富士見台の家っ!
また死んだっ!
風邪なんかでっ! マジで?
何も役に立つ前にっ、迷惑だけ掛けて死んだって、駄目すぎるっ!
どうしたらいい?
現代でも、私、そんなお肉食べないから、あそこでお肉食べない方が良かった? そうだよ、ナニカ虫が居たかもしれない。あの弱り方は酷かった。
キラ・シは元々が慣れてるから、そういうの平気なだけで、私は駄目だったのかもしれない。
鍛えたいのに、鍛えたら体壊してる間に死ぬとか……どうしたらいいんだろう……
とにかく、今まで無事だったんだから、降りてる間はお肉食べない方がいいよね。多分、前と違ってたのはあれだよ。お肉だよ。それと、やっぱり『食べたくない時』は食べない方がいいんだ。
内臓が受け付けてないんだから。無理やり食べると、内臓を痛めつけることになる。あと、吐くときは吐いた方がいいんだ。内臓が受け付けないから出そうとしてるんだから。我慢するのよそう。
風邪を引いてるときこそちゃんと食べないと、って言う人がいるけど、あれ、違うんだってね。
内臓で食べ物を消化するのは凄くエネルギーが必要なんだって。
病気の時は体が外敵と戦ってるんだから、そのエネルギーを全部外敵と戦うことに使いたいから、食欲をなくさせて、食べなくさせて、内臓を動かないようにして、全力で細菌とかウイルスと戦うんだって。
だから、食べたくないときは食べなくていいんだって聞いたことがある。だからって、食べない、なんてことを私はしたことがなかったけど。
一カ月以上だと駄目だろうけど、現代なら点滴とかあるし。
あの時代でも、水が飲めれば、とにかく一カ月は、生きられる筈……
『今まで』もそうだった。失神してたからそんな食べてなかった。あのままで、いいんだ。
たかが一カ月ぐらい絶食したってかまわないんだ。そのあとちゃんと私生きてたもん。
そして、羅季(らき)で食べたときは平気だったんだから、あのあとはお肉も大丈夫なんだ。
山下り一カ月とか、あんなの、ストレス感じて当然の環境変化なんだから、胃腸がダメになってたんだ。
あの、ずっと揺さぶられてるときにお肉食べるのが駄目なんだ。しかもあの時、食べすぎたし。ずっと胃もたれしてた。
胃もたれなんて、現代では普通だけど、あんな生活だと命に関わるんだわ。
『胃腸が悪い』って、栄養を摂取できないってことだから。
体内に食べ物があってエネルギーを消費してるのに、栄養になってないって一番駄目だよね。
しかも、今回はリョウさんだった。
なんか、嬉しいような、残念なような……
今回は前回みたいに、崖降りるときに一瞬失神するけどすぐに起きて、毎晩、焚き火でご飯食べられた。とりあえず、木の実と果物だけにしておく。胃が空っぽのほうが、吐かなくてすむから、楽だ。
やっぱり、揺さぶられているときに胃にナニカあるのが凄くつらい。だから、寝る前のたき火でだけ、ちょっと食べるのがいい感じ。
「あ、ねぇ……ガリさん、『山ざらい』する時にね、腕を上にあげちゃうじゃない?」
もう『先見をする』って言ってるから、こんな話しても不思議だとは思われないようになった。不思議がられるけど、ル・マちゃんの前例があるから。
族長と副族長が並んでたき火にいると、みんな挨拶に来るから、それが終わったあと、聞いてみた。ル・マちゃんも、サル・シュくんも、レイ・カさんもショウ・キさんもいる。
「あの時、敵が立ってる角度に合わせて刀を振ると、もっとたくさん殺せるよ」
全員がシンとして、ガリさんが目を細める。
サル・シュくんが、ゴックン、ってなんか、凄く大きいものを呑み込んだ音がした。ショウ・キさんはガツガツお肉食べ続けてた。
「ハル、族長の『山ざらい』っ、知ってるのかっ! なんでっ?」
今回のサル・シュくんは、今までと一緒『ハル』って呼び捨て。安心するー。
「知ってるというか、見えたの……高台の上から、それを出してるガリさんが。
向こうが下がってたから、100人ぐらいしか殺せてなかった」
信じても信じなくてもいい。先に、もう全部情報は出してしまっておく。あとは好きにしてくれたらいい。出し惜しみして負ける方がいや。
ガリさんがリョウさんを見て、私を見る。小さく二回、頷いた。
「……たしかに、考えて振っては、いなかった」
ガリさんも、たいがい脳筋だもんね……
「考えてなかったのかっ!」
リョウさんがガリさんを睨んで、レイ・カさんが口元を押さえて肩を揺らしてる。ショウ・キさんはガツガツ食べてる。
「それで間に合っていたから……ああ………………敵の立っている地面の角度か…………そうか……」
ガリさんが拳で口元を押さえたまま右側を向いて、何度か首を縦に振る。そして、刀を持った手の振りを幾つかシミュレートしてるみたい。
「俺はっ! 俺のワザは見えないっ? どうしたらいいと思うっ!」
サル・シュくんのは、見たことないからなぁ…………
「人がいっぱい詰まってるところで出したら、20人ぐらい殺せるよ」
たしか、留枝(るし)の城内でそうだったって言ってた。
「20人っ! ワォッ!」
ル・マちゃんの肩を引き寄せて頭ゴツン、して、ル・マちゃんに引き離される。それでも両手上げて喜ぶサル・シュくん。相変わらずかわいい。
「サル・シュのワザも、見たのか? ハル」
「見た……というか、多分、リョウさんがそれを私に説明してくれてるようなのが見えた。
こう……刀を上で横に構えて、あっちからサル・シュくんが打ってくるみたいな……それで、刀が折れないのに、敵が真っ二つになる……ん、だよね?」
「すっげぇっ! ハルすっげぇっ!」
ル・マちゃんまで両手上げて騒いだ。
「一人しかいないところで出すから、一人しか殺せないだけで、人が固まってたら、結構遠くまで届くみたいだよ?」
「へーっ…………」
どうしよう、この流れなら言えるかもしれない。
ガリさんが、あの窓に飛び込まないように、って……
そうしたら、皇帝陛下が死ななくて済むかもしれない。
でも、どうだろう。陛下が生きてたら、どうだっただろう……
マキメイさんとかが皇帝の世話も入って、大臣たちが生き残って……その状態でキラ・シと、うまくやっていけるだろうか?
キラ・シが、大変なだけじゃない?
あの羅季(らき)城が『健全』だったら、どう利点がある?
だって、マキメイさん達が居たから、運営は支障なかった。車李からの援助のたぐいがわからないとか現金がないから買い物できなくなったとか?
車李はすぐにキラ・シの傘下になるし、買い物は結果的に、獣の皮とかを売って、その現金でできた。
どうだろう……
止める?
止めない?
ああ……悩んでる間に羅季の尖塔が見えてきた。
ガリさんが、崖から窓へ飛び込んだ。
相変わらず凄いことする。
あそこで足りずに落下して死んじゃうって未来は、ないのかな?
いや、考えないで置こう。
これで、降りてきたときに『山ざらい』、する……
あっ……下る斜面に合わせて出したから、あんな……向こうまでっ!
ガリさんの前方120度の範囲を、500メートルぐらい向こうまで、全部、……『刈った』。
馬も、人も、木も。
凄い、見晴らしよくなった……
これ、やっぱり坂が、向こうが急だったから、角度は合わせられなくて、カマイタチが空に逃げてる。水平に出したら、本当に、どんなことになったんだろう? どこまで行くんだろう?
しかも、覇魔流(はまる)の軍隊が、その間に全部、居たみたい。
みんな、死んでる。最後尾に何十人か、生き残った人、いるけど、
「サル・シュっ!」
リョウさんが叫んだら、サル・シュくんがまさに隼のごとく駆けてって、二秒で全滅、させた。
「全、滅! ウォオオオオオオッッッッ! 族長スゲーッ!」
サル・シュくんの叫び声が岩山に反響して初めて、山際に避難してたキラ・シが起き上がって吠えた。これもハウリング。ああもう……キラ・シの人間兵器炸裂。
咄嗟に展望台を見上げたら、下を指さしてる兵士がいた。どうするだろう? 教えた方がいい? あ、リョウさんもガリさんも見上げてる。
お城の中は、ガリさんが降りてきたときに、出合った人を殺してるかもしれないけど、毎回100人ぐらいの兵士は残ってた。
というか、覇魔流の兵士が逃げてないから、キラ・シが全員、羅季城の周りにいる。これは今晩の、覇魔流(はまる)、貴信(きしん)の進軍はないかも。それは、凄い歴史が変わるね。
『『山ざらい』の出し方を私が変えさせた』からだ。というか、すぐに変えられるガリさん、本当に凄い。
歴史はどう変わるだろう……
とりあえず、目下の問題は……
「リョウさん、お城の中に戦士が残ってるよ。どうする?」
「殺す」
そうですか……
「お城の中に女の人も三十人ぐらいいるよ? 歯向かわない男の人もいるよ?『下』は男の人全部が戦士ではないから」
「……女と、戦士ではない男? ……ガリ!」
リョウさんが馬を下りた。
ガリさんも、馬を降りてたから。
羅季城を見ながらナニカ話してる。
私はリョウさんの馬の上。帰って来たサル・シュくんが、その馬のツノを押さえてくれてる。前はそんなことしてくれなかったけど、戦場で馬が荒れてるから、ガツガツ足踏みしてるし、押さえてくれるの安心。
キミにも何度も乗せて貰ったよね。毎回ありがとうね。首の当たりを撫でてあげたら、フシュー、フシューって息を吐いて、おとなしくなった。良かった。かわいい。たてがみを手櫛する。いつもリョウさんがしてるらしくてサラサラ。
「うわ、ハルがリョウ・カ(馬)をおとなしくさせたぜ?」
ル・マちゃんがサル・シュくんの向こうから覗き込んで驚いてる。
「おとなしい馬じゃないの?」
別に前も、振り落とされたりはしなかったよ? リョウさんがついててくれたからってのは大きいと思うけど。
「リョウ・カは、リョウ・カ以外が乗ると振り落とす」
「え? 今、私乗ってるじゃない?」
「リョウ・カが乗せたから」
ああそっか。私、この馬とは初対面なんだ? つい忘れるな。『前』があるから、その延長線上だと思ってしまう。
そうだ……前、砂漠の家で突然リョウさんに処女を破られたの、凄いびっくりした……もう、慣れてると思ってたから痛くて泣いた……処女を破られる痛みがもう何回もあるって……人生でおかしい……ああそっか、あれはまた今回もあるのか…………うんざりするなぁ……
あ、リョウさんが手招きしたら、サル・シュくんが馬で王城に入ってく……
こういう、『特攻』は彼の役目なんだ? 速いし、機転が効くから?
「俺のほうが速いのにっ!!」
ル・マちゃんが馬でジタジタしながら、私の乗ってる馬のツノ、持ってくれた。
あ、サル・シュくん、すぐに出てきた。
「リョウ叔父ー…………」
なんか、気の抜けた声。
「中、変だぜ?」
「どう、変なのだ?」
あ、ショウ・キさんとかレイ・カさんもガリさんの周りに集まってく。
「いっぱい土下座してる」
そりゃ、変だ……
しかもサル・シュくんの言葉では珍しく、端的に情景が思い浮かぶ。
「ほら……入り口のこっちがわに武器が投げ出してある。中のやつらも、全然武器持ってない。両手がべったり地面についてる。で、あそこ、明るいんだよ。洞窟の中なのに。気持ち悪い洞窟」
「あれは洞窟じゃないよ、王城。大きな家。
明るいのは、小さなたき火をいっぱいつけてるから」
出ようかどうしようか迷ったけど、『お城』だと認識しないと入らなさそうだし、入ったら惨殺しそうだから、説明はしておこう。
「中を知っているのか? ハル」
「うん。見えてる、全部。
今、誰がどこにいるかはわからないけど、あの『家』の仕組み自体はわかる」
もう、通算で一年ぐらい住んでたから……いや、住んでた? 住んでたかな? まぁ、とにかくよく知ってるよ。
「それと、私、羅季(らき)語わかるよ?」
「ラキ語を?」
ガリさんとリョウさんが目を見合わせて私を見た。
「伏せてろ、ハル」
ガリさん、リョウさんと私、サル・シュくん、ショウ・キさんの順で、馬に乗ったままお城に入っていく。レイ・カさんの一軍は死体を越えてあちこちに散った。
門の外に武器がいっぱい。踏まずに歩くのが大変。馬が、どうやって歩こうか逡巡してる。
うわー……
あの大広間で、全員が土下座してる。
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