前に兵士、その後ろに貴族……かな? 凄い服の人。
大扉を開けた向こうに、多分皇帝なんだろう、冠乗せた人が土下座してる。
奥の人が顔を上げた。
目が青い。髪が金色だ!
この人が皇帝だ!
「この城を守ってくれてありがたい。私は曜嶺(ようれい)皇帝納射(なしゃ)、貴殿の名前を聞かしてくれないか? 先程は、聞くこともあたわず、名乗れもしなかった……我が城に招聘したい。馬を下りて奥へ」
皇帝の言葉をガリさんまで聞こえるように翻訳する。
さっき、あの飛び込んだ部屋で会ったんだ?
「名前を教えてくれ、ってガリさん」
「……ガリ・ア……」
「ガリ・ア殿? 良いお名だ」
これぐらいはわかるのかな? 後ろに向けて左手を振ったガリさん。私に? 通訳いらないって?
「カミ、ハ、ドコ、ニ、イル」
ガリさんの、声?
ガリさんがラキ語を喋ってるのかな?
この、無限通訳能力、便利なんだけど、誰が何語を喋ってるのかわからないのがたまに面倒臭い。私の耳には全部日本語に聞こえるから。
「リョウさん、ちゃんと通訳した方がよくない?」
リョウさんも、私に向かって左手を左側に出して、掌を下に振った。『押さえろ』って感じ。黙ってろ、でいい? 黙ってるよ?
「神はあなたかもしれませんぞ。我が城を助けてくれて礼を言おう。あんな遠くからどういう方法であれだけの威力を出したのだ? 兵士たちが不思議がっている」
「アザムイタ……ノカ?」
ヒャッ!
ガリさんが、気迫全開っ! なんでっ?
叫びそうになったけど、リョウさんの毛皮に顔を押しつけて口を閉ざした。ここで叫んだら、絶対ガリさんに殺される。
「た……たた……たいそう、強い、そうだな。見たことも無い剣技、だったと、兵士たちが……」
皇帝が凄い、戸惑ってる、声。
なに? ガリさんなんて言った? あざむいた? 欺いた? 騙したのかってこと? なにをどうして?
ガリさんが右手を上げた。
「サル・シュ!」
叫びながらその右手の人指し指で、奥の皇帝を指さす。
ア……と言う間もない、って、本当だ。
リョウさんの後ろにいたサル・シュくんが、あんな、ところに……
馬で……
馬の前足で皇帝を向こうに蹴り倒して、
グシャッ……
また、リョウさんの背中で口をふさいだ。
息を止めて耳をふさいで、リョウさんの背中に妖精の羽があってガリさんがサル・シュくんのようにル・マちゃんのスカートめくりしてるところを思い浮かべる。
それがしぶいた血で塗りつぶされてく。私の想像力が現実に消されてく…………リョウさんの毛皮を噛みしめた。
まっっっずいっ!
あまりに不味すぎて怒りが沸いて、顔を 離した。大きく息を吸って、吐いて、リョウさんの肩からあっちを覗く。
奥の廊下に、武器を持った兵士がいたみたい。ミキサー掛けてるみたいな音がする。
キラ・シは鉄剣で、羅季は槍も剣も銅だから、音が違う。銅同士がガチャガチャぶつかってる音と、肉を切り裂く音しかしない。
皇帝が出てきてたから、無条件降伏するのかと思ったのに……武器を持って待ち構えていたなんて……
血まみれのサル・シュくんがゲラゲラ笑いながら、廊下を戻ってきた。
「スゲーッ、ハル! とりあえず10人は切れたっ! すげーっ!」
ナニ叫んでるの、サル・シュくん。
「手応えのないやつらっ! ショウ・キ向きだぜっ! まだ奥があるけど、どうする? まっすぐっ! 真っ直ぐの崖があるっ! 全部まっすぐっ!」
ひゃっ……
サル・シュくん、口は笑ってるけど、目が、笑って、ない……怖い……
「見てこい」
リョウさんが指示を出す間も、サル・シュくんはコッチに歩いてきてて……消えた……? え?
ナニ?
轟音。
大広間の真ん中に、シャンデリアが……落ちて割れて、そこに、兵士が二人、墜落、した。
首に矢が刺さってる。
「じゃ、リョウ叔父っ! 奥見てくるぜーっ! ショウ・キの出番ーっ?」
サル・シュくんは、弓を背中にしまいながら、駆けて行った。ガツガツガツッ、て階段を上がっていく音。
「行くか?」
「ああ」
ショウ・キさんが聞いたら、リョウさんが答えた。
馬で中に入ったショウ・キさん……
悲鳴・悲鳴・悲鳴……
どうして……?
ショウ・キさんが大広間の、シャンデリアの残骸の真ん中に立って天井を見上げた。
「もう何もねぇ」
ガリさんがようやくお城の中に入った。馬でガツガツ、私も、リョウさんと一緒に入る。
真っ赤なタペストリみたいな抽象芸術。床も、赤いワックスかけたみたい……ツヤツヤ…………
天井には、シャンデリアを吊っていたロープの滑車。それは、剣で切られてた。
シャンデリアを、サル・シュくんの上に落とそうとしてたんだ。
だから、気付いてたサル・シュくんが、あんな、顔、してたんだ。
油断させるために笑い声を上げて……
大広間に顔を出した瞬間、シャンデリアが切り落とされた。
サル・シュくんが上にいる二人を射殺して下がった。
速すぎて、見えなかったんだ。
本当かどうか、わからないけど、死体はそうなってる。
どうして、待ち伏せなんて……したの……?
あのままだったら、皇帝一人が死んだだけで済んだかもしれなかったのにっ!
死体の中に女の人も、いる……きっと、皇太后とか、貴族の奥様とか、そんな人達。血まみれで、服の模様もわからない。
唯一良かったのは、みんな、即死してる、ってこと。これでうめき声とかしてたら、私、どうなってただろう。
これが、ショウ・キさんのワザなんだ。
大量に即死させる。
そういう、ワザなんだ。
さっき、運良くリョウさんの毛皮かみしめて口の中不味いから、血のにおいもしない。というか、リョウさんの毛皮に染みて乾いた血のにおいの方が不味かったから……
「リョウさん…………吐きたい……」
「ここで吐け」
そうだよね、下ろしてなんて、くれないよね……
どうにか、我慢して、呑み込んだ。鼻まで酸が上がってきて噎せたけど、血のにおいより、きっと、マシ。
「もうここは良さそうだな」
ショウ・キさんがリョウさんの肩を叩いて出て行った。
あ……城の外にいた、残ってたキラ・シが、死体をまたいで走って行った。辺りも、今から制圧するんだ。そっか……それが、今日中なのは変わりないんだ?
あっ!
「リョウさんっ! 他のお城も女の人がいるんだよっ! あの人達に伝えてっ! 殺さないでって!」
「他の城でも、これだけの待ち伏せをされてるかもしれん。戦わないふりをして誘い込むとはタチが悪い。そんな部族の女はいらん」
……そっかー……
そんな部族の女はいらないんだ?
女の人なら誰でもいいわけじゃ、ないんだね…………
玄関の外を、サナ君達が警戒して、そのお城側に子供たちがいるみたい。玄関通路は完全に開けてある。逃げるためだね。
なんかもっと、考えることないかな……首が痛いけど、天井以外を見ると、真っ赤なピカソが目に入るからやだ。
そっか…………
あそこで時間があってもこうなるのか…………
そう言えば、羅季(らき)城って、毎回あの待ち伏せがあるよね。
元々、そういう戦法を取る人達なんだろうな。
お城の外に投げ出されてた剣も、そういえば、100本あったわけじゃなかった。
「リョウ叔父! これ、女の子っ! 女の子っ! 俺のだぜっ! 俺のっ!」
すっごい勢いでサル・シュくんが戻ってきた。嬉しそうな顔して。
まだマキメイさんとかいないのにっ!
「サル・シュ、中は広いのか?」
「あー? うん、一本道の突き当たり」
「あ、それ、戸を開けてないよっ! リョウさんっ、戸!」
丁度、リョウさんが大扉を潜り掛けてたから、そこの戸を手でパタパタ動かした。
「これ、戸! 戸板。これをこう閉めたら」
大扉の片側を閉めたら、サル・シュくんが慌ててこっちに跳び出してきた。泣いたミアちゃんを、刀を持ったまま、両手で抱えて揺さぶって泣き止ませた。ホントに、あやすの巧いね。
「ナニソレっ! 動くのかよっ!」
そこにいたキラ・シの全員で、そこから見える戸を開け閉めした。
そのあと、女官さんとか出てきて、ミアちゃんとマキメイさんの騒動もあって……全員に、手を広げるように先に言ったから、あの、羅季礼をして殺される男の人もいなかった。
良かった……一人死ぬ人が減った。皇帝の運命は変わらなかったけど、この人達は、毎回全員死んでるから……
ガリさんも階段を上がってって、リョウさんが一階をぐるりと見て回った。といっても、馬で入れない小さなドアはくぐってない。
軽く指笛が聞こえた。
『族長から副族長へ』だ。リョウさんが階段を馬で上がっていく。
そうだよね、お城の中なんだから、これぐらい音量下げて吹いてくれたらいいのに。こういうの、ガリさん巧いのかな? ハウリングもせず、丁度いい音だった。
一番上? 前は、ここが惨状だった。今は、少し太った女の人が一人立ってるだけ。
玉座と、その向こうに開いた窓。
窓の右側にある大きな花瓶に白い花が刺さってた。月下美人より、大きな……凄い、甘い、香り? これ、この花のかな?
前もあったんだろうけど、多分、ひっくり返って血に濡れてたから見なかったんだろうな。
「ハル。赤子がいる」
ガリさんは、ソレだけ言って、降りて行った。リョウさんが部屋をぐるりと回って、その女の人の側に立つ。
「このかたが、陛下のご子息?」
「ああっ! 羅季語がお分かりになるのですかっ! そうですっ、陛下の、唯一のご嫡子にございますっ!」
うわ……本当に、凄い金髪。というか、産まれたばかりでこんな髪の毛ってあるもの?
「目が大きいな、凶つ者か?」
コメント