「サル・シュは、凶つ者(まがつもの)が見えないからな。呼ばれてるんだぜ」
ル・マちゃんがまたからかってる。
「凶つ者が見えないって、なんで?」
「なんでか知らないけど、サル・シュはもう……全然見えないもんな?」
「うるせーよ……」
本当にサル・シュくん不機嫌そう。
「『その世』って、怖いところでしょ? そこから凶つ者って出てくるの?」
「そうそう。暗くて寒くて寂しいから、仲間欲しがって出てくるんだよ。山だとよく見たけど、こっちでは見てないから、少ないのかもな」
サル・シュくんの後ろで、ル・マちゃんが、『内緒』の手のふりをする。ナニが内緒? ……あ、寒い……
「病を得たり、裏切って死んだりの奴は、地に埋めるんだ。来世で『この世』に戻ってこないように」
叫ぼうとしたら、口をル・マちゃんに押さえられた。内緒内緒、って、手を振る。
ねぇ……ちょっと……ル・マちゃん………………サル・シュくんの前っ!
黒い影がっ!
キラ・シの全員も、見ない振りしてる。影で、あの黒いのに人指し指突き刺してる。ああ、そういう風に使うんだ? 呪い指っていうの、ソレ!
「ハル、サル・シュに、水汲んできて、って言え」
ええ? そんなことしたら、サル・シュくん、あの黒いのにぶつかるよ?
「サル・シュくん、ちょっと水を汲んできてくれない?」
「…………どれぐらい?」
イヤソーな顔で振り返ったけど、聞いてはくれるんだね。
「桶一つでいいよ」
みんながクスクス笑ってるのがサル・シュくん不愉快そう。
あああああっ! 黒いのとぶつかるっ!
「目ぇ開けろっ!」
ル・マちゃんが、壁に跳ね返ってサル・シュくんのおなかに飛び膝蹴りっ! くらう前に、サル・シュくんがバック転して、起き上がった。シュタッて、ヒーローみたいに、腰低くしてル・マちゃん睨んでる。
「ネスティスガロウッ!」
「ネスティスガロウッ!」
「ネスティスガロウッ!」
「ネスティスガロウッ!」
「ネスティスガロウッ!」
全員が、戸口の影に向かって人指し指で指しながら叫んだ。
とりあえず私も、乗ってみた。
人指し指で四回突き刺して、「ネスティスガロウッ!」
パンッ、て、風船がはじけたみたいに、黒いのが消えた。
うわぁ…………『凶つ者』って、『実体』があるんだ? アレは怖いわアレは怖いわアレは怖いわ! 私、幽霊なんて見たことなかったのに!!
「ナニあれ、ナニあれっ! なんか、居たよっ!」
「えー…………ハルにも見えたのかよー……」
「お前はもっかい目を開けろ!」
ル・マちゃんがハイキック噛ましたのをサル・シュくんがすんでで避ける。
「……見えないの俺だけー? ハルは見えないと思ったのになー……」
「あれ見えないって、サル・シュくんおかしいよっ! みんな見えてたのにっ! 私にも見えてたのに!」
「な? こいつ、変なものが見えないから、ヘンナとこに行っちゃうんだ」
納得した。
「ル・マちゃんは、あれが出てくると分かってたの?」
「俺がああいう話すると寄ってくるから。分かりやすかっただろ?」
「もう二度とやめてねっ!」
「そうそうしねぇよっ!」
ゲラゲラ、ル・マちゃん笑ってるけど、そんな笑い事じゃないよね? ほら、他のキラ・シもやめてくれ、って顔してるよ!
「そのサル・シュが気持ち悪いってんだから、コウリュウとか、砂が動くとか、相当やばいんだろ」
そりゃそうだ。
砂漠に関しては『ヤバサ』はなんとなく分かるけど、その、紅隆(こうりゅう)ってのはどういうのだろう? 書庫にあるかな? とりあえず車李中心に読んでたから……
あった。
『山からの凶つ風で膿んだ現世の餓鬼地獄……』だって。
コレだけでも怖いわ。
頻繁に帰ってくるガリさんたち。
というか、前はあんなに羅季(らき)を空けて前に進もうとしたのに、なんで今回はずっとここにいるの?
リョウさんに聞いてみた。
「ハルが初産だろう? 馬に乗らない方がいい」
「えっ? そんな理由?」
「ハルが子を産むまでここを動かないから早く産ませろ、とガリにせっつかれた」
「いつ?」
「ここに来た初日」
そんな前から!!
「ここは頑丈だ。攻めにくいし守りやすい。拠点にするには良いシロだ」
だから、ガリさんが最初から遠出しなかったんだ?
前は、リョウさんが私を抱く気がなかったから、動いたんだ?
女の都合? 私の都合?
たしかに、今は、リョウさん、レイ・カさん、ショウ・キさん、ガリさんが一週間ごとぐらいに入れ代わりでここにいて、リョウさんも制圧に行ってる。前みたいなストレスはリョウさんにないっぽい。
前は、レイ・カさん、全然帰って来なかったのに!
ああ、今回は最初から『地図』があるからか。
キラ・シって文字がなかったわりに、メモ魔だよね。
「あのチズがなければ、子供のことを何年も、自分で覚えておくしかなかったからな。今なら、チズをみればわかるから、覚えてない奴が多い」
「それは…………悪いこと?」
「いや? みんな助かってるぞ。ハルに感謝してる。よくぞ、あんなものを思い付いたものだ」
良かった!! 本当に喜んで貰えてるんだ! ウレシーッ!
羅季城に帰って来たらみんな、井戸で水浴びて、まっすぐお風呂行くのかわいい。お風呂のよさに気付いたらしい。
お風呂行って、地図に書き込みに来る人と、お風呂行って寝て、地図に書き込む人といる。
『住処のシロを汚くするな』ってことで、とにかくお風呂は先だけど、そのあと、寝る、食べる、抱く、はみんな違うみたい。そこらへんは『変』ではないみたい。
ガリさんは、枚数を先に行ってからお風呂に行ってくれるから、準備しやすい。それを徐々にみんな気付いて、そうしてくれるようになった。一枚二枚の人は、自分で名前を書いてくれるようになったし、ラク。
キラ・シの版図がドンドン広がってるの、楽しい。オセロでカド取ってひっくり返す感覚。お城がカド。今は村がグレーだけど、お城取ったら一気に全部黒くなる。
「チズとは凄いな。これがなければ、いま一つ、広さとかよくわからなかった。タンザクのおかげで無駄もない」
リョウさんが、地図を眺めてうんうん頷いてる。
ああそっか。前は、地図がなかったから、みんなダブってて、ずっと出てるのに、制圧自体の数は少なかったんだ? 今回は地図が最初からあるから、効率的に制圧できてるから、こんなに『帰って来て』るのに、前と同じぐらい制圧できてるんだ。そっか!
「私、役に立ってる?」
「もちろんだ!」
ワーイ! リョウさんとギューッ!
あ、指笛。
族長から、援軍をよこせ、だ。
多分、『車李(しゃき)の一万』が来たんだ。
『前回』も、最初に5000人の車李の軍隊が来て、その次が一万、その次に二万来て、車李城でガリさんが『山ざらい』したから、車李から使者の大臣さんが来たんだよね。
丁度ガリさんが、街道の近くにいたっぽい。なら、援軍出さなくて大丈夫だろうけど。サル・シュくんがつむじ風みたいに出て行った。
そして、ガリさんがすぐ帰って来た。
「『山ざらい』三発で逃げた」
だから、後は他の戦士に追撃させて帰って来たらしい。地図を指さすから赤で×印入れた。
「『山ざらい』ってナニ?」
リョウさんに説明を求めた。知ってるけど、聞いておかないと次の話ができない。
お風呂から出てきたガリさんにも聞く。
「『山ざらい』って水平に出せないの?」
ガリさんが、私をじっと見つめてまたたきしない。怖い。
「水平に出したら、もっと遠くまで届く……か?」
説明しようとしたら、ガリさんが先に思い付いたみたい。
「多分そうだと思う。このお城の最初の戦いで出してくれたのが『山ざらい』でしょ? あれ、向こうが上がってたよね。
こっちが丘の上だったから、下に向けたら、もっとたくさん殺せたと思う」
「…………今回も、敵が斜面にいた……」
「『山ざらい』の方向と、敵の並び方があってたんだね」
ハッ、てガリさんが口開けた。何度も頷く。
この、他人の『閃く瞬間』、って、見てて楽しい。
「山では、あれで全部さらえていたから、敵の並びに合わせるとか、考えたことがなかった!」
子供みたいに真っ赤な顔をして叫ぶガリさん。
サル・シュくんが私の側にするっと立って、そんなガリさんを堪能してる。超楽しそう。というか、いつ帰って来たの?
なんか、ガリさんが刀の持ち方を色々やってる。水平に出す時の手の動きをシミュレーションしてるみたい。
あー、あーー、ああ……とか、呟いてる。サル・シュくんが私の後ろに隠れて笑ってた。そして、ル・マちゃんを呼んできて二人で笑ってる。私のドレス、確かに裾広がってるから、隠れられるけどさ。
「多分、もう一度来るよ、敵が。そのあと、あのお城まで追い駆けてって」
車李の絵を指さしたら、みんなそっちを見上げた。
この地図を作ったときから、長い、指示棒を作っておいたんだ。
「車李のお城も丘の上にあって、斜面だから、普通にガリさんが『山ざらい』して一発でいけると思う」
「面白くなさそうな戦……」
サル・シュくんが呟いた。
「今回のだって、まだみんな残党狩りしてるけど、ナニ、あのよわっちいやつらっ! ガリメキアが特攻しながら『山ざらい』掛けても進んでくるから、骨があると思ったら、三回掛けたら逃げてった! 誰も号令上げなかった!」
「それは、その部隊の族長を最初の『山ざらい』で殺したんだよ」
「キラ・シなら逃げないぜっ!」
「キラ・シじゃないからねぇ……」
クッ、とサル・シュくんが、なんか真っ赤な顔して地団駄踏む。だって、そうとしか、言えないじゃない。
キラ・シがチートすぎるんだよ。
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