車李の二万の軍隊が進軍してくる前に、車李戦のおさらいをしてみた。
『おさらい』なのは私だけで、ガリさんたちは『初めて』だから、軍議なんだろう。
なんで、喧嘩もできない私が、戦のプロのキラ・シ相手に、軍議の講師やってんだろう。人生って不思議だなぁ。
「こっちの戦い方として、お城の前に布陣する時、こんな感じになる」
私が描いた車李城の、正面跳ね橋を指示棒で指す。
1辺12キロの街壁の周りに空堀があって、街壁の大門についてる跳ね橋が降りてる。そこから、なだらかに下り斜面が200メートルぐらい? ここに布陣したから、ガリさんの『山ざらい』で一発、3千人が殺せたんだ。
「斜面だから、ガリさんの普通の『山ざらい』で一発の筈。そのあと、援軍が出てくると思うけど、1000もいないから、それもすぐさらっちゃって。
そのあと、ここを『山ざらい』で崩せる?」
前回、雅音帑(がねど)王がよくいる、って大臣さんに聞いた、王城の塔の上を指した。
「どれぐらいの高さだ?」
「この城壁が12キロ、高さが八メートル……だけど、キラ・シの長さの単位ってナニ?」
「たんい?」
「長さはどういうの?」
「身の丈一つ、二つ……か?」とリョウさん。
ああ、山は小さそうだもんね、単位が……
「山一つ、二つだろ」と、サル・シュくん。
それは大きすぎるし、『メートル』って単位にはならない。山の大きさは千差万別。
「えっと……12キロだから………身の丈でいうと………」
あ、ミル・シュくんだ。彼の身長が一メートルぐらいか……120センチぐらいだと丁度良かったんだけど……
ガリさんが二メートルぐらいかな?
「ガリさんの身の丈、6000倍ぐらい、この城壁の長さ。高さは八メートルだったから、身の丈四つぐらいかな」
分かりにくいっ!
聞いてた全員が天井を見上げた。面白い。
「羅季(らき)のこの王城の外壁の100倍ぐらい」
テキトーだけど。
「ならば、その山の先端までもその半分ぐらいか?」
「ほぼ真ん中にあるしな」
リョウさんとレイ・カさんがなんか計算してるらしい。ガリさんとサル・シュくんはぼんやり聞いてる。
ああ、長老筋が計算巧いんだ? なら、サル・シュくんも分かるはずだよね? ということは、長老筋じゃなくて、リョウさんの血筋が速いんだな。レイ・カさんも理数系なんだ?
「城壁から、ガリの身の丈、四つこちらから、302向こうの、高さ9つ分、か……」
それを暗算で出すの凄い。どういう計算式か知らないけど。
「300まで届くか?」
ガリさんが口に手を当てて疑問を呈した。あなたのワザですよ。
「やってみたら?」
って言っただけなのに、みんな私見た。
「あ、ごめんなさい。そんな簡単に出せるものじゃない……の?」
「普通の戦では出さんよな」
「狙って出してはいるが、敵が小さいと出そうとは思わないから……」
なんか前は、戦のたびに出してたから、簡単なのかと思ってた。
やっぱり、チートスキルは『溜め』がいるんだ?
そうだよね。そうじゃないと、駄目だよね。
つまりは、そんじょそこらで『練習』できるものじゃないってことね。
「じゃあ、最初に出したとき、どうだったの?」
「リョウが怪我をしたらカッとなって、振ったら村が壊滅した」
だよね。最初からそんなもの出そうと思って出ないよね。
素直なガリさん。本当にもう、リョウさん大好きなんだから。
熊さんが照れてる。かわいい。
「俺はガリメキアのそれを見たから、自分で出そうと思って出したら出せたぜ!」
サル・シュくんが両手上げて笑ってる。
「早く振ったらいいんだな、って思った」
単純で、正答なんだろうけど、それが狙って出せるのは、やっぱり凄いよ。
「面白くなきゃ出ないから、勝ち上がりで族長とかとやったら、出しそうで怖い」
「一回出しただろ、お前はっ!」
リョウさんがサル・シュくんの背中をガッツリ殴った。
「ガリさん相手に出したのっ!」
「……げほっ…………ちらっとだっただろっ!」
「ガリが避けなければ粉みじんになっていただろうかっ!」
「ガリメキアの後ろの岩は刻まれてたしな」
岩を刻む!
「だって、なんか、興奮したらすっげぇやりたくなったからっ!」
「お前は、本当にっ! 戦に入ったら見境なくなるの、どうにかしろっ! 撤退ぐらい聞け! そうかと言えば、やーめた、ってすぐ帰ってくるしっ、消えるし! ……本当にっ!」
サル・シュくんはバーサクかかるんだ? 漫画ではショウ・キさんみたいな体格の人がよくなってるけど、サル・シュくんみたいな速い人がなったら、避けようがないじゃない。コワッ!
「弱い奴相手にしたって面白くねーだろっ!」
「面白さで戦をするなっ!」
そらそうだ。指揮をするほうからしたら、使えないよね。
「だから、勝ち上がりで本気出してねーだろっ! めんどくせーんだよっ! 殺さずに殺そうとするのって!」
本気出してないのに四位とか!
サル・シュくんが、プーッと膨れてリョウさんからそっぽ向いた。
まぁ、それは今、どうでもいいよね。
「とりあえず、ガリさん。できたら、でいいから、車李(しゃき)の王城行ったとき、ここ、狙ってみて。前からだとこの門の上のが邪魔だから、真横から」
「無視すんなっハル! お前が聞いてきたんだっ!」
「でね、このお城、大きいんだけど、取る気ある?」
リョウさんが、サル・シュくんの口をつかんで押しはなした。
「実際に見ての話だが、この大きさは、キラ・シではどうにもならん」
前も、そう言って、帰って来たんだよね。
「この、車李のお城を拠点にしたら、大陸中動きやすいよねぇ」
「それはそうだが…………こんな真ん中にあったら、四方から攻め上げられないか?」
「城壁も高いから、それは大丈夫。お隣のナガシュって国と、1000年戦争し続けてるけど、まだここにあるから」
「ほう…………」
「城壁が固いから、破れないみたい。車李がこの大陸で最大の国だって」
「最大の国を先に取るのか?」
「戦士全部殺して、王様……族長殺したら、次の族長を脅せばいいじゃない?」
雅音帑(がねど)王は賢王だけど、次がいない、って書かれてたし。前回も、車李軍ほぼ壊滅だった筈なんだ。あのままガリさんが進んでたら。
「だが、キラ・シがこの大きな村の族長になってもどうもできんぞ」
「族長にならなくていいじゃない。戦士を全部やっつけて、『守ってやる』って言えば……はっ!」
そっか! 政治をしなきゃいけないから、『政治』って言葉を知らなくても、ガリさんとかリョウさんは、やりたくないんだ? 大きすぎるから。でも、傭兵に入るなら、どう?
「車李の戦士を全員殺して、キラ・シが守ってやる、って言えば、よくない?
族長は王様がやればいい。
キラ・シは戦いだけできるよ。
200人しかいない、ってのは知られちゃいけないけど、車李の戦士を全部殺してるんだから、キラ・シがいなかったら、ナガシュに簡単に負けちゃうよ。
車李の国自体がなくなる。それがいやなら、キラ・シに守られるしかないよね。戦いなら、キラ・シは誰にも負けないんだから」
『車李の看板』で戦ができるなら、もっと簡単になるはず。
「城壁が頑丈なのは、車李とナガシュと煌都(こうと)だけみたいだから、そのどれか一つが欲しい。それなら、平地の真ん中にあってもきっと大丈夫の筈」
サル・シュくんが凄い笑ってる。ナニ?
「ナガシュは砂漠のど真ん中。
車李も半分砂漠だけど、車李王城自体は、ちょっと北が砂漠で、南は岩盤。その南に穀倉地帯がある。覇魔流(はまる)が珍しいものたくさんあって、その、覇魔流と煌都(こうと)の流通の要になってるから、車李は農業国じゃなくて貿易国なんだよね。
砂漠はキラ・シの馬では無理があるけど、車李はぎりぎり砂漠じゃないから、動きやすい筈」
全部机上の空論だけど、どうだろう。
あの、同盟の使者の速さを考えると、車李はもう、あの時点でアップアップしてた筈。もう一押しすれば陥ちたんじゃないかな。
あのあと、私が死んだときに敵襲を受けたけど、あそこで既に車李に移動してれば、そう簡単に敵襲は受けない。
「車李とかナガシュは毒殺が横行してるから、それが一番怖いけど、戦士をとにかく全員殺せれば、キラ・シを殺せば国が滅びるから、殺せない筈」
みんなが、黙ってた。
「あ、ゴメン。一人で盛り上がっちゃって。そういう可能性もあるってことで」
ガリさんが出て行った。
「あー……ゴメン……」
「いや、ハル。ガリは喜んでる。いい案を出してくれた」
「え?」
「車李のシロを見に行くってことだよ」
サル・シュくんがバチンッ、ってウインク。めっちゃ上機嫌。ナゼ?
「ハル面白れーっ! どれか一つ欲しい、って……くるみ取るみたいに…………でかい村を…………っ」
「それで笑ってたの?」
「いや……ハルには、キラ・シが凄く強い戦士だ、って思われてるんだな、って」
「実際、凄く強いじゃない」
「うん」
サル・シュくんニッコリ。
またリョウさんがギューッって。なんで喜んでるの?
そこに入ってきたショウ・キさんが、彼らから肩を叩かれてうろたえてた。
「このシロを守れよ、ショウ・キ」
「えっ? そりゃ、守る、けど…………」
「ガリ・アっ!」
ガリさんが自分の名前叫んだ。鍛練してた全員が馬に飛び乗って走ってく。サル・シュくんもリョウさんも行っちゃった。『見に行く』って人数じゃないよね……総攻撃じゃない?
「えっ! 出陣っ? 俺が居残りっ? ひでぇっ! ガリメキアっ!」
ショウ・キさんの地団駄でお城が揺れた。
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