「まだかよっ! まだ誰も帰ってこねーのかよっ!」
ショウ・キさんのフラストレーションは凄かった。
ただの城の守り、じゃなく、居残りだもんね。
「こういうのはリョウ・カの役目だろっ! なんで副族長が一緒に出陣なんだよっ!」
「族長と副族長って、一緒に出陣しないの?」
「どっちかが村を守るだろ」
「でも、リョウさん、ガリさんと出陣、してるよね? 山でも」
「ガリメキアが族長になったのは、三年前! その前は、どっちも四位五位だったからな。
あいつら……村の仕事したくないからって勝ち上がりで手を抜いてやがった……」
「どういうこと?」
「三年前までは、ガリ・アもリョウ・カも俺より下だったんだよっ!」
「どうして?」
明らかにショウ・キさんよりあの二人強いのに。
「だからっ、東を見て回りたいから、手を抜いてたんだよっ! 長兄も次兄もガリ・アに甘かったし、俺もつい甘やかしてたから、俺らの次。反対する奴らよりは強いから、反論させない、っていうので、旅に出てやがった」
「村の仕事をしないって、許されるの?」
「その分、女の権利を放棄してたからな……最初に三人子供を生ませて、そのあと、ずっと放棄」
「それで許されるんだ?」
「元々は、もちろん、族長決めはあるけど、女の取り合いだから、女を譲られたら、そいつらは黙る。その上で上位が味方になれば、大体のことは許される」
「ショウ・キさんもガリさんに甘かったんだ?」
「あいつ、かわいかったんだよ、子供の頃」
「そこ?」
「どこ?」
「顔のかわいさ?」
「かわいいとか、かわいいじゃねーかっ!」
そうだ、ショウ・キさんもサル・シュくん系だった。ちっとも説明がわからない……
「昔のガリって、今のサル・シュみたいなんだったんだぞっ! 白いわ、かわいいわ、口が達者で、誰より獣狩ってきて、ホント、好き勝手してた。よく笑ってたしなー。
リョウ・カとゲラゲラ笑いながら村を出ていくのが、朝の始まりだった。声もでけぇしアイツ!」
「え? ショウ・キさんって何才?」
「38!」
「38っ! 凄くない?」
40で死ぬ、ってリョウさん泣いてたのに!
「凄いだろ? 長生きだろーっ! そろそろ死ぬからなっ、早く子供産ませないとなっ!」
そんな明るく……
「今だと、俺が長老だろ。俺は長生きするぞっ! ガリの夢が叶うのを見るんだからなっ!」
「ガリさんの夢って?」
「キラ・シが大地を埋めつくすこと」
壮大だ……両手を広げて天を仰いで、幸せそう。
「今年の子が来年産まれる。15年後には、大地を埋めつくしてるだろ?」
「うん……確かに」
「それを見てから、死ぬ」
大きな拳を作って、ガハハハ笑うショウ・キさん。
53だよ? キラ・シで言うと、本当に長老になっちゃう。
「ル・マがよく言ってる、俺と父上の子がキラ・シを伸ばす、ってのも、見てみたいんだよなぁ」
「え? でも、親子は禁忌でしょ?」
「山を降りるのだって禁忌だったんだぜ? 今さら、そんなことどうでもいいだろ」
軽く肩をすくめて見せたけど、みんな、うんうん頷いてる。そうなの? そんな気にしてないの?
「ル・マの先見でガリが村を助けた。そして、今回も、ル・マの先見を信じたガリが、12年もココを探して、そして、連れてきてくれたんだぜ?
ル・マがほしいってんなら、やればいい。それでキラ・シが安泰だっていうなら、俺は大賛成だね!」
「リョウさんは、反対っぽいよね?」
「あいつはサル・シュの筋だからな。サル・シュがル・マを欲しがってる限り、ガリには渡したくないだろ。俺は関係ねーからな」
え? そんな理由? リョウさん、それで反対してるの?
「ガリさんも嫌がってない?」
「そりゃ、村ではイヤだろうよ。長老が絶対反対だし。そんなことしたら山で総スカンくらっちまうだろうから。でも、ココじゃ俺が長老だぜ。山の倣いなんてどうだっていいだろ」
複雑だなー……
いや、単純か。
駄目、って人と、いいって人がいるだけだもんな。
「女を、外で育ててるだけでも、禁忌なんだぜ? それをガリは押し通した。だから、ル・マが『モノ』を言えたんだ。先見ができた。
ガリがル・マを洞窟に閉じ込めてたら、俺たちはここにも降りてきてないし、まず、矢流で流れて全滅してる」
「ヤリュウって?」
「水が雪崩みたいに押し寄せてくる。雪解けの時季とかにな。あれで一回、村が流れたんだよ」
「どうやって助かったの?」
「ル・マが先見をしたのを、旅から帰って来たガリ・アが族長に教えて、一応移動したら本当に来た」
そんなこと、前も言ってたな……
「ル・マが夢を見ただけじゃあ、族長まで伝わらなかった。その時にガリが帰って来たのもうまく行ったよな。
ル・マが夢を見たから、ガリが帰って来たんだろう。
だから、ガリが降りると言ったとき、俺は一番についていくと言ったぜ!」
ショウ・キさんが右手を振り上げたら、みんなもオーッ、てハウリング。
「……ショウ・キさん、喋るの巧いね」
他のことは説明になってない説明ばっかりなのに。
「これは1000回ぐらい喋ったからなっ!」
ガハハハッ! って腰に手を当てて笑う、みんなも笑う。
「ショウ・キの奴、酔うたびにこれ言うもんなっ!」
そうなんだ?
「他の部族もこれで説得して回ったんだぜ! エライだろ!」
「エライエライ」
サル・シュくんみたいに笑うショウ・キさん。こんな大男のなのに、かわいい!
「ル・マだけじゃ用を足さない。ガリだけじゃ先見ができない。
その二つが一緒になるなら、その子がキラ・シを救うって、当然だろ。
その子が成人して、戦に出るのを見るんだぜっ!
俺が刀の持ち方を教えてやるっ!」
まだ産まれてない子供の成人の話。
なんか、ショウ・キさんの見方が変わったわ。
そんな未来を見てたんだ? 死に神も切り捨てるよね、ショウ・キさんなら。
あ、ル・マちゃんが玄関に出てきた。
泣きながら、ショウ・キさんに抱きつく。
「好きなようにしろ、ル・マ。お前のすることを、俺はいつでも応援してるから」
ル・マちゃんの頭をポンポンしてるショウ・キさん。玄関の外からオイっ! って声が飛んだ。
「笛だ、四位と五位来いって」
「サル・シュいねーぞ?」
「ハルとル・マだろ」
「ハルか」
「私?」
「それ、俺が聞いてる」
ル・マちゃんが、ショウ・キさんの胸をトントン叩いて、目をぐしぐしこすった。
「馬を走らせずに、ハルを連れて来い、って」
「どうして私?」
「シャキのシロを見せたいって言ってた」
「ハルを馬に乗せるとか、大丈夫か?」
ショウ・キさんが青くなってオロオロしてる。とたんにいつもの説明ベタだ。本当にあのセリフは1000回言ったんだろうな。そして、ガリさんの味方を増やしたんだろうな。
そっか、ショウ・キさんが今はキラ・シの長老なんだ?
「どうして? 馬ぐらい、乗れるよ? 私一人じゃないなら。山を降りてきたじゃない」
「お前、腹に子がいるだろっ!」
「えっ、ハルナ様が馬でっ! 無理ですよっ! 流産したらどうするんですかっ! 陛下が御幸するための輿を使いましょう!」
マキメイさんが出てきて、物凄い大がかりなことになった!!
小さな部屋を牛で引っ張るって!
中は布団を敷きつめてふわふわになってる。たしかに、動いても揺れが体に来ない。
そして、マキメイさんもついてきた。
キラ・シの全員で、輿を河渡してくれた。大変だなー……ル・マちゃんも、寝るときは来るけど、座ってるのつらい、って、大体は馬で走ってる。
あ、キラ・シの指笛だ。
『制圧、進む』。
車李の第二陣とぶつかったんだろうけど、圧勝してるみたい。
やることないのがつらい……ノートに、今までのことをまとめてみた。ル・マちゃんともいっぱい喋った。やっぱりル・マちゃんは、サル・シュくんじゃなく、ガリさんの子供がほしいって。うん、もう、それは仕方ないよね。ル・マちゃんの希望が第一だから。
歩けるところまで輿と一緒に歩いてみた。一時間ぐらいが限界だな……つらい。戦士が、あちこちの村から水とか飼い葉とか持ってきてくれる。
「馬で走ったらすぐなのにっ!」
ル・マちゃんの叫びも、ただ荒野に吹かれてくだけだった。
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