ル・マちゃんが、最上階から死体を投げ落としてた。
岩にぶつかって砕けたのが飛び散って、眼球が私の肩口を飛んで行った。
なぜ、こんなときだけ私の動体視力がんばるのよ! 見えなくて良かったのに! 今のナニ? で済めば良かったのに!
凄く綺麗な青い目だった。
赤ちゃんが、皇帝と同じ金髪碧眼だ、って言ってた。
皇帝の目だ。
皇帝陛下の眼球だっ!
「ハル! 口を開けろ! 今は叫んでいいからっ!」
だって、叫んだらガリさんに舌を抜かれるっ! 足を切り落とされるっ! キラ・シが不利になる!
約束したもんっ! もう叫ばないってっ! 約束したもんっ!
「ハル! 目を開けろっ! 悪い夢を見ただけだ! 起き上がれっ! 目を覚ませ!」
ル・マちゃんの声?
「ハル、夢だ。悪い夢だ。ほら、はっきりしたな?」
ル・マちゃんが私の目の前で、パンッ、て柏手。
「ハルナ様がお目覚めになりました!」
女の人の声がする。女官さんだ。
「ハルナ様……あの、お風呂の用意ができています。いかがですか?」
マキメイさんがこそっと私に耳打ちしてきた。
すごい私、寝汗でびしょびしょ!
「えっ! お風呂っ! あるのっ! 入りたいっ!! ル・マちゃんっ一緒に入ろう!」
「なんだそれっ! うぉっ、なんでハルっ、そんな力強いっ……っ!」
私がお風呂入ったら、ぜっっったい、ル・マちゃんくさいっ! 一緒に入らないと、私が地獄じゃないのっ!
なぜ、私がル・マちゃんを連れて行けるのかと思ったら、反対側の腕、マキメイさんが持ってた。
「マキメイさん。キラ・シ全員、お風呂に入ってもらうよ」
「任せてください!」
「サル・シュ、助けろーっ! リョウ・カーっ!」
「助けろって言われたって、女ばっかり…………どうしろと……」
サル・シュくん、刀までしまって、両手を肩の位置まであげて、アメリカンに笑ってる。
お城の入り口はキラ・シが固めてるから、気を抜いてるみたい。お城全部見たしね。
「ハルがすることなんて、痛いことじゃないだろ」
ル・マちゃんを囲んでる女官さんたちと私のそばを、サル・シュくんは馬を下りてついてきた。リョウさんがお目付役によこしたみたい。
「リョウ・カーっ!」
「ハルがやるなら女のことだ。おとなしくされてろ、ル・マ」
私、なんか凄い、信用高い? ここでル・マちゃんつれて逃走とか、全然考えてないのね。まぁ、しないけど。
「マキメイさん。お湯、ぬるめにしてきて。熱いと絶対ル・マちゃんじっとしてないから」
「ぬるめてあります。大丈夫です! 大陸にもお風呂に入らない部族がいるので、こうなるのはわかってます! 任せてくださいっ、絶対に、全員お風呂に入っていただきます!」
おー、なんかツーカーだ。
「ル・マちゃんに入ってもらって、ル・マちゃんにサル・シュくんを引きずり込んでもらって、サル・シュくんにリョウさんを引きずり込んでもらって、リョウさんに部族全員入るよう命令してもらおう!」
「……そうですねっ! お仲間に誘っていただくのが一番ですね! わかりました!」
マキメイさんが、女官さんに色々言ってる。
「何言ってんだっ! ハル! その女と何しゃべってる!」
ル・マちゃんがうるさいので、彼女の顔を私の両手で包んで真正面から見つめた。
ふわっと撫でてあげると、ル・マちゃんが気持ち良さそうにふにゃっと笑う。
「ハルの手、気持ちいー」
ル・マちゃんがとまった。よし。
「これからお風呂に入るとね、ル・マちゃんの手も、こうなるんだよ」
「えっ?」
剣だこのある手でもなるかな。でも、今よりはマシなはず。
「マキメイさん、粗塩ってある?」
「あります。どうされるんですか?」
「あれで肌を軽くマッ……こすると、凄くスベスベになるの」
「えっ? そうなんですか!」
「消毒効果もあるし、キラ・シ全員に使ってもらうから、大量に用意してくれる?」
「そちらも御用意いたしますが、皇太后様がたが使ってらっしゃった、お化粧道具などもございますよ」
「そんな恐れ多いものいらないです…………うわっ!」
「なんだこれっなんだっ!『その世』かっ!」
マキメイさんに案内されるまま部屋の奥に入ったら、すっごいムシっとして蒸気!
10メートルぐらいのプールが…………これ、全部お湯!? 源泉掛け流しっ! 大江戸温泉村みたいなでっっかいお風呂っ!
女官さん達いっぱいで、裸になるの恥ずかしいけど、もうっ、なんか、早く入りたいっ!
「桶は?」
「こちらにっ!」
自分でも驚く速さで服を脱いで、渡された桶でお湯を掬う。白い。なんだっけ? 湯の花がいっぱいなんだよね。お風呂がでこぼこと白いと思ったら、湯の花が固まってこうなってるんだ?
あ、ホント、ぬるい。ちょっとぬめっとした塩辛い泉質だ。なんだっけ? ナトリウム泉? これは、粗塩でこすらなくてもツルツルになりそう。
「もうちょっと熱くならない?」
ぬるくしてって言ったの私だけど、これは体温よりぬるい。寒いよね、きっと。
「あちらの隅から源泉が出ていますので、中程が丁度良いですよ。あちらの端は熱湯ですので気をつけてください!」
ああそうか。こんな大きなお風呂だから、熱湯流し込んでもこっちはこんなぬるくなるのか!
キラ・シにつかまって一カ月ぐらい? まさかこんな豪華なお風呂に入れるとは…………神様ありがとうございます!
お風呂の脇で、お湯に入らないように頭にお湯を掛けてこする。
「頭を洗う……洗剤………………えっと……なんかある?」
「ぬかでしたら」
ぬかと塩とどちらがいいだろう……?
あっ! 薄物を着た女官さんがお風呂に入って、私の背中流してくれてるっ! 気持ちいいっ……というか、人に洗ってもらうの、気持ちいい…………
「ル・マちゃんもおいでよ。気持ちいいよー」
「なんでそれが気持ちいいんだよっ!」
「やってみればわかる」
「やだ」
肌をなんか粉でマッサージしてもらったら、すんごいサラツヤになったっ! その手でル・マちゃんの頬をするりんと撫でたら、ル・マちゃんがハウッ……って息を吸い込むように驚いて、ふにゃっと笑う。
「ね? 気持ちいいでしょ? ル・マちゃんの手も、こうなるんだよ。おいでよ」
「毛皮、脱ぐのも着るのも面倒なんだぞっ」
私が手をお風呂のうちがわに持っていくと、ル・マちゃんも顔をふわーっと寄せてくる。バランスが崩れた当たりで手を引っ張ったら、毛皮ごと落ちた。
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