「本当だよね。運だよね……」
もう、さっきの壁にサル・シュくん達はいなかった。
「サル・シュを見なかったか? 今日はシロにいる筈だが」
練兵場に入ってきて、しゃべりながらあちこち見回してるレイ・カさん。
「レイ・カさん…………さっき、サル・シュくん、そこにいたよ」
なんか、この会話、よくしてる気がする。レイ・カさんがいつもサル・シュくんを探してる……よね?
「サル・シュくんのお守りも大変ね」
「本当になっ!」
実感こもってた! 笑っちゃいけない?
数日後、帰って来たリョウさんと、サギさんとお話。
子供の戦士養育をゼルブがしてくれる、というのを、凄く喜んでた。
良かった……これで大きな課題が一つ片づいた。
「ハル、サギと、キラ・ガンの奴らの通詞をしてくれ」
なんて言われて、同席した、けど……
キラ・ガンの戦士……怖い……
五分刈りよりちょっと延びたぐらいで、みんな、左耳が根元からなかったり、上が千切れてたり……体中怪我だらけ。
キラ・シでこんな怪我してる人いないよ? わざと耳を千切ったって言ってたけど、こういうことか……想像するだけで痛い!
それだけしても、キラ・シに来たかったんだ?
既にそこにいた、右側の12人が突然立ち上がって、手を振ってくれた。
「ハルナさん、初めて会えた! ありがたいっ! キラ・ガンの元族長サガ・キだ」
ずらっと、自己紹介される。
「あ……ああ……こんにちわ。私をご存じで?」
「キラ・シのハルナさん。今まで、末席に居たから会えなかった! あなたに会わせてくれたということは、信用してもらったということかな。嬉しいな!」
熱量が、凄い……サル・シュくんとル・マちゃんを掛けて二倍したぐらい。すっっごい、目がキラキラしてる。他の人達も。
「ゼルブの頭領、チヌだ!」
キラ・ガンの挨拶が切れた瞬間、チヌさんが割って入ってきた。左側も立ち上がって、自己紹介。
挨拶競争しなくていいのよ……?
お互いに、言葉は通じてないんだよね? たしか、キラ・ガンとキラ・シも言葉が違うって言ってた。
もう一度挨拶してもらって、互いに私が翻訳するクロス翻訳開始。
「ゼルブの部族がキラ・シに来て、色々心配そうだということで、俺たちに話をしてくれ、と副族長に言われた。
俺たちの方が先にキラ・シに来た新参だ。だが、安心しろ、何も心配はない」
サガ・キさんが凄い、拳握って力説してくれた。
「今は、新参の君たちと初顔合わせだから、元部族を名乗ったが、キラ・シの中では、誰も俺たちをキラ・ガンだとは言わない。最初のうちは後ろを走らされたが、それはどの部族も一緒だった。キラ・シに移った時期で、順番だ。強さとか、部族とか関係ない。
俺たちは、山で、キラ・シと二千年、敵対していた部族だ。それでも、ガリ族長は文句も言わずに入れてくれた。素晴らしい人だっ! あんな族長はどこにもいない!」
そっか……キラの歴史の中で、最初から対立してたんだ?
「しかも、我々がキラ・シに入る六年前に、今は部族四位のサル・シュを、キラ・ガンでつかまえて半殺しにした。その時に、俺たち12人は彼に手を上げることはしなかったが、止めもしなかった。それでも、キラ・ガンがしたことだ。
キラ・シに入りたいと言っても、その場で首を跳ねられることを覚悟していたが、サル・シュも、ガリ族長も、俺たちを許してくれた。
許してくれたんだ……
ここまで、連れてきてくれた! 感謝しかないっ!」
熱い……! 闘魂っ! でも、ゼルブの人達も迎え撃って前のめりで聞いてる。凄いな。
「そして、凄いのはココからだ。
キラ・シは、女を取りに山を降りた。だから、女の獲得が第一だ。なのに、誰も女に無理強いしない。わかるか?
村に行くのも『乗り込む』んじゃないんだぞ。先に近隣で獣を獲ってから、『獣に困ってないか?』って。獣を渡して、『馬に水をくれ』って、肉と引き換えだ。
一目で狩人だとわかるから、女に囲まれる。そこでもちろん、それを自分のモノにするんだが、自分にこない女は絶対にひっぱらないんだ。
わかるか?
俺がキラ・シの戦士二人、ショウ・キとアリ・キと行ったとして、女が、ショウ・キと俺に集まった場合、アリ・キは、俺の女をとろうとはしないんだ。
後から入った俺はキラ・シの末席だぞ? しかも、敵部族だった。
それでも、『対等』なんだ」
へー…………、本当に無理強いしないんだな……
サル・シュくんとかリョウさんとか、お行儀のいい人だけかと思ってた。いや、『懐柔』ができてるんだから、大多数はそうなんだろうけど、変な人が一人や二人いると思ってた。キラ・ガンの戦士相手でも、そうなんだ?
「ガリ族長に『キラ・シだ』と認められた時から、俺は、間違いなく『キラ・シ』で、前の部族とか、新参だとか、まったく関係ないんだ」
震えてる。熱い! 燃えてる!
「ガリ族長が、どう部族の戦士たちに教えているのか、よくわかる」
これもう、ガリ・ア教だ。
「だから、お前らも心配ないっ! ここにいるならもうキラ・シだ! 誰も、お前たちを別部族だとか新参とか言わない! 女の権利さえ対等だ! その代わり、キラ・シの戦士として、キラ・シに貢献すること。それをしなければ、捨てられるぞ。
戦場で、後ろから石が飛んできたら、次は後ろから殺されるからな」
「え? そういうことがあったの?」
話には聞いてたけど、新参の人の前でも、やったの?
サガ・キさんは頷いた。
「足手まといは本人に知らせないと直らない。口で言っても直らないから、戦場で直接教える。仲間を裏切るようなやつは、戦場で仲間から裏切られる、とな。
そいつは『本気なら……』と、大きな石を手にとってつがえた。
『本気なら、この大きさの石を頭にぶつける』、と。
『死ぬぞ?』 って聞いたら、『変』な奴がいたら『まとも』な奴が死ぬ。その前に『変』な奴を間引くんだよ、と言っていた」
「それは、新参のあなたたちに対する脅しじゃないの?」
「だが、俺たちは誰一人、後ろから石を当てられてはいない」
「その時、誰に石を当ててたの?」
「サル・シュ、あの白い美人」
サル・シュくん…………
「こんな小さい石だったから、その時は遊びだっただろう。見てろよ、って言うから見てたら、サル・シュはその石を、振り返りざまに刀で真っ二つにした。馬で走っているのに。刀も、全然抜いてなかった。両手で馬のツノを持ってたのに…………いつ抜いたのか、振ったのかも、見えなかった。
そして振り返って、五本指を揃えて手を、射た男に向けて、イーッ、て…………子供の遊びみたいだったな。射た奴が、その斬った石を拾ったら、本当に、真っ二つになってた。こんな小さな石が!
あれがキラ・シ四位のサル・シュだ。
あいつには逆らうな。側に行くな。面倒だから。でも、近くにいることになれると、得なことはたくさんあるぞ。でも、制圧の時はあいつに全部持っていかれるから一緒に行くな、と言ってた」
サル・シュくんってどういう位置なんだろう……
「キラ・シはわからん……」
サガ・キさんが、ようやく座り込んだ。今までウンウン、と頷いていた元キラ・ガンの人達も、座るかと思ったら、「俺は元キラ・ガンの副族長だった。こいつが族長だ。俺も、キラ・シでいじめ抜かれることを覚悟して移って来た」
次の話始まったーっ!
全員が喋ったわ。凄い喋ったわ。段々、キラ・ガンがどれだけ酷かったか、キラ・シがどれだけ凄いか、素晴らしいか、ってなって、最後には全員で泣きだした。ゼルブの人達も感動して泣いてるし、彼らもキラ・ガンに自分の部族のこと話しだして、留枝(るし)がどんだけ酷かったかとか、どんだけ圧政だったかとか、キラ・シが何も命令してこないのが不思議だ、とか……
熱いっ! 暑苦しい!
「キラ・シはなぜ、俺たちに何も命令しない?」
両方からそんなことを問われた。
「……今で足りてるからじゃないの?」
何か言いたそうにパクパクしてたけど、頷きながら両方が座り込んだ。
「何も命令されないから、見捨てられるんじゃないかと、とにかくナニが手柄になるのかと、探し回って……ラキのシロで食料が足りないと言われたから熊を獲ってきたら、『サガ・キがこんなの獲ってきたぞーっ!』って、俺の手柄になった……みんなが俺を褒めたたえてくれて…………いや、違う……そうじゃない…………何か、キラ・シの役に立ちたいんだ……」
「そうだ、俺も、もうキラ・シに移って十日になるのに何も言われてないっ! 馬の乗り方を教わって、馬を貰って、キラ・シと村を制圧して回って、馬の世話をして、女を抱いてるだけだっ! 違うだろっ! もっと何かあるだろっ!」
熱いなー……二人とも……
「だから、母から聞いた、ハルナ様の必要なことを各地で調べさせて、とりあえず、こういうのでいいのかと、作って貰った」
「鉛筆っ!」
チヌさんが、エンピツ十本ぐらい出してくれたっ!
「えっ! うそっ! 凄いっ! 既に研いでくれてるっ! うわ、書きやすいっ! どうやって作ったのコレッ」
「煌都(こうと)の木工職人に頼んだ」
「へー……煌都の?」
やだっ、十本もあるよっ! ちょっとテーブルに試し書き。
「あ、そうだ。あなたたちの分、地図に書いてなかったでしょ? ちょっと来て」
大広間の地図の拡大図で、どこを制圧したのか教えてもらった。
やっぱり数はキラ・ガンの方が多いな。今まで書きに来てなかったもんね。
ただ、自分が抱いた女の人の人数と村の位置だけははっきり覚えてた。これって、標準装備の記憶スキルだろうか? 覚えてられないと思う私がダメダメ?
「このエンピツね、ここでこういうふうに使うの」
白い短冊にエンピツで名前を書いて、地図の釘に刺す。
「白い短冊があるところは、まだ手つかずの女の人がいるところ。ほら、ガリさんとか、突っ走るから、一人でガンガン村を見つけて、凄い数の女の人抱いてくるの。来年、ガリさんの子供が三千人ぐらい生まれるよ」
「三千人……!」
両方が驚いてくれて、胸がスッとした。
だよね? 驚くよね?
「あなたたちも、だから、たくさん生ませてね。15年後に、キラ・シの戦士が数万人になるように!」
「俺の子でもいいのか?」
チヌさんが自分を指さす。
「だってあなた、キラ・シでしょ?」
チヌさんやサギさんは、この砂漠の人らしくて、肌が随分黒い。
でも、黄色人種じゃないから、茶色いのではなくて、薄く黒いんだよね。白人が黒くなったんだ。髪の毛はアフロ寸前。それを、マスクと帽子が一体化したような布をかぶって駆け回ってる。今は、ベルトに突っ込んでるみたい。
キラ・シは砂岩を背景にすると、ちょっと肌色が紛れるけど、チヌさんははっきり、黒く浮き上がる。
その黒い肌の中で、白いめが、キラキラ見開かれた。
「……はいっ!」
元気いい返事。
「キラ・シの子を、増やすのよ、たくさん、たくさんね! そうだ、チヌさん。他の村の位置、ってわかる? この地図で書ける?」
「ココ、とココとココ……ココにも…………エンピツ、下さい。私が書きます」
忍びよってきてたサギさんがガンガン地図に×印入れてくれた。えっ……ほぼ全大陸じゃない?
「こういうのは、ゼルブの得意なところです。なんでも言ってください!」
「ちょっと、注目!」
全員をこっち向かせた。
「新しい村を、サギさんが教えてくれたよっ! 行っといでっ!」
オオーッ! って、全員が拳振り上げた。
良かった、ここ、天井がないからハウリングおこらない。近くの人達が、ゼルブの民をバシバシ叩いて通りすぎていく。サガ・キさんたちも、首根っこ引っ掛けられていろいろ連れて行かれた。なんだ、もう、仲いいんじゃない。
「チヌさん、このエンピツ、凄くたすかる! もっと作ってもらえる?」
「幾らでも。一本作るのも100本作るのも一緒らしいです」
「じゃあ、とりあえず100本頂戴! 半分使ったら、また作ってもらう……ので、間に合うかしら?」
「それより、それ、使い心地どうですか? なんか凄く黒い部分が速くすり減ってるみたいですが」
たしかに、本物のエンピツが2Bだとしたら、これは六Bぐらいで、すぐ減っちゃう。軽くていいけど。
「ああ……うん、それはそうだけど、どうにかなるの?」
「炭の含有量を減らせば、硬くはなる筈です」
もしかしてゼルブって、科学技術の話もできる?
「もう少しだけ固いと、削る頻度が減ってラクだけど……固すぎても、布に書けなくなるんだよね」
HBとかだったら、きっとこの短冊には色が乗らないと思う。
「二種類作ってもらえばいいですよね? それと、その短冊、幾らか貰えますか? それで書きやすいのを作ってもらうのが一番いいですよね」
凄い……私の周りが整っていく。気持ちいいっ!
制圧はどんどん進む。
リョウさんの子も、どんどん大きくなる。
マキメイさんと、どっちが速いかって状態。
産婆さんなんていないから、リョウさんとガリさんやサル・シュくんが付き添ってくれた。
マキメイさんは恥ずかしがっていたけれど、キラ・シには産婆がいないから、この人達慣れてるからって説き伏せた。
本当は、マキメイさんが産婆さんを呼んでいたんだけれど「知らん奴に任せられるか!」と、リョウさんも怒って産婆さんを追い出したんだ。
産婆さんできるガリさん、不思議な絵面。
私のお産は長引いて、するっと終わったマキメイさんまでずっとついていてくれた。
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