「春菜、早くご飯を食べたら? 学校に遅れるわよ?」
母さんが父さんを睨む。味噌汁を飲みながら、新聞を読むの、いつも嫌がるのに、父さんは知らんぷり。いやよね、って顔して私を見て、テーブルにコーヒーを置いてくれた。
「転校早々遅刻なんていやでしょう?」
ここ、富士見台の、家……?
えっ? 私、死んだの? どうしてっ?
何してた? 誰かに殺された?
あ…………お産で……死んだんだ?
産後が悪かった?
体力がなかった? たしか凄い、長かったんだ。マキメイさんはすぐ産んじゃって、私の手を握ってくれていた。
そつか。あんなところで死ぬのか!
他の原因もあるかもしれないけど、あの世界で私ができることは、体力を上げることだ。
次はがんばろう。とにかく、歩き回ろう。ラキのあのお城で階段をずっと昇り降りしてればいい。
また、森の中でリョウさんに見つけられて、『女です』とだけ、言った。
前回『キラ・シの女です』って言って、サル・シュくんに凄い突っ込まれたから。『私の部族では』って言える余地を残しておかないといけないんだ。
なるべく、起きてるようにして、ル・マちゃんとかサル・シュくん、リョウさんとの友好度を上げる。油も早々にもらって、顔と手に定期的に塗れた。ああ気持ちいい。くちびるとか、すぐに荒れるから、
友好度を上げるのは、ル・マちゃんは私の手で撫でてあげると一発なので簡単。食事回数が多くなると、私のちまちました食べ方に、リョウさんが勝手に『うっ』となってくれて、こっちも簡単。サル・シュくんは、まぁ……毎日喋ってるだけしかできないけど、元々、誰にでも気さくだし、『敵扱い』じゃなきゃいいよね?
お城を乗っ取って、お風呂に入って、早めに寝られた。
けど、今度は一回目と同じ、次の日の夜にあの殺伐さで羅季(らき)城を出発した。ガリさんは、一度も羅季城に帰って来てない。
この、微妙に違う歴史、たまらない……怖い。
どうする? 今回は私が村の方向を知ってるから、そのまま進軍できるけど……
「あっちに村があるよ。馬で半日駆けたところ」
サル・シュくんが確認して、全員で走った。
今頃、車李(しゃき)から5000の援軍が羅季城向かってる。あの橋は、今回キラ・シが渡ったので壊れた。
川を渡ってるかな……?
あ、指笛。
朝日を背に全員ダッシュ!
あ、車李の軍隊が、川を渡ろうとしてる!
それを後ろから急襲。元々弱いのに、どうしようもない。『山ざらい』もなく一瞬だった。川の向こうに逃げようとした兵士はサル・シュくんが綺麗に射抜いた。
キラ・シはみんな休憩モードだけど、サル・シュくんだけが、馬の上に立って川をあちこち確認してる。たまに撃ってるから、泳ぎが巧い人がいたみたい。サナくんが、みんなの矢を集めてサル・シュくんに渡してた。
しまった…………こんな野外じゃ、地図が描けない。あそこで寝ずに、書いてしまわなきゃいけなかったんだ!
もう四回目だから、ある程度村の位置は覚えてるけど……
『前回』のサガ・キさんじゃないけど、『キラ・シのために働きたい!』のが強くてうずうずする。
「今の、車季の戦士だ、ってマキメイさんが言ってる」
リョウさんに言ったら、ガリさんが呼ばれて、車李と、南西三国の国情を説明した。
「こういうときは、あの5000の戦士から連絡が来なくなるから、続いて、大軍が二つ来るよ」
「ならば、北に行くか。元々もろい奴らだが、横から叩けば反撃もできまい」
リョウさんが言う通り、一万も二万も、真横から騎馬で襲ったら、一瞬だった。とにかく、キラ・シ速いわ。
そういえば、この瞬間を見るの、私、初めてなんだ!
『最初』は『山ざらい』出してたみたいだけど、あれは突然真正面に出てきたからガリさんが驚いただけだったのかな? 前回も出してないって言ってたし、『山ざらい』する方が珍しいのかもしれない。特に今回は、後ろからとか、横からとか奇襲できてるから、その必要もないよね。
車李には古代戦車もあるんだけど、直接騎乗してる騎馬に叶うわけがないし、逆に、戦車が歩兵に周りを囲まれて身動きできなくなってる。
「馬が手に入った! ツノないけど!」
サル・シュくんが嬉しそうに馬だけ戦場から持ってくる。まだみんな戦ってるよ?
馬から下りて、ツノのない馬の口周りを見てる。手綱が気になるみたい。
「蔦で首を引っ張って言うこと聞かせてるのか? 面倒な馬だな」
そんなこと言いながら、その馬で走り回って手綱の要領をすぐ呑み込んだ。それよりさきに、馬が背中に乗せたくなくて凄く暴れてたのに、馬の目を覗き込んだら、馬がシュンとおとなしくなったのが怖い……
「逃げたら、草の根分けてでも探して出して殺すからな」
馬相手に脅してる……
あ……ガリさんほどとは言わないけど、凄い、気迫、出した!
向こうでリョウさんが、そんなサル・シュくんに気付いて溜め息着いてるっぽい。元々、既にガリさんもリョウさんも前線のこっち側に少し離れて静観してる。安全圏から指揮してる感じでもない。戦も放置?
リョウさんが戻ってきた。ガリさんはまだ、ごっちゃになっている戦士たちを見ている。まぁ楽しそう。車季側は必死だけど。
「リョウさん、戦、いいの?」
「弱い敵ほど若戦士に任せないと、育たん」
そっか。
子供たちがサル・シュくんとかリョウさんを凄く遠巻きにしてるけど、目がキラキラしてる。ほとんどの子が手に剣を抜いていた。以前なら物騒だと思っただろうけど、今は普通に頼もしいと思う。私もこの世界に随分染まったなあ。
サル・シュくんが新しい馬を子供たちに任せて、マキメイさんとかもその後ろに乗ってた。いやいや。5歳児の後ろにマキメイさん乗ったら、抱きつく先がなくてかわいそうよ……
次の車季の二万はもう、上位陣が出陣しなかった。若い子たちだけでワーッ、てやってる。あ、凄い、なんかメッチャ強い人がいる。
「あれが、元キラ・ガンの族長だ」
隣でリョウさんが教えてくれた。サル・シュくんもニコニコして見てる。
「キラ・ガン頑張ってるなっ!」
「キラ・ガンって、敵の部族……じゃなかった?」
「ああ、ガリについて降りてきた。あれだけ強いのが抜ければ、もうキラ・シにちょっかいを掛けて来れんだろう。山キラ・シも弱くなったが、敵も弱くなってくれてよかった」
そうだよね、強い人達を族長が全員キラ・シに引き抜くとか、邪道も邪道だよね。でも、キラ・シってそれで二千年も続いてきたんだよね。凄すぎる。
あ……、車李軍が逃げ出したので、全体的にキラ・シも追い駆けた。今回はもう、みんな馬に乗ってるから簡単。
そのうち、武器を持ってない兵士がこっちがわに転がされるようになった。
「子らっ! とどめ刺してこいっ!」
サル・シュくんが怒鳴ったら、三歳のミル・シュくんまで刀を持って、車李の戦士をざくざくに……うわぁ…………
その向こうにも、ちょろちょろと戦士が残されてる。子供たちのために、弱いのを送ってるんだ?
チョット前の私なら、物騒で震えただろうけど、今はただ、頼もしいわ。なれたね、私も。
『人殺し』ってこうやって育つんだな、って、納得、した。
こんな育てられかたして『殺すのはダメ』とか、通じるわけがない。血におびえるわけがない。
二万の逃走兵を追い駆けて、キラ・シの戦士が全体的に散った。リョウさんとかガリさんが、獣獲ってきて野営。その残りを近くの村に持って行って、みんなで井戸から水貰った。
あ、ガリさんとサル・シュくんがいない。
あの人達はまったく……もう………………
とりあえず車李の場所をリョウさんの前で聞いた。
「もう、第三陣を遠征させる兵力はないはず。どうする?」
「どうする、とは?」
「車李のお城を攻める?」
「なぜ」
「なぜ?」
「シロとは、あの羅季(らき)の大きい家だろう?」
「うん。そろそろ見えてくるんじゃないかな」
ほら、地平線のあっちに、塔の先端が見えてる。
車李城、見たの二回目だけど、本当に大きな王城だな……これを、重機ナシで作ったんだから、ホント、昔の人は凄いよ。
「あれを攻めてどうする?」
あ、キラ・シが徐々に集まってきた。あちこちの村を『制圧』してたんだろう。ホクホクした顔してる。
「攻めてどうするって、もう敵対してるから、倒さないと永遠に追い駆けてくるよ?」
「いつ敵対した?」
リョウさんは冗談言わないよね?
「五千、一万、二万、と殺したでしょ」
「あれか……ああ」
のんびりしてるなぁ。お城を守らなくていいからかな?
「ほら……迎撃部隊が出てきたよ」
左側の跳ね橋が上がって、右側、正門から5000ほど出てきた。丘陵地に布陣する。
「あれがシャキの戦士か? 一体何人いる?」
「あれと、あと千ほど出てくるので最後」
「最後……ということは、あの大きな家を守る戦士はいない、ということか?」
「少しは居るみたいだけど、キラ・シで十分殺せる数の筈」
リョウさんとガリさんが目を見合わせた。
盗る? やる? って、サル・シュくんが目をキラキラさせてる。
「サル・シュくん、珍しくやる気?」
「あの中面白そうっ! 早く入りたいっ!」
好奇心の塊だな。でも私も入ってみたい。
「あ、ガリさん。あそこの一番高い細い山に穴が開いてるの、わかる? 羅季(らき)城で、ガリさんが飛び込んだみたいな」
ガリさんが目を細めて見上げて、ややあって頷いた。
「あそこに王様がいるの。羅季で出した、あのシュバッってのをあそこに出せない?」
「『山ざらい』であんな高いところを?」
「『山ざらい』?」
リョウさんが、やっとその名前を出してくれた。全然話す機会がなかったらそれ言えなくて苦しかった。よかった!
キラ・シ本陣が、サル・シュくんを先頭に正門を駆け上がったとき、ガリさんが、西門の方から塔に『山ざらい』を出した。
うっわ…………地響きっっ!
え? こんなに揺れるの? 地震だよ、これっ!
「あ、リョウさんっ、キラ・シ………撤退っ! 山が崩れるっ、巻き込まれるっ!」
私が叫ぶより前に、リョウさんが指笛を吹いてくれたから、サル・シュくんとか、慌てて出てきた。
その向こうで、本当に、あの大きな塔が…………崩れてった……凄い砂煙。ガリさんが、それを見ながらこっちに馬で走ってくる。リョウさんとすれ違いざま、パーンッ! って、ハイタッチ。すっごい、音したっ! 私なら肩まで外れるわ。
「あそこまで届いたっ!」
ガリさん大興奮! 満面の笑顔! ナニソレ、めっちゃかわいいっ!
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