リョウさんが赤ちゃんを覗き込んで眉を寄せた。
「これはこの部族の伝統の顔だちだと思う。さっきの皇帝も、大きな目だったでしょ」
「氷の凶つ者(まがつもの)かと思った」
「白くて青くてキラキラしてたから?」
「そうだ」
あの皇帝、かなり美形だったけど、キラ・シには不細工なんだ? そっか。
『目が大きい』のはチャームポイントじゃなく、『気持ち悪い』んだ?
この赤ちゃんも大きい目。白くて赤くて、口元がむにむにしてて、夢見てるのかな? こんな騒動の中で眠れるなんて、度胸座ってるよね。いい皇帝になるよ。
「赤ちゃんってこんなんなんだ?」
私の赤ちゃんも、こうだったのかな? もちろん、金髪でも、こんな大きな目でもないけど……
そういえば、この赤ちゃん見たの初めてだな。『前』まで、一度も、合おうと思ったことなかった。というか、存在を忘れてた。
必死だったから。
今も、必死だけど。
「ハル……どこか、痛いのか?」
「ううん…………リョウさんとの赤ちゃん、早く見たいな、と思って……」
何度も生きてるのに、一度も見てないの。
産まれたら、この夢も終わりそうな気がする。
産みたいような、産みたくないような……
「先程の方は……どなたでございますか?」
「ガリさん? 世界最強の、キラ・シ、という部族の、ものすごく強い族長さんよ。ガリ・ア。ガリ族長」
「ガリ・ア様……」
女官さんは、夢みるように呟いた。
「赤様に、お名をつけていただきました。沙射(さしゃ)様と……」
え? ガリさんが、名付け? 言葉がわからないのに?
「リョウさん、ガリさんがこの赤ちゃんに『サシャ』って名前をつけた、ってこの女の人が言ってるよ?」
「ああ、あの白い花を差してなにか言ってた」
「あの花の名前はなんて言うの?」
「沙羅樹でございます。ガリ・ア様に、名前を下さいとお願いしたら、あの花を差されたので、沙射様と……」
ああ、さっき亡くなった皇帝陛下が『納射』だったかな。『射』を受け継いだんだ?
そういうのが『今まで』もあったのかな?
そっか。ガリさんが名付け親になったんだ? それは、車李(しゃき)に渡せないよね。
「マキメイさんが、もう用意は整えてるから、すぐに女官さんに来てもらうね。安心してて」
「ありがとうございますっ! ありがとうございます!」
これでここは一件落着かな?
「リョウさん、このお城の真正面に黄色い川があるでしょう? あの河、渡れるのね。そこから、敵が来るんだけど、どうしたら防げるかな?」
赤ちゃんを抱いた女官さんから離れて階段を降りるときに話してしまう。とにかく、早く早く早く。
「いつだ?」
「四カ月以上先だけど、それで、サル・シュくんとかガリさんが死ぬ可能性があるの」
「それで?」
「今、ここは羅季という国で、今、覇魔流(はまる)って国が攻めてきてたのね。羅季を守るために車李(しゃき)っていう、川向こうの国が、5000の援軍をコッチに向かわせてるの。それが、明日か明後日、来る。そのあと、一万、二万が、あの橋の方へ向かってくるの。それはガリさんたちで簡単にさらえる。
そのあと、車李の国は制圧できるんだけど
河を渡ってくるのは車李。その南の留枝(るし)って国。あとで地図書くね。
その国が、ル・マちゃんレベルの素早い『密偵』っていう部族を抱えてて、留枝を放置してると、その密偵がこの羅季城に忍び込んできて、さっきの金髪の赤ん坊を奪った上に、キラ・シの誰かが殺されるの」
あ、玄関についちゃった。
玄関でマキメイさんにサシャちゃんのことを告げたらあの大騒ぎがまた勃発。
「さっきの話をガリにもしてくれるか?」
「うん……それはいいけど、先にお風呂に入ってくれる?」
「オフロ?」
「うん。大陸の人達に比べてキラ・シって凄くクサイの。そのままだと、居場所がばれて、待ち伏せとか全部失敗するから、気配を消すみたいににおいを消して、綺麗な服を着てください。
私がガリさんぐらい強かったら、あの山で、リョウさん、私に首を取られてたからね。
ガリさんも」
「……お……おう…………」
なぜか、何の反論もなく、二人は頷いてくれ、全員が定期的にお風呂に入ってくれるようになった。
あとから聞いたら、あの時の私が、ものすごく、怖かったらしい。
私が怖いはずないよ。と思ったけど。
リョウさんは、私から先見を聞いた後だったから、ゾッとしたって。先見を聞いてなかったガリさんも、リョウさんが怯えてたから、言うことを聞いたらしい。
ガリさんって、本当に、かわいい。
『いっちばん初め』に、リョウさんにお風呂へ投げ込まれたとき、そのまま暴れそうだったけど、あれはたんに『濡らされた』ことに『怒った』んだろうな。リョウさんがやれ、って言ったら、やるんだよね。
まぁ、猫を水に投げ込んだら問答無用で大騒動になる。あんな感じだったみたい。もちろん、私とル・マちゃんが先に入ったけどね。
「……みなさま……凄い体をされてますね…………」
マキメイさんから初めての感想を聞いた。
今回、私とル・マちゃんがそんな入ってなかったから、マキメイさんも、キラ・シの入浴を手伝ってたからっぽい。
「馬鹿みたいに強いから。馬鹿みたいな体してる。この大陸の人、一対10でも、絶対勝てない。
ナニ? マキメイさん、強い男の人が好き?」
「それは……もちろん…………こんな世の中でございますし……強いに越したことはございませんよね」
「やっぱりそうなんだね。狩人とか女の子に持てるんじゃない?」
「それはもう人気ですね。ですが、狩人は誰でもなれるわけではありませんから……」
「この人達ね、狩人としても一流」
「まぁ……」
なんで私、ここでキラ・シがジャバジャバ洗ってるの、マキメイさんとずっと見てるんだろう……?
本当に、チョコレートの山みたいな筋肉して…………あんな小さな子供まで!
「きのこたけのこ、たけのこきのこ……」
なんかそんなチョコがあったな……なんか私おかしいな。絶対疲れてるな。早く寝た方がいいな。でも、……ああそうだっ!
「マキメイさんっ! 絵を描く用意お願い! 大きな画板玄関に六枚出しておいて!」
「はいっ!」
地図を書かなきゃいけなかったんだっ!
玄関に出たら、お風呂上がったみんなが全裸で立食パーティしてたっ! 椅子に座れっ!
「マキメイさんっ! 私の分の羅季巻ききっ、おいといてねっ!」
「はいぃっ!」
給仕で凄く忙しそうなマキメイさん。悲鳴になってる。
「リョウさんっ、ここらへんの地図、喋りながら描くから、見ててくれるっ? いける? 眠くない?」
眠いのは私だっつーの!
「ハルこそ大丈夫か?」
「これしないと心配で眠れないっ! とにかく、くわしいのは明日でも何回でも言うけど、今日、もう見ておいてっ!
上から、羅季、貴信(きしん)、覇魔流(はまる)。今、貴信の中程までキラ・シ行ってるね!
明日から明後日にかけて、この川の上流の橋の向こうに、この、砂漠の国、車李(しゃき)から5000人の戦士が来ます! 迎撃してくださいっ!」
ざーっと説明して、車李軍が来る道筋とか書いた後で、留枝(るし)をようやく描けた。
留枝は毎回、車李が陥ちたあとに動き始めてる。ゼルブが即行で落城の情報を教えてるからだろう。
「これ、私の先見だから、はずれる可能性もあるかもしれないことは、覚悟しておいてね。今見えてる先だから。
それを一つ変えたら、その先は全部変わるから。
ここで、五千、一万、二万の戦士が本当に倒せたら、この車李の王城に五千、そしてそれを倒したらあと1000出てくる。それを倒しながら、横からガリさんがここに『山ざらい』を掛ける。成功したら、車李は陥ちる。
それと同時に、留枝から3000の戦士が、羅季に真っ直ぐに向かってくる。それと前後して、『密偵』というル・マちゃんぐらい素早い部族が羅季城に入って来て、女官さんに化けたり、誰かに化けたりして、皇帝の赤ちゃんを連れ去ったあと、私達を燃やして、お城を崩して逃げる。
これを防ぐには、留枝からの3000の戦士をまず、ここで止める」
留枝城の西側をドン、と叩いてキラ・シを睨み付けた。
コメント