キさんっ!」
「最初に頭突きしたハルの勝ち! お、リョウ・カっ! 今日からハルがサル・シュの上で、四位な!」
リョウさんが、無言でショウ・キさんから私を奪い取った。めっちゃショウ・キさん睨んでる。
「あ、わりぃわりぃっ! そういう意味でハルに触ったんじゃねぇから、抜くなよ……」
ショウ・キさんがずずいっと、後ろ足引いた。
「ちょっとリョウさん…………離して……誰か、サル・シュくんを部屋に連れて行ってあげてよっ!」
なんで放置なの。ガリさんも既にいないっ! 気配消すようになったら、もう、動きが全然見えなくなった。
「ここが一番涼しいぞ」
「寒いって言うのよこれは!」
「サル・シュ様っ!」
マキメイさんが駆けてきてサル・シュくんの顔をはたはた叩く。
「ハルナ様……?」
「大丈夫大丈夫、寝てるだけ。ここ何日か、寝てなかったでしょ?」
「……そういえば…………そうでしょうか?」
言ってから、彼女はカッと真っ赤になって奥に引っ込んだ。そして、毛布を持って来てサル・シュくんに掛ける。
いやー……下が石畳だから、毛布掛けてもあんまり温まらないと思うな……
「どなたか……サル・シュ様を部屋へお連れくださいませんか?」
言葉通じないのに、マキメイさん、キラ・シの戦士に頼む。そして、ショウ・キさんを見つけてニコッと笑った。
「えっ? 俺っ!」
ショウ・キさんが子供みたいに駄々をこねる。
「ほら、マキメイさんからもお願いされてるよ、ショウ・キさん。サル・シュくんを連れてってあげて」
ショウ・キさん、きっとマキメイさんみたいな人が好みなんじゃないのかな? サル・シュくんが先に手をつけてなければ絶対自分のものにしてたよね。マキメイさんもきっとそれが分かってて、ナニカというとショウ・キさんに用事を頼んでる。主に力仕事だから、大体はショウ・キさんも軽々受けてた。
「サル・シュくんなんて、ショウ・キさんには軽いでしょ。早く連れてってあげてよ」
「どんだけ綺麗な顔してたってっ、男なんざ担ぎたくねーよっ! サナッ! 持ってけ!」
いやいやいやいや、サル・シュくんより小さい子たちで運ぼうとしたら、そんな……足引きずってるし……
「ショウ・キさんっ!」
マキメイさんが怒った。
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